2.321、赫熱灯
土星での救助要請を受けた【ミレニアム】が避難民を乗せた輸送シャトルを護衛し、戦闘終了から1時間が経過した【アビダヤー】では、合流した航空母艦【マートゥフ・ダヤー】と活動後処理及び退艦対象者と希望者の帰還準備を進めていた。
幸いな事に、民間人への被害は無く【マハト・パドマ】政府と警察から謝辞と共に燃料弾薬を受領し、また厚意で艦船用大型原子炉を幾つかと民生に卸す予定だった高速艦2隻、医療船と補給船をそれぞれ1隻譲渡され、ヘルレインやL・Dらが今後の作戦行動について協議し内容を詰めていた。
「シャトルは無事だし、こっちの被害も1機だけ、死人0、いやぁ良かった良かった」
「いつでも出られる様に待機してたけど、僕の出番無くて良かった……かな?」
「緊張しましたけど、何とか力になれて良かった……」
「先輩、アタシ……ほんっと、生意気言ってすみませんでしたッ!!」
帰還し整備斑へ仕事を渡したポール達は展望ラウンジで休憩しつつ、無事完遂出来た事に安堵の溜め息を吐きながら談笑していた。その中にあって、雪夏はおもむろに立ち上がると姿勢を正し、深々と頭を下げ謝罪をする。
「いやいや、そんな畏まらなくて良いから、ね?頭上げてもろて」
「先輩に止めて頂いて、自分が如何に恐ろしい事をしようとしてたのか……痛感してます」
「とりあえず座ろ、雪夏ちゃん?」
中々頭を上げない雪夏の背中を撫でつつ、マヒマは彼女を落ち着かせてもう一度座らせる。戦闘を終えてまだ間もない中で、彼女は彼女なりに思う所が多くあったのだろう、と容易に想像がつく。
「悔しいですが、あの時アイツの言葉の意味が分かっちゃって何も言い返せませんでした……今、アタシ自分が分からなくなってて……アイツのドッグファイト、数で不利なのに相討ちまで持って行ったのは生半じゃないのは確かです。もし、あの場にアタシが参戦したところで大した事も出来ず死んでいたのは間違い無いですし……命を軽く見ていた自分が恥ずかしくて堪らない」
「……ん、今の感情を忘れなければ大丈夫よ、雪夏」
ユキとマヒマは分かりやすく落ち込む雪夏に対し、敢えて踏み込んだ話を避けた。言語化は出来なかったが、感覚的に今はポールの言葉が一番響くと察したからだ。
「先輩が止めたのも……アタシが未熟、邪魔だと思ったから……ですか?」
「ンー全くそーゆーんが無い、は嘘になっちゃうな……ただ、一番は命を大事にして欲しかったんだ。どう言う訳か、俺の後輩は自分に厳しいからその重みで潰れちまうんじゃねぇかって……大きなお世話だったな」
「いぇ、先輩の言う通りです……実体験、ですよね?先輩は優しいですから」
「あぁ、うン、そうねぃ……今でも夢枕に立つ時がある。俺が撃墜したあの機体、煙吐きながら木星の新大赤斑に墜ちてったあの有人機……おかしいよなぁ?相手の顔どころか声だって聞いてないのに、真っ黒な影で俺を指さしてるんさ……なのに、二人目以降は全くそんな事が無ぇ。それだけ、最初に命を終わらせたショックがデカかったんだろうなぁ……」
「先輩……」
「いや、慣れちまったのかもな……ユッキ、俺、甘いよな?」
雪夏もマヒマも、彼の話を神妙に聞いていた。過去を思い出しつつ自分の後ろめたさを話すポールに、ユキは正直に応える。
「うん、皆には悪いけど甘い、て思っちゃう。僕とAirは【邪神】の恐ろしさを痛いくらいに分かっちゃってるから」
「だろうねぃ……ンまー色々と理由っぽい事言ったけんどもさ?俺はなるべく、雪夏に人殺しをして欲しく無いんだよ」
「私も、同じだよ?」
「……次までに、覚悟決めておくッス」
「今はそれで良い。命の価値は平等じゃないし、戦争やってりゃ安くなる、どんなに綺麗事言おうとな?どうしようもない、コレばっかりは事実だ……けど、重みは変わらない。自分も相手も人間である以上、価値は変わっても重みは変わんねぇと俺は思う。誰が言ったんだっけかな?人は人一人分の命しか背負えないのよ……だから、理由がどうあれ初めて自分以外の命を奪う時は……眼をそらすなよ?」
「先輩の言葉、染みるッスね……そう言えば、マヒマ先輩の【魔導】で怪我人の治療してたんですよね?凄いですね、アタシは戦う事だけ」
「ううん、雪夏ちゃんが凄いよ?私は通信士、最前線で身体を張ったり出来ない……それに、治療だってリューヌさんとソレイユちゃんに敵わないし」
ポールの励ましが良い効果を生んだようで、雪夏は数分前より明らかに表情が和らいでいる。そんな彼女に褒められるも、マヒマは謙遜し両手と首を横に振った。実際、マヒマの【魔導】である【再生増進】は、外科手術を要する重体傷病者の手術後に施される。今回は幸いにも、軽傷者数名にとどまっており彼女の出番は無かった。
「あ、そう言えば僕、あの姉妹の【魔導】って知らないや」
「そかそか。ユッキには言っても大丈夫でしょ、止められて無いし」
納得した様子で頷き、ポールが携帯端末で立体映像を映してメモ機能に書きながらユキへ説明する。
