第45話 歓迎会


 ケイちゃんの歓迎会のため俺たちはダンジョンギルドの1階の食堂兼酒場、雄鶏亭おんどりていに入り、空いていた4人席に3人で座った。

 まだ正午を知らせる6回の鐘が鳴っていないので時刻はおそらく11時半くらい。ちょっと早いが歓迎会だものスタートしていいだろう。


 現に雄鶏亭おんどりていの中ではいたるところで酒を飲んでいるダンジョンワーカーのチームがいた。俺たちはワンオブゼムになるだけだ。俺は前世ではガチで飲酒は18歳からだと思っていたのだが、なぜか二十歳からだった。だがしかーし、この世界では飲酒制限などどこにもない。すべては自己責任。

 だから、俺は自己責任を取るべく、注文を取りに来たおじさんにみんなの分も一緒に注文したのであった。

「まずは3人でエールで乾杯しよう。

 エールを3つ、お願いします」

「あいよ。こっちは新しい新人の子じゃないか?」

「ケイ・ウィステリアです。よろしくお願いします」

「これはご丁寧に。俺はこの店の主人のペーター・モールだ。ペーターでもモールでも好きな方で呼んでくれ」

 給仕のおじさんはマスターだった!

「それで、つまみはどうする?」

「つまみは、……」エリカが適当に注文してくれた。


 すぐにエールのジョッキが3つと簡単なつまみが運ばれて来たのでさっそく乾杯だ。もちろん代金は俺が払っている。使った金額を忘れないように小袋に金貨1枚分相当の銀貨20枚を入れて、それを財布代わりに使っているので計算間違いはないはず。


「それでは『サクラダの星』へのケイちゃんの加入を祝って、かんぱーい!」

「「かんぱーい」」

 温いエールでも慣れてくればおいしいものだ。


 そのあとエリカが注文した料理がドンドン運ばれてきてテーブルの上はいっぱいになった。

 美女二人を眺めながら、会話しながらの飲食。しかも特別料金の必要ない。実に楽しい。


「そういえば、ライネッケさん」

「俺のことはエドとかエドモンドって呼んでくれよ」

「じゃあ、エドモンドさん」

「いや『さん』はなしで」

「じゃあエドモンド、ちょっと言いづらいから、エド」

「うん。何?」

「ランタンを買おうとしていた時、買わなくても大丈夫って言ってたじゃないですか? アレってどういう意味だったんですか?」

「体感した方が早いけど、今説明しておこうか。あまり大きな声では話せないんだけど」俺はそこで声をぐっと落とした。

「俺の黒い剣を武器工房で見ただろ?」

「はい。見ました」

「俺のあの剣、実はある種の魔剣なんだ」

「魔剣?」

「特別な力があるんだ」

「もしかしてダンジョン産?」

「そう。それでその力なんだけど、俺の能力を上げるだけじゃなくて、俺の仲間の能力も上げるんだ。その力のおかげで俺はすごく夜目が利くようになってダンジョンの中でランタンを点けなくてもよく見えるし、エリカも夜目が利くようになったんだ」

「もしかしてその力ってわたしが弓を引いたときにも?」

「そうじゃないかなーとは思う」

「どおりで。あの程度の的は簡単に射貫けるんですが、矢をつがえて弓を引いたとき思った以上に軽かったし、それ以外にもいつもと比べちょっと感じが違ったんです。それでこの弓では的を外すなと思いながら的を見たら、どこを狙えば的の真ん中に命中するのか分かったんです。それでその通り射たら思ったところに命中しました」

「すごく無造作に射たように傍からは見えてたんだけど」

「そうですか? 自分ではそれなりにじっくり的を狙っていたんですが。でもおかしかったのは、弓がすごく軽かったのに矢は山なりにもならず、それでいて思った以上に遅かったことです」

 いわゆるゾーン状態に入って周囲が遅く見えるようになったのかもしれない。俺もこのところ対峙するモンスターの動きを遅く感じるものな。一歩達人の域に近づいたのかも?

