第38話 3階層6


 白銀の双剣を手にいれた翌朝。


 エリカは寝不足になっていないようで、いつもと変わらない時間にダンジョンに入っていくことができた。

 そういえばエリカもれっきとした女子。ということは月に一度は不調になるはずなのだがそういった兆候はどこにもない。チームリーダーである俺が気を回さなければならない案件なのだろうが、直接本人に聞けるわけもなし。結局なーなーになってしまうような。生前の会社の場合ドライなもので俺の部下の女性社員たちは生理休暇も堂々と申請してきてたものな。それくらいの方が気を回さなくて済む分、管理職的にはやりやすいのだが。


 手が回らないような部署の場合、そんな余裕はないのだろうが、管理職として担当部署の人員が忙しくて有休も取れないような状態を放置してるのは管理職失格だ。と、俺は思って部署のパフォーマンスはしっかり上げつつ上との関係を良好にしてたんだがな。俺がポックリ逝ったあとどうなったろうなー。今さらだがちょっとだけ気になる。

 そういえば、2次会の伝票持ってこいと言ってたんだっけ。すまんな。



「それじゃあ、今日も頑張っていこう!」

「なに? 今日は嫌に元気じゃない」

「そう言うわけじゃないんだけどな」



 エリカと連れ立ちダンジョンの坑道を1時間ほど歩き、3階層の空洞に到着した。

「今日は別の坑道だな」

「うん」


 階段下の空洞を起点とした坑道はどれもやや広い本坑道でそのうちの1本が4階層へ続く階段空洞につながっている。

 本坑道から枝分かれした側道は本道よりやや狭い。側道からも側道や分岐があるがそういった孫坑道は側道より狭くなるかというとそうでもなく、広さは変わらない。

 

 俺たちは昨日とは違う本坑道を今日も他のダンジョンワーカーに出会うことなく進んでいった。


「エリカ、3階層に下りてくるだけで1時間かかったな」

「そうね」

「これが5階層となると2時間かかるよな?」

「階段間の移動にはどの階層でも30分かかるって話だからそうなるわね」

「往復で4時間だ。8時から16時までの8時間ダンジョンに入っているとして5階層での活動は4時間。2時間進めば引き返すことになる」

「かなり効率悪そうよね」

「泊りがけで潜ることを考えた方がいいと思うんだ」

「それもそうね。でも、リュックが一杯になってしまえば帰らないといけないわけだから、準備だけはしておいて、臨機応変で対応すればいいんじゃない?」

「そうだな。でも少なくとも毛布は一人2枚はいるだろうからずいぶんの荷物になるな」

「その分、持ち帰る成果が減るしね」

「ベテラン勢も同じなのかな」

「そうなんじゃない。

 エド、前から何か来る」


「大トカゲだ。数はおそらく2匹だ。エリカは左側を頼む」

「了解」

 エリカが双剣を引き抜き、俺もレメンゲンを引き抜いた。

 すぐに大トカゲが視界に入ったので二人で大トカゲに向かって走り出した。

 

 大トカゲに向かって一度フェイント気味にレメンゲンを突き出したところ、大トカゲが威嚇するように大口を開け先が二つに割れた舌を出した。

 俺はすかさず踏み込んで大トカゲの額に向けてレメンゲンを叩きつけるように振り下ろしたのだが、大トカゲは俺がレメンゲンを振り下ろすのと同時に俺に向かって噛みついてきた。

 その結果、レメンゲンは大トカゲの額を捉える代わりに後頭部を断ち割った。大トカゲの口は俺の股間の50センチ先で止まり、大トカゲは坑道の路面に伸びて動かなくなった。大トカゲは俺の股間を狙っていたみたいだ。今の俺が間違えることはあり得ないが、もし間違えていれば大惨事だった。


 この大トカゲだが、爬虫類なのでもう少し生命力が強くて頭が潰れてもある程度動いているものかと思ったがそうでもなかった。この程度の生命力だと滋養強壮には効かないかもしれない。


 エリカを見ると既に大トカゲをたおしていたが、何個所か大トカゲの胴体に傷が入っていた。皮の値段が引かれるかもしれないが、少なくとも肉は売れるのでそれなりの値段で売れるだろう。


「ちょっとしぶとかった。今までの剣だったら苦戦してたかもしれない」

 白銀の双剣を昨日手に入れたのはグッドタイミングだったようだ。


「2匹ともお腹がずいぶん膨れて重そうだな」

「そうね。内臓も取っちゃいましょうか? だいぶ軽くなると思うわ」

「そうだな。そうしよう。内臓をそこらに投げておけば、血の匂いに連れられてモンスターが集まってこないかな?」

「モンスターは地上の獣と違って血の匂いに引かれてやって来ることはないって聞いたわ」

「エリカは毛が汚れるから、見てるだけでいいから」

「そんなことできないよ」

「大したことじゃないから、任せてくれていいよ」

「エド、ありがとう」


 リュックを下ろしてからナイフで首の根元を切ってから内臓を掻き出したところ、見た目通り内臓はかなりの量があった。

 2匹目も同じように首の根元を切ってから内臓を掻き出して、大トカゲの血と体液で汚れた両手の手袋はボロ布で拭いておいた。


「エド、ご苦労さま」

「うん。血も抜けてるみたいだからリュックに入れてしまおう。

 エリカは俺のリュックの口を広げて持っててくれるかい?」

「了解」

 

 大トカゲを両手で持ち上げたところ結構重い。50キロはありそうだ。2匹リュックに入れたら限界だ。


 1匹目をエリカが口を広げている俺のリュックに突っ込んだ。

 次にリュックの紐を緩めてリュックを大きくして2匹目を何とかリュックに突っ込んだ。


「エドのリュック今までで一番大きく膨らんじゃったけど、大丈夫?」

「うん。何とかするけど、今日はこれでお終いだな」

「そうね。帰り道クモとかムカデがいればいいけどね」

「まだ早いけど、ここじゃあ臭いから少し戻ってから昼休憩にしよう」

「うん」



 移動しようとリュックを両手で持ち上げたところ、思った以上に重かった。

 投げ捨てるわけにはいかないので、帰る時は担がないといけないけど、試してみるのは昼休憩の後にすることにした。

 リュックはその場に置いたまま50メートルほど引き返したところで坑道の壁を背に二人座り込んで、水を飲み、干し肉と干しブドウとかを口にした。



 アイテムボックスとかアイテムバッグって落っこちてないかなー? 切実に欲しい。

 そういえば昭和時代千葉のおばさんがとんでもない大量の野菜を背負って総武線に乗って東京に売りに来てたとか。それに比べれば……。比べる必要ないよな。現に重たいんじゃー!

 そこで『苦力クーリー』という言葉が頭に浮かんだ。クーリーそのものの意味はよく分からないが苦力という言葉がぴったりのような気がした。



 昼休憩を終え、何とかリュックを背負った俺は、頭の中でぶつぶつ言いながらもどうにかギルドにたどり着くことができた。

 これもレメンゲンの力なのだろうと思ってしまう。でなければ3時間以上、100キロの荷物を背負って歩けないもの。


 苦労して持ち帰った大トカゲは2匹合わせて銀貨5枚と小銀貨1枚でで買い取ってもらった。

 山分けしようとしたらエリカが恐縮していた。

「エリカ、こういうところはキッチリしていこうよ」

「そうね。分かった。エド、今日はご苦労さま」

「うん」


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