第90話 借家2
11階層から帰還して反省会を行なった翌日。
雄鶏亭で朝食を食べ、いったん部屋に戻って時間調整をしたあと街の鐘が4度鳴ったところで部屋の前に集合した。
これから3人で家を借りるため商業ギルドに向かうのだ。
今日の俺たちの格好は普段着に剣帯を締め各自武器を下げている。もちろんケイちゃんは弓矢を持たず短剣だけだ。で、俺はいつも着ている胴着にズボン。エリカとケイちゃんはスカート姿。
俺はロジナ村からこの胴着を着ているうえ、ロジナ村を出て以来洗濯など一度もしていない。
臭くもないし目立った汚れなどないのだが、今やお金も潤沢にあるわけだし新しい胴着を買ってローテーションした方がいいよな。
ダンジョンギルドの建物を出て案内役のエリカを先頭に大通りをしばらく歩いて行くと、それらしい建物が見えてきた。
「あれよ」
今まで目にしたことはあったはずだが、それが商業ギルドとは知らなかったので記憶になかった。
石造りの建物の中はダンジョンギルドほど広くはないが立派なホールで床の石材はピカピカに磨き上げられていた。天井は明り取りの窓が並んでホール全体を明るくしている。よほど儲かっているのだろう。はっきり言ってダンジョンギルドより上品だ。おそらく洗濯物を桶に入れた男女が正面玄関を出入りするということはないだろう。
ホールの中には数人外部の人っぽい人がいるだけで、受付も窓口も見当たらなかった。ホールの両脇には2階に上がる階段が付いているので、2階に上がらないといけないのだろうか?
「どこに行けばいいんだろ? 2階に上がっていいのかな?」
「窓口がないなんて変わってるわね。ここに何もない以上2階に上がるしかないんじゃない? 向こうの人も階段を上り始めたし」
「それじゃあ俺たちも2階に上がろう」
3人揃って2階に上がったらそこもホールになっていてホールの真ん中に受付カウンター?が設えられてその後ろに女性が二人立って、先ほど2階に上がった人の対応をしていた。
「あの人の後に続こう」
受付の少し後ろに立って順番を待つことにしたのだが、二人いた女性のうち、接客中ではない女性が呼んでくれた。
「どうぞ。どう言ったご用件でしょうか?」
「実は、借家を探していまして」
「かしこまりました。少々お待ちください」
そう言ってその女性はカウンターから離れてスゴイ速さで駆けていった。
生前いろんな会社を訪問してきたが、受付嬢が体育会系のノリの会社は皆無だった。社内電話があるしね。
走り去っていった受付ランナーに言われたまま少々待っていたら先ほどの受付嬢が台帳のようなものを持った女性を一人伴って帰ってきた。
「お待たせしました。当サクラダ商業ギルドで不動産賃貸業務を担当しておりますゲルトルート・ベルグマンと申します。応接室の方で詳しいお話をお聞かせください。
どうぞこちらに」
俺たちはベルグマンさんに案内されて小部屋に通された。
部屋の中には6人掛けのテーブルが置いてあり、俺たちは武器ごと剣帯を外して片側に並んで座った。座った順は奥からエリカ、俺、ケイちゃんの順で俺の向かいにベルグマンさんがテーブルに台帳を置いて座った。
「賃貸でお屋敷をお探しということですが、屋敷の大きさ、立地などお聞かせください」
お屋敷ってほど大層なものではないが、顧客の家はすべからくお屋敷なのだろう。
「場所はダンジョンギルドの近くを探しています」
「承知しました。広さなどのご希望は?」
「台所と居間、ベッドルームは4つ。それに庭と井戸があれば」
「ダンジョンギルド周辺には大型のお屋敷はありませんが、その程度の物件ですと何件かご紹介できます」
そう言ってベルグマンさんが台帳をパラパラとめくってからとあるページをこちらに向けて見せてくれた。
俺は座ったままだったが、両脇の二人は立ち上がって台帳をのぞきこんだ。
そのページには2階建ての建物の間取り図が描かれていた。
「大通りを挟んでダンジョンギルドの向かい側、ダンジョンギルドまででしたら5分ほどの物件です。
1階は台所と食堂を兼ねた居間その他、2階はベッドルームで6室。庭はそれほど広くはありませんが井戸は専用で付いています」
「ここ、いいんじゃない?」
「そうですね」
「うん、そうだな。
ベルグマンさん、これで賃貸料はいくらになります?」
「この物件ですと、1カ月銀貨20枚、フリッツ金貨1枚になります」
金貨1枚ということは10万円相当。いろんな意味で物価が安いこの世界。銅貨1枚50円と考えていたが、100円くらいの価値があるような気がしないでもない。とすると金貨1枚は20万円相当。今の俺たちにはちょっと高いか?
