第32話 指輪。武術大会予選


 昼休憩を終えた俺とエリカは武器と防具を装備してリュックを背負い、坑道を進み始めた。


 俺が生前読んだとある小説だと、ダンジョン内で仕留めたモンスターや手に入れた食材をダンジョン内で調理していたのだが、魔法のないこの世界ではそういったことをするためにはまず燃料の心配をしなくてはならない。そのうえ調理道具も持ち運ばなければならない。ダンジョン内で温かいものを食べるというのはものすごくハードルが高い一大事業ということになる。

 魔法が欲しい。アイテムボックスが欲しい。


 そんなことを考えながらも、上り階段のある空洞からあまり遠ざからないように本道だけでなく側道に入ったりして移動を続け、大ネズミ2匹と大ウサギ1匹を仕留めたところで俺のリュックがある程度一杯になった。帰り時だ。


 3時間近くかけて渦から出てダンジョンセンターに戻ってきたところで街の鐘が3度鳴った。

 そのあと今日の成果を買い取ってもらった。今日も結構な黒字になったのはよかったのだが結局俺の左手の中指にはまったままになっている指輪の効能は分からずじまいだった。


 今日の夕食はいつもより遅く7時近くになった関係で、雄鶏亭おんどりていの4人席は空いておらず、6人席の隅でエリカと向かい合って食事した。反対側の4席にはまだ誰もいない。

 指輪を抜くためのぬるぬるをまだ手に入れていないので、指輪はそのままだ。


「この指輪、結局なんだと思う?」

 あらためてこの指輪を見ると、何だか黒ずんできたような? 最初は銀色に輝いていたけど錆びてきた? 銀製品なら錆びて当たり前だからあとで磨いておくか。


「スライムから出てきたと言ってもダンジョン産なわけだから、ただの指輪ってことはないと思うけど」

「でも、ずーとはめてるけど変わったところは抜けないところしかないんだよなー。

 エリカ、何かぬるぬるしたものはないかな?」

「どうするの?」

「指輪を抜くのに指と指輪の間がぬるぬるしてれば抜けやすいだろ?」

「確かにそうね。といっても、ぬるぬるしたものって何がある? そうだ! 肉のあぶらを付けたらどうかな?」

「それはいいかも」


 俺は皿の上に付いた肉の脂を右手の人差し指に付けて、左手の中指にはまった指輪の周りに塗ってやった。

 右手の親指と中指で指輪を摘まんで回したところ、回ってくれた。

 これなら抜ける。そう思って引っ張って見たのだが、前後方向には全然動かなかった。

 これってやっぱり呪いの指輪なんじゃないか?

 この指輪が一生モノになったとして実生活に影響が出るかと言えば出ないと思う。頭では分かっていてもちょっとだけ額にヒヤ汗が出てきた。



「エド。それはそうと、スライム用の瓶とひしゃくはどうする?」

 まあ、エリカにとって俺の指は『それはそうと』で済む話ではある。

「これから先も何度でもスライムには遇うだろうからある程度まとまった数買っててもいいよな」

「そうよね」

「明日買いに行こうか?」

「それだと3階層にいる時間が短くならない?」

「それなら武術大会の予選を見に行くとき、帰りにでも買いに行こうか?」

「うん。そうしよ。

 それはそうと、スライムの液っていくらくらいで売れるのかなー?」

「赤も青も1瓶銀貨1枚くらいだったと思う。図書室情報だから今その値段とは限らないけど、そんなにズレてはいないんじゃないか」

「今日のスライムだとだいぶ回収できたんじゃない?」

「瓶の大きさはそんなに大きくないと思うから、5瓶分くらいなら余裕で回収できるんじゃないかな」

「となると銀貨5枚か。けっこうな値段よね」

「まかり間違えれば、大けがすることを考えれば妥当な値段じゃないか?」

「それもそうか。わたしたちなら楽勝だけど、普通じゃそうはいかないものね」


 そのあとも二人でダンジョンの話で盛り上がり、食べ物も飲み物も無くなったところで席を立って店を出て3階に戻っていった。




 翌日から4日間。俺たちは3階層を歩き回ってそこそこの収入を得た。その間俺の左手の指輪ははまったままだし、指輪について変わったことはそれだけだった。

 エリカは呪いなんてあるわけないじゃないと笑っていたけれど、このサクラダにもアララ神殿の神社がありそうなものだから、もし神社があるならお参りしてお祓いでもしてもらえば何とかならないだろうか?




 そして今日は、武術大会の予選の日。


 ギルドの1階で朝食を終えた俺とエリカは買い物用のリュックを背負ってギルドを出て武術大会の会場に向かった。俺もエリカも普段着で、エリカは珍しくスカートをはいていた。今日のエリカは生足だ。この世界にもストッキングくらいはあるかもしれないがパンストなどと言った無粋なものはない。

 エリカの程よい太さ、かつしみ一つない生足を見て俺は不覚にもツバをゴクリと飲み込んでしまった。



 試合会場はこのサクラダに駐屯する領軍の駐屯地内の練兵場で、街の外れにある。


 俺たちはギルドから30分ほどかかって試合会場に到着した。

 試合は8時の鐘。街の鐘が4回鳴るのを合図に開始されるという。街の鐘と言っても練兵場に隣接した兵舎の上にも鐘があるようなのでその鐘が合図なのだろう。


 エリカの情報によると、今回予選に出場するのは14名。トーナメント方式なので2名がシードとなって2回戦からの出場になるらしい。出場選手が14名のトーナメントなので13回試合が行われることになる。


 使用する武器は、あらかじめ会場に用意された木製の長剣、大剣、メイス、槍、その他。盾も木製の盾でいずれも持ち込みはできない。

 盾が破壊されても失格にはならないが、武器が破壊される、ないしは壊れた場合は失格になる場合もある。少々の壊れ方なら武器として使用できるが、武器として認められないように壊れてしまうと失格になるということだ。

 基本的には審判が『勝負あり』と、判断した時点で勝敗は決まり試合は終わる。

 もちろん相手選手の「まいった」でも勝敗は決まる。


 俺とエリカはリュックの中に水袋と昼食用の干しブドウや干し肉の入った布袋を入れていたのだが、会場には屋台が出ていた。


 試合場と観客席をロープを張って区別しているのだが、かなりの数の観客が既に会場に入っていた。観客席と言っても立ち見なので、前の人が地面に座ってくれればいいけど、そんな感じではないので、後ろの方だとちゃんと見えそうもない。


「もうこんなに混んでる。わたしたち、出遅れたみたいね」

「何とか前の方に行きたいけどちょっと無理っぽいな。試合が始まったらエリカを肩車してやろうか?」

「よしてよ」

「遠慮しなくてもいいんだぞ」

「じゃあ、決勝の時はお願いするかな?」

 スカート姿のエリカを肩車したら、俺の後頭部でいろいろマズいことが起こりそうな気がしたが、それこそ望むところだ。

「そしたら、エリカは試合の様子を口で説明しながら見てくれよ」

 エリカに実況中継を頼むことにした。実況中継していればエリカは試合にだけ**に集中するのではないかという俺の作戦だ。

「そんなことできないよ」

「エリカならできるから」

「じゃあ、やってみる」


 そうこうしていると、兵舎の鐘が4回鳴った。試合開始だ。

 すぐに、試合場の方から「始め!」という声が聞こえてきた。


 選手紹介とか何もアナウンスがなく試合が始まってしまった。興行的にこれはマズいだろう。

 主催者は辺境伯で、特に興行しているつもりではなく単にリクルートの一環として選抜試験を行なっているだけだから、仕方ない面もあるか。


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