第58話 1泊ダンジョンアタック反省会。5階層再び


 1泊2日のダンジョンアタックを終えたその日の夕方。


 いつものように雄鶏亭おんどりていの4人席に3人で座った。

 4人席はいくつもあるのだが、いつも同じ4人席に座っているので、その席が何だかわが『サクラダの星』定位置のような感じになっている。


 将来俺たちがビッグになったら、この4人席は俺たちの席ということで誰もが遠慮する席になるかもしれない。そういったしきたりを知らないヒヨッコがたまたまこの席についてベテランたちからきつく叱られる未来が見える。


 勝手な幻想をしていたら、すぐに定食がテーブルの上に置かれた。飲み物エールを各自で注文し、俺は追加のつまみとしてソーセージを頼んだ。それを見たエリカは鶏の唐揚げ、ケイちゃんはポテトフライを頼んだ。

 つまみと飲み物が届けられたところで、つまみはみんなで摘まめるようにテーブルの真ん中に置いて「「かんぱーい!」」


 これからだんだんと稼ぎも増えていくだろうから、チームの取り分をもう少し増やして、こういったイベントにはそこからお金を出した方がいいかもしれない。生前管理職だった俺は部下たちを連れて飲みに行った時は全額俺が払ったものだ。翌日の部下たちの受け答えが元気いっぱい。やる気は20%増しだ。


 部下たちのやる気を引き出した俺は胸を張って部長の下に行き、領収書を差し出してハンコを押してもらっていたから良ーく分かる。部下のやる気はただ酒である程度買えるのだ。部長だってそのことをよーく知っているから笑ってハンコを押してくれるのだ。

 言い方を変えると、部下のやる気を金で買った俺はただ酒を飲んだうえ管理職としての務めを立派に果たしたと部長から認められたというわけだ。会社から見た場合、高々数万円の出費で社員のやる気が買えるなら安い物だしな。


 俺たちのサクラダの星の場合は、俺たち3人がそもそも経営者なので生前の俺とは違うが、モチベーションを高い水準で維持するには良い手ではないだろうか?


 などと一人納得していたら、エリカがひとこと。

「エド、今度はなに考えてるの? 今日はいつものニヤニヤ笑いじゃないから余計変よ」

 この言葉の解釈かなり難しい。今も俺は普通の顔をしていたはずなのにニヤニヤ笑いしている時より変な顔と言われてしまった。さらに俺はいつもニヤニヤ笑っているらしい。

 つまり俺って、エリカに指摘されていないときも無意識にニヤニヤしているということでは?

 しかし、無意識ではどうにもならないじゃないか。困ったー。


「そのうち俺たちの稼ぎはもっと多くなるだろうから、そしたらチームの取り分をもう少し増やしてこういったイベントにはそこから金を払えばいいかなって考えてたんだ」

「なるほど。それは良い手だわね。今の稼ぎだってそれなりだから、明日からでもいいわよ。

 ケイちゃんはどう?」

「わたしも、それでいいですが、最低銀貨2枚チームのお金にして、残りの銀貨だけを3人分けた余りもチームのお金にしていいんじゃないでしょうか?」

「わたしもそれでいい。生きていくには1日銀貨1枚あれば十分以上なんだし」

「じゃあ、明日からそうしよう。それで明日はどうする? 泊りがけが2回続くのは大変だから明日は日帰りで3階層辺りを回ってみようか」

「3階層まで行くなら、5階層に行かない? 往復で2時間違うけどキノコが何本か見つかれば元は取れるわ。ケイちゃんはどう思う?」

「わたしはどっちでもいいです。いえ、やっぱりわたしも5階層の方がいいかな」


「それじゃあ、明日は5階層に行こう。それで明後日は1日休みで必要なら物品の補充。その次の日から1泊で6階層の続きをしようか」

「了解」「はい」


「仕事の話はこれくらいかな。何かある?」

「特にないわ」「わたしもありません」

「それじゃあ、飲もう」


 結局エールを2回お代わりしてつまみを1度追加して反省会はお開きになり、各人の部屋の前で解散した。あのジョッキで3杯はかなりの量だが俺も含めてエリカもケイちゃんもほとんど酔った感じもないというかまるで素面シラフ。俺たち肝臓まで強くなってるのか?


