第123話 カメ


 マグカップの水を飲み終えた俺たちはカメの内部を調べるためソファーから立ち上がってまずは台所に向かった。


 台所は簡単な仕切りで仕切られたコーナー状の一画で、調理台と流しと加熱板らしきものが4つ並んだシステムキッチンが壁に沿って設置され、加熱板の並びの上には排気用のフードらしきものが付いていた。


 システムキッチンの反対側、仕切りに沿って置かれた食器棚にはいろいろな食器が重ねられていた。皿などは真っ白な陶器製だ。コップのようなものはなくそのかわりガラス製のジョッキが並んでいた。食器棚の引き出しを開けると、中には見た目はステンレス製のナイフやフォーク、スプーンなどのカトラリーが結構な数入っていた。


 流し台の下の開きの中には何種類かの包丁がホルダーに入れられていたほか、フライパンや鍋が入っていた。

 そして、調理台の下の引き出し風の取っ手を引いたらやっぱり引き出しで、皿やコップを入れるような仕切りが付いていたが、皿などは入っていなかった。うーん。食器棚に食器が入っているから使う必要はないということのなのだろうか?


 問題は流しで、それらしい位置にいかにも蛇口風のパイプが壁から流しのシンクに向けて付いていたのだが取っ手も何も付いていない。

 どうやって使うのか今一謎だ。


「使いやすそうな台所だけど、このパイプは何かな?」

「いかにもここから水が出てきそうよね」

「そうですね」

「水出て欲しいよな」


 俺がそう言ったのが原因なのか分からないがいきなりパイプから水が出てきた。

「うぉー。水が出てきた」

「すごーい。だけど、これどうやったら止まるの」

「さっきエドが、水が出て欲しいと言ったから水が出てきた感じがしたので、もしかしたらこのパイプは言葉がわかるのかもしれません」

 蛇口にAIが組み込まれてるってこと? さすがにそれはないと思ったけれどいちおう蛇口に向かって「止まれ」と言ったら水が止まってしまった。


 ウワー。前世のモダン住宅でもないような機材だぞ。そういえば水筒も加熱板も言葉に反応していたからここもそうなのか。

「言葉を聞くとは驚いたな。このパイプだけでもカメ並みの知能があるってことだものな」

「ということは、この中にある分からないものは全部言葉で指図できるんじゃない?」

 確かにエリカの言う通りだ。

 今まで気にしていなかったがカメの中は天井の照明で明るく照らされている。

「もう少し暗くしてくれ」と、試しに天井の照明に向かって言ったら、照明が消えてはいないが暗くなった。

「ホントだ。明かりも言うことを聞いた。

 それじゃあ、次の部屋を見てみよう」


 今度の部屋は扉の前に3つのカゴが置かた2段になった棚と大型のゴミ箱の上に横向きの筒を乗っけたような謎の物体が置かれていた。

 これも機械的何かなのだろうが、今のところ見当がつかない。

 その先の扉を開けたら、大きな湯舟と簡単な仕切りの付いた3人分の洗い場。天井には換気口らしきものが付いた風呂場だった。

 湯舟には口を開けたガーゴイルがくっついていたのでおそらくガーゴイルの口からお湯が湯舟に注がれるのだろう。

「ここって、お風呂の部屋なの?」

「そうみたいです」

「こんなの初めて見た。スゴイ!」

 一度に数人が入れる湯舟に湯を用意することは容易ではない。王侯貴族でもそう簡単ではないだろう。


 洗い場には黄色い桶が何個かひっくり返して置かれ、先ほどの流し台の蛇口と同じ形の蛇口の他にシャワーも付いていた。なんなんだここは!


 ただ浴室の隅に謎の箱が置いてあったのだがその用途が分からない。

 大きさ的には一人用の小型冷蔵庫、いや洗濯機くらい。そこまで考えたところで俺は閃いた。

 こいつは洗濯機だ! そうに違いない。汚れ物を突っ込んでおけば全自動で洗濯してくれるはず。そのうち試してみよう。


 しかし、このお風呂だがどう考えてもこの世界仕様ではなく、前世の西洋仕様でもない。日本人的な何かを感じる。うーん。


 浴室は超文化的なのだが、問題は浴室前に脱衣室がないことだ。風呂場を使うにはどこかで裸にならなくてはならないのだが、風呂場の前で裸になるほかない。そうか! 棚のカゴは脱衣用のカゴだな。そして謎の筒は扇風機ないしドライヤーに違いない!


