第35話 昼食。3階層4


 芝居を見ている間に次の街の鐘がわずかに聞こえていたので、劇場から出た時には昼を過ぎていた。


「エリカ、そこらで何か食べようか?」

「広場に面して食堂が何軒かあるから適当に入りましょう」

 広場の人も多いようだし、芝居が終わって劇場から一度に観客が吐き出されたので食堂も混むかもしれない。


 俺たちは他の客に負けないよう目に付いた入り口がやや狭い食堂に駆け込んだ。

 その店は食堂というよりレストランのようで、入り口に立っていた店員が着ている服は上品だった。

「お二人さまですか?」と聞かれて「はい」と答えたら個室に案内された。


 すごく高そうな店だが入ってしまったものは仕方ない。それにエリカお嬢さまがここにいる以上、この世界で初めてのレストランで俺がドジを踏む可能性は低いだろう。


「こちらがランチメニューでございます」と、言って俺たち案内してくれた店員がメニューの書かれた紙というか板をエリカに渡した。

 レディーファーストということなのか? たぶんそうなんだろう。


 エリカはメニューを見ててきぱきと注文してメニューを俺に渡した。

 メニューには調理法と一緒に料理の名まえが書かれていたのだが、絵が載っているわけでもないので、読めはしても俺には今一ピンとこなかった。なので俺はエリカと同じものを注文した。


「お飲みものはどうなさいますか?」

「エリカ任せた」

「それじゃあ、このワインを」

「かしこまりました」


 俺自身経験したわけではないが、俺の生前の記憶では、ワインのボトル1本の方が料理などよりよほど高いことがあるらしい。エリカが頼んでくれたワインがそういった逸品でないことを祈ろう。


 注文をメモったわけではないが、店員は一礼して部屋を出ていった。

「エリカ、高そうな店だな」

「それほどでもないと思うわよ。ここって領都でもないし、サクラダだし」

「エリカは領都に行ったことあるのか?」

「家族で行ったことがあるわ。一度だけだけどね」

「へー、どんなところ?」

「辺境伯さまのお城があってサクラダより人が多いくらいで、それ以外に取り立てて変わったところはないわ。ああ、そういえば物の値段はオストリンデンに比べて2割は高いってお父さんがいってたわ」

「ふーん。そうなんだ。とは言っても俺がこれから先、領都に行くことはまずないけどな」

「エド、そんなことないと思うわよ」

「どうして?」

「エドなら、武術大会の予選に絶対に勝てるし」

「そう思ってくれるのはうれしいけど、モンスターと人じゃ全然違うし」

「謙遜してるけど、エドのレメンゲンって使えば使うほど強くなれるんでしょ? 1年先にはすごいことになってるんじゃないかな」

「そうかもしれないけれど、試合に出なければ縁もないだろ?」

「それはそうだけど。でもわたしたちがサクラダダンジョンでトップチームになったら辺境伯さまからお声がかかるかもしれないわよ」

「そしたらそれを期待しておくか。

 それはいいけど、エリカは王都に行ったことある?」

「ないわ。一度は行ってみたいけどね。お父さんは若いころ一度王都に行ったことがあるんだって。それはもう大きな街で王宮のある王城も領都の城なんて比べ物にならないくらい大きくて立派だったって」

 現代の巨大都市や巨大建造物を見知っている俺からすれば大したことはないのだろうが、エリカ的な考えも理解できないわけではない。前世の俺も若いときは東京にあこがれていたわけだし。

 とはいえ、領都以上に王都に俺が行くことはないだろうなー。


 そうこうしていたら料理がお酒と一緒に運ばれてきた。

 テーブルの上に並べられたのは、肉料理と、サラダ、スープにパン。豪勢と言った感じではなかった。

 給仕の人がグラスにワインを注いでくれてエリカと乾杯してから食べ始めた。

 ワインを注いでくれた人はそれだけで部屋から出ていった。


 落ち着いた雰囲気の中で、グラスに注がれたワインを飲みながら、上品に料理を食べる。こういった食事も悪くない。何より美少女との会話付きだ。


 代金は一人あたま、銀貨3枚とちょっとだった。サービスなどからして妥当な金額なのだろうが俺にとっては安くはなかった。明日から真面目に稼いでいこうという気持ちが強くなったことは確かだ。


 店を出た俺たちは、適当に広場から続く通りに出て、通りに面した店などを見ながらダンジョンギルドに戻った。文字面からすればデートだが、同僚が連れ立って歩いているようにしか見えないと思う。

 俺とエリカはそんな関係じゃないしー。


 エリカとは部屋の前で別れ、俺は桶と洗濯物を持って水場に行き、洗濯をした。

 生前読んだファンタジー小説で主人公がせっせとせっせと洗濯の人になっている小説を読んだことはないのだが、俺が偏食なだけで普通のファンタジー小説では主人公が数日おきに洗濯していたはず。

 いくらファンタジー小説と言っても偏食はいかんな。

 将来俺がビッグになって、自伝が出版されたとして、その中にはおそらく俺が地味に洗濯してたなどひとことも載らないだろう。そう考えると、ファンタジー小説って通常ヒーローものだから洗濯の描写がない。ないしは少ないのも当然なのかもしれない。



 雄鶏亭おんどりていでの夕食時、武術大会の話が近くのテーブルから聞こえてきた。


 優勝者は予想通り、ベテランダンジョンワーカーだったらしい。もちろん面識のない人なので詳しいことは分からないのだが、おそらくいずれかのチームに属していたはずで、そのチームの今後が気になるところではある。


 結局、武術大会サクラダ予選などどうでもいいことなので優勝者の名まえも耳にしたはずだがすぐに忘れてしまった。自分に関係ない以上そんなものだよな。そんなことより明日からもがんばるぞ!



 翌日。


 エリカと連れ立ち、渦を通り抜け1階層、2階層を抜けて3階層に下り立った。


「今日も、この前の続きで地図と坑道を見比べながら歩いて行こう」

「分かったわ」


 俺たちは地図を見ながらも周囲を警戒しつつ、坑道を進んでいく。

 3階層程度だと基本的に日帰りなので、朝早いこの時間、階層での探索モードに入ってから他階段間の本坑道以外でダンジョンワーカーに出会うことはほとんどない。


 最初に遭遇したモンスターは2匹の大グモで、難なく2匹をたおし8本の脚を切り取った頭部はエリカのリュックにしまって前進を再開した。


 それから、一度大ウサギ1匹狩って俺のリュックに入れて水袋から水を飲んで一息つき、坑道探索を再開した。


 それから1時間。

「エリカ、この側道エリカの地図にも載っていないし、俺が描き写した地図にも載っていない」

「じゃあ、この先にエドのレメンゲンみたいなお宝が眠っているかも?」

「そううまく行いくとは思えないけど、行ってみよう」

 俺は地図に印をつけて、側道に入っていった。


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