第163話 帰省3
駅舎からうちに向かって歩いていると、そのうち懐かしい景色なども見え始めた。
俺にとっては数カ月ぶりの故郷の景色なのだが、たった数カ月なので何の感慨も湧かなかった。俺って結構ドライなのかもしれないと思った。よく考えなくても数カ月程度の留守で感慨が湧く方がどうにかしていると思い直した。
ロジナ村の入り口が見えてきた。ああ、そういえば村を出ていくとき時。不思議なものでアノことはずいぶん昔の出来事のような気がする。
村の中の道を行く人の姿も見え始めた。見知った顔しかいないのが田舎村のいいところというか。
村に入ったらいろんな人から声をかけられた。俺の格好は黒ずくめで誰が見ても高級な装備で身を固めているので、まさか数カ月で夢破れて故郷に出戻ったと思った連中はいないはず。思っていても村長さまの御曹司に面と向かってそんなことを言う人間はこの村にはいないはずだし。
村の真ん中の広場を過ぎてその先のうちの前まで歩いて行き、門を過ぎて玄関の前に立った。
「ただいまー」
そう言って玄関の扉を開けてうちの中に入ったら、居間の方から母さんとドーラ、それにアルミン兄さんのお嫁さんのアンナさんが出てきた。
最初に母さんが驚いた声を出した。
「エド。いきなりびっくりさせないでよ。
あら? 出て行った時と全然ちがう格好だけど、ずいぶん立派な装備なんじゃない? 手紙には調子いいこと書いてあったけれど、ウソじゃなかったんだ」
「正直者の息子がウソ吐くわけないじゃない。年末に帰ろうかなって思っていたんだけど、ちょっと仕事の手が空いたというか暇になったというか。それで帰ってきたんだ」
「そう。まあとにかく荷物を置いて居間で話しましょう」
みんなで居間兼食堂に入って、俺は剣帯を外して家を出る時まで座っていた席につき、足元に置いたリュックの上に剣帯をレメンゲンごと置いた。他のみんなも同じ席に着いた。なんか落ち着くね。
「父さんと、アルミン兄さんは?」
「まずお父さんだけど、領都に集合するよう命令が来たからシュミットさんを連れて今領都に行ってる。アルミンはお父さんの代理で村の見回り」
「そうなんだ。父さんはいつごろ帰れそう?」
「今のところ手紙もないから全然分からない」
「そうなんだ」
「まあ、あの人のことだから大丈夫でしょ。
それで、エドの方はどうなの? ほんの数カ月でお父さんにお金を返せるのもすごいことだし、今着ている胴着なんかもすごく立派だけど、ダンジョンって危なくはないの?」
「そこそこ危ないんだろうけど、それほどでもない。
まずは、父さんがいないけれど父さんに借りていたお金、金貨5枚。母さんが預かって」
俺はリュックの中から取り出すふりをして金貨の入った小袋をキューブから取り出してテーブルの上に置いた。
「借りたお金は金貨5枚だったけれど、中に金貨10枚入っているから」
「エド。そんなことして大丈夫なの?」
「うん。大丈夫。
そうそう、お土産を持ってきた」
俺はリュックの中からお菓子の入った箱を取り出してテーブルの上に置いた。
「これはサクラダで売ってたお菓子。みんなで食べて」
そう言って箱のフタを取ったら、みんなのぞきこんで、そして歓声を上げた。
「おいしそう!」「すっごい!」「ありがとうー!」
女性3人が喜ぶ、喜ぶ。
「それじゃあ、お茶を用意しましょう」そう言ってアンナさんが席を立った。
「そういえばエド、昼はどうしたの?」
「食べてきたから大丈夫。
それで、もう一つお土産があるんだ」
そう言ってリュックの中からポーションの入った小箱を取り出し、テーブルの上に置いてフタを開けた。
「ガラス瓶?」
「ダンジョン産の水薬。黄色いのが病気用。赤いのがケガ用」
「これって、すごく高価な物なんじゃない?」
「買えばそれなりと思う。これはダンジョンの中で見つけたものだから」
「これを、エドが?」
「俺と、俺の仲間でね」
「仲間って、エドに友達ができたんだ! へー。それって男の人、もしかして女の人?」すごくいい笑顔でドーラが聞いてきた。
「二人とも女子だ」
「えー。二人も女の子が仲間だなんてー。エドってすごい。都会に出てそんなになっちゃったんだ!」