 脱衣室の問題は残るがそこはおいおい考えよう。最悪、女性陣が風呂に入っている間は俺が山に芝刈りに行けばいいだけだ。その逆だと俺自身はウェルカムだが、女性陣にはソファー座ってあっちを向いていてもらおう。


 浴室の次は、階段を上って2階に上がった。

 扉を開けたところそこはマンションなんかにあるタンク室のようで大きな四角い箱からパイプが何本も床につながっていた。箱の中は水のハズだが、公共の水道管にタンクがつながっているわけではないので、いつか空になるのか、それとも俺たちのダンジョン水筒のように謎パワーで水はいつもいっぱいなのか。そこは分からないが多分後者のような気がする。


 1階に下りて、台所の先の扉を開けたところ、そこは寝室になっていた。はっきり言ってかなり豪華なベッドと寝具のセットが4組並んでいた。各ベッドには小型のタンス、いわゆるチェストが付随していた。チェストの中を調べたところ引き出しは全て空だった。1番奥のベッドをペラのベッドということにして、ペラが入っていた宝箱をその上に置いてやったのだが、すごく見た目がおかしかったので、宝箱はベッドの横の床に直においてやった。

 ペラの隣りがエリカで、その隣がケイちゃん、反対側の一番奥が俺のベッドになった。

 エリカとケイちゃんは武器と防具を外して一度リュックにしまい、リュックは自分のチェストの前に置いた。

 俺も武器と防具を外したけれど、そのままキューブに入れておいた。リュックについては中に入れている自動地図を作動させる関係でチェストの前に置いた。


 最後に浴室の向かいの扉を開けたところ、そこは洗面所と水洗トイレだった。いままでダンジョン内ではそれなりだったのだが一気に改善された。ただ見た目新品のトイレットペーパーがロールに一つだけ付いているのだがトイレットペーパーの予備はどこかにあるのだろうか? 今までのように専用の葉っぱで用を足すわけにはいかないのでそこだけは心配だ。


 問題はエリカとケイちゃんにトイレの使用法をどうやって説明するかだな。

 転生者の俺だから使用法は簡単なのだが、エリカとケイちゃんでは使用法を教えなければすぐに使えるとは思えない。

 しかし、俺が使用法を知っていてはそれはそれでおかしいし。今までもレメンゲンのおかげでごまかしていたからそれで押し切ってしまえばいいか。


「これはトイレ?」

「きれいなトイレですね」

「そうだな。座って用を足して、そこにある白い紙で拭けばいいと思う。最後はその先にあるノブを引けば水が流れる仕組みに見える」

 試しにノブを引いて見せたら水が流れていった。


「ウワーすごい。だけどこんなきれいな紙を使うの?」

「どう見てもそう思えるだろ?」

「まあそうよね。

 でもこんな紙どこにも売ってないから無くなったら困らない?」

「困ると思うけど、おそらくこの紙っていくら使ってもそのうちまた元に戻るんじゃないかな」

「そうなの?」

「分からないけれど、紙が無くなったらその時考えよう」

「無くなったあとじゃ遅いじゃない」

「なら量が明らかに減ってきたら考えよう」

「うん。その時いい考えが浮かぶことを祈っておくわ。

 でも、いい考えが浮かばなければ、いつもの葉っぱを使っちゃだめかな?」

「わざわざ紙が置いてあるところを見ると止した方がいいんじゃないか?」

「そう言われるとそうね」

 トイレットペーパーって実際のところ生活必需品の最たるものだし、エリカがそこにこだわるのは理解できる。


 カメの内部を見て回ったところ生前のモダンハウスだった。風呂とトイレと水道が何といってもモダンなわけで、サクラダの家などよりよほどこちらの方が快適だ。


 それはそうとこのカメ、俺たちを乗っけたまま歩けるのだろうか?



[あとがき]

復活! タートル号ってな具合で。

「常闇の女神」シリーズその2、『常闇(とこやみ)の女神 ー目指せ、俺の大神殿!ー』

https://kakuyomu.jp/works/1177354055372628058 よろしくお願いします。

タートル号:主人公ダークンの眷属、魔術の天才トルシェがそこらへんの土石を集めて作り上げたゴーレムカメ。食器棚に通常のコップがなくてジョッキだったのは、いつもジョッキで酒盛りしていた名残です。

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