第124話 カメ2


 カメに乗り込んだところ、ないのはネット環境とパソコンくらいで生前の現代的マンションだった。いやホンと。


 居住環境は最高なのだが、このカメ、自力で歩いていたわけだから、俺たちを乗っけたまま移動できるはず。つまり超高級カメ形キャンピングカーだ。

「カメに命令して移動できるか試してみよう」


 カメの内部からでもカメに命令できるハズなので、俺はペラも含めた3人を引き連れて居間の先の前方スリットの前に行き、そこからカメに向かって命令してみることにした。

「カメよ。立ち上がって前進!」

 そしたら下向きにわずかに力がかかり、それからカメが移動を始めた。

 4本足のくせに室内は全く揺れない。これはスゴイ。

 スリットから眺めた外の景色の動きから、かなりのスピードが出ていることがわかる。

 時速にして40キロは出ていないようだが30キロは出ている。

 俺たちの通常の移動速度は時速5キロ程度だったのでその6倍もある。

 これなら、この大空間の探索が捗る。


 スリットは縦30センチ横5センチくらいの縦長なのだがガラスがはまっているわけではないので雨が降り込んできても不思議ではない。どういう仕組みか分からないがなぜか雨は降り込んでこない。


 その雨が降り込んでこないスリットから外を眺めてエリカが息を飲んでる。

 乗合馬車が全力で走れば時速15キロくらい出るかもしれないがそれの2倍の速さ。しかも揺れも振動もほとんどない。

 謎技術の集大成のようなものを見せられているわけだ。

 エリカはそんな調子だが、ケイちゃんはそれほどでもないようだった。そしてペラは無表情だった。ペラについてはそんなものだろう。そもそも驚くという機能が付いているとも思えないし。


 俺はいったん寝室に行ってリュックから自動地図を取り出し、ソファーに戻って腰を下ろし、応接テーブルに自動地図を広げ地図が作成されるのを眺めることにした。

 少しずつ地図が描き込まれて行く。

 地上での地図と同じように、草原に灌木などが記入されて行くのが見てて楽しい。


 俺がそうやってソファーに座っていたら、エリカたちも外の見物に飽きたのか戻ってきて俺の向かいのソファーに座った。


「このカメすごいわね。馬車なんかより断然速いし揺れないし。中で食事もできればベッドで寝ることもできる。その上お湯のお風呂まであるなんて。王侯貴族でも考えられないような贅沢な乗り物じゃない」

「それはそうなんだけど、これからどうする? こういって話している間にもカメはまっすぐ進んでるんだけど」

「今回3泊4日の予定だったから、半分まで進んでそこで引き返しましょうよ」

「分かった」

 ペラに現在時刻を聞いたところまだ午前9時だった。


 そこで俺は今回の3泊4日のツアーの計画を帰還時刻から逆算して予定を再調整することにした。


 4日目の夕方までにダンジョンギルドに帰り着くには11階層の小島に午前11時に到着する必要がある。

 となるとこの階層の300階段の下にたどり着くには明後日そのひの午前10時。

 現在時刻から明後日の午前10時までは丸2日と1時間。これから24時間まっすぐ進んだところからUターンすればいいってことだ。時速30キロとして720キロ(注1)。そこまで進むまでにさすがに向こうの壁が見えてくるだろう。というか、はるかかなたに見えていた山並みのふもとには早い時点で到達するハズだ。


 ソファーに座ってそのことをペラにも聞こえるようエリカとケイちゃんに説明し、ペラには周囲を警戒して何かあれば報告するよう言っておいた。

 そしたらペラは前の方に歩いて行き、スリットを通じて周囲の警戒を始めた。ペラ、役立つじゃないか。


 これから昼まで3時間。朝が早かったので昼食は早めでもいいのだが、今現在休憩しているのと同じ状態なので、お茶でも飲もうということになった。


 エリカとケイちゃんには座ってていいからと言って台所に立った俺は食器棚からティーセットを取り出し、お茶っぱの入った瓶をキューブから取り出してお茶の用意を始めた。

 お湯を水筒からヤカンに入れて備え付けの加熱板?の上に置き、「加熱、強」と指示した。

 そしたらその上の換気用フード?の奥の方から音がし始めた。どうも換気しているようだ。


 水筒から今回はお湯をヤカンに入れたわけだが、おそらく流しの蛇口からもお湯は出ると思う。次回は試してみよう。

 ポットにお茶っ葉を入れて沸騰したヤカンからお湯を注ぎしばらく待ってから茶こしを使って調理台の上に置いたカップ4つにお茶を注いでいった。

 そのころには座っていればいいと言ったのにエリカとケイちゃんがやってきて手伝ってくれた。


「トレイがどこかにないかな?」

「食器棚の先の台の下に車輪みたいなのが付いてるから、ワゴンなんじゃない」

 エリカの言う通り、食器棚の先の台はキャスター付きのワゴンだった。

 そのワゴンを調理台の前まで引っ張り出して、その上にお皿付きでカップとポットと水筒を置き、お茶菓子用の小皿と平皿を置いてワゴンを応接セットまで押していった。


 前方に陣取るペラの先のスリットからは依然雨が降り込んできている。応接テーブルの上に諸々を置き、平皿の上にクッキーを持ったところでペラも呼んでお茶を飲んだ。


 俺たちが自分の内部でお茶会を開いていても、カメはそんなことお構いなしに一定速度で歩いている。もう少しスピードを上げろと言えばスピードは上がりそうだがそうするとさすがに揺れや振動が発生するだろうから今のままで十分なのだろう。食器棚の食器は固定されているわけでもないし。


「そういえばこのカメなんだけど、カメ、カメいうのもかわいそうだから名前くらい付けてやった方がいいんじゃないか?」

「それもそうね。エドは何かいい案はないの?」

「今のところはないから聞いたんだよ。エリカはどう?」

「急に言われても」

「ケイちゃんは?」

「わたしもちょっと」

 そこで俺は俺の隣りでおとなしくお茶を飲んでいたペラにも話を振ってみた。

「ペラは何かいい名まえを思いつかないか?」

「それならウーマはどうでしょうか?」

「それはどういう意味なんだ?」

「特に意味はありませんが、今頭の中に浮かんだ言葉です」

「名まえに意味がある方が覚えやすいのは確かだけれど、ウーマはなかなかいいんじゃないか」

 日本語のお馬さんみたいで悪くない。カメだけど。


「ウーマでいいんじゃない。名まえで悩んでも意味ないし」

「そうですね」

「じゃあ、ウーマにしよう。

 おーい、カメよ。お前の名まえはウーマにしたから覚えていてくれよ」

 返事はもちろんなかったが、ちゃんと聞こえたようで足元が微妙に上下した加速度を感じた。


 おーい、ウーマよ。どこまでゆくんだ? 今度これをウーマに言ってやろ。




注1:720キロ

東京-広島の直線距離が約700キロ

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