「あのなあ、ドーラ。二人とも仕事の仲間だよ。勘違いするなよな」
「ホントにそうなの?」
「それはそうだろ」
「よく考えたら、そうだよね。エドなんだし」
「もういいよ。
とにかくよく効くはずだから具合が悪いと思ったら黄色。ケガをしたら赤。もったいないとか思わず飲めばいいから」
「ありがとう。エド」
「それで、今回帰ってきたのは、父さんに借りてたお金を返すためと、ドーラがまだサクラダに行きたいというなら父さん母さんの許しがあれば連れて行ってやろうと迎えるためなんだ」
「エド、ちゃんと覚えてくれてたんだ」
「当たり前だろ」
「わたしはもちろんサクラダに行きたいけど、母さん、ダメ?」
「エド。ドーラが住むところとかちゃんとあるの?」
「ちゃんと用意してる。仕事も考えてる」
「どんな仕事?」
「ドーラって家事はできるよな?」
「大抵のことはできると思うけど、わたしの仕事ってもしかして女中?」
「女中と言えばそうかもしれないけれど、家の家事全般を任せるって意味だ」
「家?」
「今は仲間と一緒にサクラダにそれなりに大きな家を借りてるんだ。そこの家事と、もう一カ所あるけれど、それはサクラダに行ってから話す」
「エドって本当にダンジョンワーカーで大成功してたんだ」
「うん。俺のチームはサクラダのトップチームなんだよ」
「うそ」
「ウソじゃないから。
そうだなー。何を見せたらドーラが信じるかなー?」
キューブの中に入っているワイバーンを見せれば信じるだろうし、金貨の入った宝箱を見せても信じると思うけど。どうしようか。
ワイバーンはさすがにまずいから、金貨を見せてやるか?
テーブルの上に出したらテーブルは間違いなく折れちゃうし、床の上に出したとしてここの床抜けないかな?
ポーション入りの宝箱はポーションが144本入っているからそれを出してしまうと、たった20本がお土産となるとすごくケチに見えるし。悩むな。
俺の持っているフリッツ金貨を100枚くらい見せればいいか? いや、それだとちょっといやらしいし。
他に何かいいものないか?
意外と俺のことを証明することが難しい。
「エドがウソを言うわけじゃないことは分かっているからいいわよ。
それで母さん、わたしエドについて行っていい?」
「エドがそれほどならわたしはドーラのサクラダ行きに反対はしないけれど、お父さんがいないからわたしじゃ良い悪いの判断はできないわ。でもアルミンはお父さんの留守の間のうちの家長だからアルミンが良いって言ったらいいわ」
「ホント?」
「ホントよ」
「よしっ!」
アルミン兄さんが反対するとは思えないのでドーラのサクラダ行きは決まったな。
「ところで、ドーラ。ドーラはある程度剣は使えるのか?」
「全然ってわけじゃないけど、得意とは言えない」
「父さんと訓練してたわけじゃないものな」
「うん。どうしてそんなこと聞いたの?」
「サクラダに行くなら、どうせならダンジョンギルドの登録した方がいいと思ってな」
「そうね。ダンジョンの中に入らなくても登録だけしてれば何かの役に立つかもしれないものね」
「まあ、ドーラには俺たちと一緒にダンジョンの中に入ってもらうけどな」
「それホント?」
「ほんと」
「わたしなんかがダンジョンの中に入って危なくないの?」
「全く危なくないのか? と、言えば、そうは言い切れないけど、ロジナ村で暮らしてたって危ないことはいくらでもあるだろ? それに比べて危なさに差はないと思うぞ」
「そうなんだ」
「そうなんだよ。なにせ、俺のチームはサクラダダンジョンギルド一のチームなんだし」
「ふーん」
そんな話をしていたら、お茶の用意を終えたアンナさんがお茶を淹れてくれたので、みんなでお茶を飲みながらお菓子を食べた。
「おいしー。こんなおいしいもの生れてはじめて」
ドーラが目を細めてニコニコして俺を見る。これがいつでも食べられるんだからな。
母さんもアンナさんもニコニコだ。お菓子のお土産は正解だった。
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