 ケイちゃんの弓についてはもう少し弓力きゅうりょくの強い物を用意した方がよかったか。今さらだし、今でも十分な威力があるからいいだろう。それにエリカの白銀の双剣のこともあるから、ケイちゃん用に短弓がダンジョンで見つかるかもしれないし。


「ケイちゃん、わたしの双剣も見たでしょ?」

「はい。どちらも見事な剣でした」

「あの二本も実はダンジョンで見つけたものなのよ」

「そんなことがあるんですか!?」

「あったのよ。これもエドの持つ剣の力じゃないかって、わたしたちは思っているの」

「はあ」

「言いたいのはね、ケイちゃんもわたしたちと一緒にダンジョンに潜っていたら、ケイちゃん用に短弓が手に入るかもしれないってことなの」

 おっ! エリカも俺が考えていたことを考えていたようだ。これぞ以心伝心。魚心あれば水心だ。いや、これは違ったか。


「まさか」

「まあ、本当に2度あることが3度あるかは分からないけどね。でも期待しててもいいと思うよ」


 世の中、信じるものは足をすくわれるものだが、これに関しては信じていても実害はないはずだ。実害があるとすれば、レメンゲンの契約者である俺だけのハズ。


 とにかく俺たちの期待をおまえは一身に背負っているのだ。部屋に置いているけど、レメンゲン頼むぞ!


「そういえば、エド、きみのその指輪のこと何か分かった?」

「抜けない事しかわかっていない」

「あー。

 ケイちゃん、聞いてよ。エドの左手の指輪、あれもダンジョンの中で見つけたものなの。見つけたといってもたおしたスライムの体から出てきたものなんだけどね」

「またダンジョンで!?」

「うん。それで、何かスゴイ力があるかもってエドが試しに指にはめたら抜けなくなっちゃったのよ。抜けなくなることだけが指輪の力ってわけはないと思うけど、今のところ何も分からないんだって」

「エドはその指輪をしていて痛くはないんですか?」

「全く痛くはないし、言われなければたいていは忘れてる」

「そうなんだ」

「まっ、何事も慣れだから」

「慣れで済ませちゃう?」

「うん。指を落とせば抜けると思うけど、そんなことしたくない以上自分じゃどうしようもないし」


 内緒話はここまでということで、俺は声の調子を元に戻した。

「料理もいっぱいあるからドンドン食べてドンドン飲もう。

 すみませーん、エールのお代わり!」

「あっ! わたしも」

「わたしもお願いします」

「エール3杯お願いしまーす」


『あいよ』


 エールのお代わりが運ばれてきて俺は左手で今運ばれてきたエールのジョッキを持った。そして俺の**右手のフォークにはソーセージが突き刺さっている。この『俺の』をフォークからソーセージに移動させると大変なことになる。

 などと、話が途切れたところで、二人の美少女を眺めながらおじさん的脳内セクハラをしていた。


「ねえ、エド、フォークにソーセージを突き立てて、なに一人でニヤニヤしてるの?」

 エリカに見つかってしまった。いくら以心伝心のエリカでも俺の心の中をうかがい知ることなどできまい。

 

「エド、きみ今何か変なこと考えていなかったわよね?」

「いや、ぜんぜん」

 憲法はないけれど黙っていればどこの世界だろうが内面の自由は保障されているのだよ。


 そうこうしていると街の鐘が6回鳴るのが聞こえてきた。昼の時間になったことで店の中が少しずつ混んできた。

 だからどうってわけでもなく、俺たちはケイちゃんの歓迎会を続けたのであった。


「そういえばケイちゃんはどこの出身だったっけ?」

「大森林に近いグレンツドルフという開拓村です」

「そうなんだ」

 もちろん聞いたことはないけど、いちおううなずいておいた。


 結局、次の鐘が鳴るころにはお腹がいっぱいになったが、そこからテーブルの上の残ったものを3人で残さず食べ、それでケイちゃんの歓迎会はお開きになった。お代は結局銀貨5枚だった。銀貨1枚を5千円と考えると2万5千円。3人で3時間以上飲み食いしてこの金額は安いと言えば安いのだろう。特に俺にとっては安かった。


 今日の夕食は誰も食べないということだったのでその日はそれ以降自由時間として、明日の朝食は朝一で一緒に摂ろうということで3人そろって3階に戻り部屋の前で解散した。

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