「他のもあれば見比べた方がいいんじゃないか?」
「それもそうね」
ベルグマンさんが向う側から台帳のページをめくって次のページを見せてくれた。
間取りはほとんど一緒。
「この物件は先ほどの物件と比べややダンジョンギルドから遠くなります。
位置的には大通りに面した雑貨店の裏手を少し入った場所で、ギルドからですと10分程度かかります」
「賃貸料は?」
「こちらの値段は、1カ月銀貨25枚、フリッツ金貨1枚と銀貨5枚になります」
「こっちの方が高いんだ」
「はい。商店街に近い物件ですので、その分お高くなっています。
後の物件はこれよりもダンジョンギルドから遠くなります」
となるとやはり、最初の物件か。
「さっきの物件かな」
「うん」
「そうですね」
「見せてもらえるんですよね?」
「もちろんです。
それでは今から向かいましょう。
ギルドの前に馬車を回しますので玄関前でお待ちください」
ベルグマンさんと一緒に部屋を出て1階に下りていき、ベルクマンさんとは階段下で別れて俺たちは玄関を出て馬車がやって来るのを待った。
5分ほど待っていたら商業ギルドの建物の先の角から2頭立ての箱馬車が現れて俺たちの前で止まり、中からベルグマンさんが降りてきた。
「どうぞお乗りください」
6人がゆったり座れるほどの馬車だったので、俺たちは進行方向にいつもの順に3人並んで座り、向かいにベルグマンさんが座った。俺とすればゆったりでなくピッタリの方がよかったのだが、ピッタリだと二人ずつ座ることになっていたろうからこれはこれで良かったのかもしれない。
生まれて初めての箱馬車だったのだが、もちろん板が座席の乗合馬車とは比べもにならない乗り心地だ。例えると板の間に直に座るのと、座布団を敷いて座るほどの差がある。この例えで伝わるとは思っていないのであしからず。
もっと乗っていたかったのだが、馬車は10分ほどで目的地に着いてしまった。
馬車を降りた正面の塀の向こうの家がどうも今回の物件らしい。
2階建てのうちで、俺たちが見ている方向は家の北側にあたると思う。塀から家の玄関までは裏庭なのだろうが草ぼうぼうだった。
ベルグマンさんが塀の真ん中の小さな門扉をとじていた鎖にかけられた南京錠を開いて、鎖を外し門扉を開いて俺たちを中に招き入れてくれた。門扉が開くとき蝶番がきしんでいい音を立てた。
草ぼうぼうの裏庭を少し歩いた先の玄関のドアをカギをベルグマンさんが開け、俺たちは玄関の中に入った。
外の雰囲気はかなりよろしくなかったのだが、扉を入った先の玄関ホールにホコリはあるものの傷んだ個所などは見当たらなかった。
「庭の手入れは必要そうだけど、結構いいんじゃない」
「庭の手入れ、室内の清掃などは、受け渡しまでにギルドで行ないますのでご心配なく」
「それはありがたい」
そこから各部屋を見せてもらい最後に表に回って井戸のある庭を見せてもらった。
こちらの庭も草ぼうぼうで植えられていた木も枝が伸び放題だった。
井戸の周りには排水溝が設けられていたが土で半分埋まっていた。
他にも排水溝はあったが屋外のものはみな同じようなものだった。
受け渡しまでには庭の手入れをし、どの排水溝も掃除をするとベルグマンさんは請け負ってくれた。
そういうことなら問題はなさそうだ。
金貨1枚というと結構な値段と思わなくもないが、11階層に潜ってジェムを一つ持って帰れば半年借りられるわけだから、それほど高いとは思えない気がし始めた。
「ここでいいんじゃないか?」
「そうね」
「そうですね」
「それで、ベルグマンさん、ここを借りるとしていつから借りられますか?」
「契約を交わして、その日を1日目と起算して6日目になります」
ということは実質4日で庭の雑草とか家の中の清掃を完了させるってことか。
家の中はまだしも外は天気次第と思うが、相手はプロだし何とかするのだろう。
「分かりました。それで、契約の詳細はどんな形になりますか?」
「3か月分の賃貸料を保証金としていただき、契約は1年単位となります。契約を更新する場合契約最終日までに連絡ください。その場合契約内容の変更なく契約が更新されます。途中退去されても賃貸料の返金はありません。保証料は退去時、カギとの交換でお返ししますが、建物に問題あれば幾分差し引いた金額をお返しすることになります。通常ですと壁でも壊さない限り2割を超えることはないと思います」
「分かりました。手続きはどうすればいいですか?」
「ギルドで仮契約書を作りますので、そこにサインしていただきます。
その際に保証金を納めていただき、受け渡し時に商業ギルドにお越しいただき1年分の賃貸料と交換で本契約書と屋敷のカギお渡しします」
「了解です」
つまり、保証金と1年分の家賃で金貨15枚必要ということだな。報奨金を今日もらうわけだから何とかなるか。
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