第11話 離婚には応じますので
戦地から手紙が届くのはある種の奇跡でもあって、まず、手紙を書くひとが生きていなければならない。
さらに言えば、手紙を持った支援部隊が無事に後方まで届けてくれる必要がある。
そこから実際の受取人の手元に届くまで順番待ちとなり、ようやく届いた頃にはかなりの時間が経っていることもある。
つまり、そのときにはもう差出人は生きていないかもしれないのだ。
【生きて帰っても良いのか?】
(バーナードさん、この結婚が遺族年金目当てと気づきましたね……)
いかにも安定していない場所で書いたとみられる走り書きを目にして、チェリーは彼の内心を察した。
自分が生きているよりも死んだ方が価値があると、冷静に判断したのだろう。
それはチェリーもわかるのだが、
それでも、しばらくは不景気が続くだろう。遺族年金があてにしているほど入るとは限らない。
やはりバーナードには生きて帰ってきて、当主としてしっかりこの先数十年でも働いてもらった方が、キャロライナやノエルの生活は安泰だとチェリーは思うのだ。
当然、バーナードにも思い描く未来や女性の好みの問題もあるだろうから、チェリーは彼が帰ってきたら離婚に応じるつもりでいる。
(奥様もキャリーお嬢さんも、ノエルのことはずいぶんかわいがってくれているもの。当主にはなれなくても、親戚の子として、私が出て行った後も悪いようにはしないはず)
つい最近も、ノエルの姿が見えないと思っていたら、揺り椅子に座ったヘンリエットが抱きかかえていたことがあった。
窓からの夕日を受けて、ノエルを膝にのせたまま「今寝たところなので、お静かに」と真面目くさった顔で言ってきたのだ。
最初は気難しそうな印象であり、いざ日常的に接するようになっても堅苦しさは拭えないのだが、ヘンリエットはずいぶん子ども好きなのだった。
家事全般を引き受けたチェリーに代わり、ノエルに本を読んだり、ナイフやフォークの使い方を教示する姿など、実に真剣だ。
次期当主として恥ずかしくないように、という心づもりにしても、子ども相手に諦めずに指導を続ける粘り強さには、「好きじゃないとできないわね」と感心してしまう。
もしこの先、戦場から帰還したバーナードが新しい妻を迎え、そこに子どもができたときにも、ノエルがヘンリエットから意地悪をされる心配はないと思っている。
しかし、新しい妻に邪魔にされるならば、話は別だ。ノエルの居場所がなくなるのなら、チェリーが引き取る。
そのときのために、連絡がつきやすいように近くには住んでいたい。
できれば、このお屋敷の掃除と家庭菜園の世話を続けたいので「若奥様」でなくとも使用人としてこのまま置いてくれたらと思う。
バーナードが再婚しても、もとから自分と彼は書類上の夫婦なので、新しい妻との間で謎の三角関係なども生まれないはずなのだ。
チェリーは菜園でいくつも芋を掘り起こし、次の種芋と食用に振り分けながら手紙の返事を考え続けた。
忙しい彼が戦地でなるべく手っ取り早く読めるように、簡潔な文章でなければ。
夜に皆が寝静まってから、窓際で星明かりを頼りに手紙をしたためる。
「遺族年金をあてにしているわけではない、死ぬ必要はないってお伝えしないと。戦争が勝利で終わりそうなときに、死に場所を探しに行ったら困るわ」
たまに足を運ぶが、街の景色はいよいよ荒涼たるものになっている。
給付があっても、生活の苦しさはどうにもならず、餓死者もずいぶん出ているらしい。
(もしあのとき、奥様が私とノエルをこのお屋敷に迎えてくださらなかったら、二人とももう生きてはいなかったでしょう)
雨風しのげる建物に守られ、家庭菜園を作りながら草花を摘み、支え合って生きてきた。
庭で鶏を飼うと泥棒を呼び込んでしまうので、周りの目をひかぬよう、屋敷の一室で二羽放し飼いにしている。おかげで最近は卵も食べられる。
ノエルは元気で、キャロライナも以前より体調が良さそうだ。
バーナードが戦地から帰ってきたら、この家にあるありったけの食材で、何か美味しいものを作ってあげたい。
【離婚には応じますので生きて帰ってきてください】
まずは、会って話し合いましょう。
いざ言葉にしようとすると大変難しく、手紙には必要最低限の内容しか、書くことができなかった。
(好きな食べ物を聞こうって、思っていたのに)
またしても、手紙を出した後に気づいて後悔した。
チェリーは、ヘンリエットとキャロライナに彼の好物を確認した。二人は口を揃えて「ミンスパイ」と言った。
それならば、チェリーにも作れる。戦場で口にする機会はなかっただろうし、彼が帰ってきたらたくさん作ってあげよう、と思った。
離婚前提の妻だが、そのくらいはしてもいいはずだ。
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