 部屋に戻って暗がりの中、簡単に明日の支度を終えてから、ベッドに入って魔力操作をした。いつもながら何も意識しないうちに眠っていた。



 翌朝。


 装備を整えた俺たちは3人揃ってホールの壁の渦の前に立った。

「今日も張り切っていくぞ!」

 ここで「エイ、エイ、オー!」が欲しかったが、エリカとケイちゃんはうなずいただけだった。「エイ、エイ、オー!」もこの世界で流行らせたい。俺がこの世界に来た、いや遣わされた目的というか意義を悟ったような気がする。これこそが俺のミッションなのだ。


 渦をくぐり抜けた俺たちは、後続の邪魔にならないよういったん脇によってランタンに火を点け、ランタンは俺のリュックの脇に括り付けておいた。


 そこから先は、俺を先頭にしていつもの一列縦隊で坑道を黙々と歩いて行った。

 今日は最初からランタンを下げていた関係で、坑道ですれ違う帰りのダンジョンワーカーたちから変な目で見られることはなかった。

 俺たちがそのうち名実ともにビッグになれば他所の連中の目などどうでもよくなるのだろうが、今はまだ無名の新人に過ぎないので悪目立ちしないことは肝要だ。



 途中何事もなく俺たちは4階層からの階段を下りて5階層に到着した。渦を抜けてから体感時間で2時間。これは正確だろう。


 階段下の空洞の隅に移動して荷物を下ろし、10分ほど小休止した。地図を片手にした俺を先頭に、俺たちはまだ通ったことのない坑道に向かって歩いて行った。


 俺たちにとって未踏の坑道を3時間ほど歩き、昼休憩に入った。

 この3時間での収穫は赤鬼ダケ3本、青鬼ダケ2本、ムカデ1匹、大ネズミ3匹、大トカゲ1匹だった。大ネズミが3匹接近して来た時だけ俺とエリカの出番があった。かなり久しぶりな気がしてしまった。


 昼休憩で各自、干し肉や干し果物、それに豆を口に入れて腹を膨らませた後雑談した。


「そういえば、ダンジョンで見つかるアイテムで水が作れるアイテムってないのかな?」

「それは聞いたことある。そういったダンジョンの中で役立つアイテムは、見つけた本人が引退するまで売りに出さないとか聞いたわ」

「売りに出れば当然オークションなんだろうな」

「でしょうね」


「それって、いつまでも水が出るのかな?」

「それは出るんじゃない」

「まあそうなんだろうけど、ランタンなら油が必要だろ? そういったアイテムには油に相当するものって必要ないのかな?」

「そう言われるとそうね。でも、そういったアイテムに何かを入れるって話は聞いたことないわ。それにエドのレメンゲンにもわたしの双剣にもケイちゃんのウサツにもなにかを入れるところなんかないわよ」

 確かにその通りなのだが、俺はそういったアイテムは実は使用者の魔力を言い方は少し変だが燃料にしているのではないかと思っている。

 ただ、俺たちの持つ武器は水が出るわけでもないので燃料が必要なのかと言えば『?』ではある。しかし、何かをなすためには何かが必要なのは常識なのだが、いったいどうなんだろーなー?

 そういえばすっかり忘れていた俺の左手の指輪だけど、こいつは何の役にも立っていないから燃料は不要だろうな。言い換えれば燃料切れを起こさないので俺が死ぬまでこのまま左手の中指にはまったままのような気がしないでもない。俺の魂がレメンゲンに食われたら死体になった俺の左手から外れるのだろうか?

 それはそうと、この指輪一度ボロ布でゴシゴシ磨いたけど錆びは落ちなかったんだよなー。今見たらますます黒くなってきているし。磨き粉どこかに売ってないかな? 指輪のことなんてすぐに忘れてしまうから磨き粉のことも忘れるんだろうなー。


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