「姉のリューヌ・ダイアモンドは【造血供与】……血液に必要な水やタンパク質とか用意しておけば、触れた相手の血を造れるんよ。呼吸する輸血ポンプみたいなもんだね。んで、妹のソレイユ・ダイアモンドは【血流操作】……自分や触れた相手の血を操作して、出血や血流を止めたり、体外に出して好きな形に変化させたり、ンまー色々出来るんよ。ほいでな、そんな二人が揃うと……すまん、後はマヒマに任せた。俺より詳しいでしょ?」
「ま、任されましたッ……ダイアモンド姉妹が協力すると、外科手術の成功率と四肢欠損時の生存率がグンッて上がるんだよ。ソレイユちゃんが出血を抑え、リューヌさんが輸血用とソレイユちゃんの血液を造れるからね。例えば、右腕が千切れちゃった時、ソレイユちゃんが血流を操作して右腕以外の部位に血を送りつつ止血、その間にリューヌさんが血液を造って必要な分を輸血し続ける。二人が循環器系を管理してる間に、縫合可能なら縫合術を、無理ならドレーピングして義手か有機人工腕接続の為の処置をするんだよ。私はその後、身体再生機能向上や一時的免疫力低下の予防目的で【再生増進】をするの」
「はぇ~僕は“補給液”だけど、そっか皆は“血液”だもんね。確か、大きく分けて4種類、極少数しかない血液型もあるって聞いた……ん?ねぇヒマ?ソレイユさんは“触れた相手の血液を操作出来る”って言ってたけど、それってその気になれば“触れた相手を殺せる”……て事だよね?」
ユキは、自分とは違う身体構造の人間を思い浮かべつつ話を咀嚼する。その中でふと浮かんだ疑問を口にし、姉の【造血供与】についても間接的にだが似た事が出来るだろうと考えた。その問いにマヒマがやや困った表情で答える。
「うん、その気になれば可能だよ、本人も言ってたしリューヌさんも似た事が出来る……ただ、二人とも自分の【魔導】で誰かを死なせた事は無いよ。少なくても、私は見て無いかな。と言っても、リューヌさんとソレイユちゃんにそんな能力があるなんて、財団しか知らないけど」
他の組織、特に先程まで民間人も構わず戦禍に巻き込んでいた過激な組織に眼を付けられれば、非人道的な扱いと強制が待っている事は火を見るよりも明らかであった。故に、このまじないめいた【魔導力】は公に出来ず、ユキとAirの存在も知られては面倒なのだ。幸いな事に、世間では【魔導力】は手品やタネも仕掛けもあるトリックの類、オカルトと認識されている。しかし、財団【Lex Stella】がそうである様に、オカルトでは無く実として運用している組織も僅かだが存在していた。ゼイラムが戦闘したあの艦載機小隊が正にソレだ。
「そう言えば、ゼイラムさんが捕虜を一人お土産に帰って来たけど……どうするんだろ?」
「あの野郎、面倒事ばかり持ち込んでホントに……」
「多分だけど、引き渡しはしないだろうねぃ。艦長も当主も全員、捕虜の件は黙ってるし」
「どして、ポールさん?」
「星間人類連盟条約で、救助活動中に拿捕した艦船と捕虜は要請当事者、今回で言えば【マハト・パドマ】に引き渡す事が義務化されてるんだけど……コレが面倒臭ぇし長いのよ。詳細な報告書の作成と事情聴取、場合によっては表彰されたり口止めされたり……」
「今までの前例でいくと、最低でも72時間は拘束されちゃうんだユッキー」
「本当に面倒だね……けど、ならどうするの?」
「最悪、財団内で処刑かな」
「面倒だから殺すって、とても文明的とは言えないよね……」
「残念だけど、コレが命の価値が安くなるって奴よ、雪夏」
「「「ホンット、戦争って嫌だねぇ」」」
ポールとマヒマ、そして雪夏の3人は声を合わせ話を締めくくった。同種族同士の争いを知らないユキであるが、非生産的と言う点で彼らと同じ意見を抱く。そんな会話をしている時、軽傷者の手当てを終えたリューヌ・ソレイユ姉妹は両手を上げて肩と背中をほぐしつつ、隔離区画にある一室の前に立つ近濠へ話し掛けた。
「ドクター、負傷者の手当て終わりました」
「皆の働きのお陰で、重傷者はおらぬ!コレ正に誠歓誠喜であるな!」
「キミらが居ればこそ、士気も維持出来る。助かったよ」
「それが仕事ですので……回収した女性パイロットですが、やはり【人工魔導】施術を受けておりました。体内に探知機や爆発物等の金属反応は無し。手術痕から施術は1回、かなり適正が高かったと思われます……恐らく、コミューンの“強化戦隊”の一人かと。両肩甲骨に黒い羽根のタトゥーがありましたので、初期メンバーの可能性もあります」
「奴らのシンボルマークだからのぅ、ゼイラムが苦戦したのも納得だな!」
「戦略研すらコスパが悪いってんで手放したはずだが……まさか生き残りを拝めるなんてな、嬉しく無いねぇ……」
墜落したゼイラムの回収と同時に、財団は彼と相討ちになったテロリストのパイロットを連れ帰り、リューヌ・ソレイユ姉妹が手当てをしていた。気絶していたが、目立った外傷は無く直に目が覚めるだろうと診られている。
本来、財団には救助対象以外の保護や治療の義務は無い。しかし、相手が【魔導力】を持っているならば別だ。人工魔導手術を受けた【適合者】の脅威は太陽系全土に知れ渡っている。通常の兵士では耐えられぬ加速に耐え、鋭角にも近い軌道を描き、白兵戦では常人離れした怪力と身体能力で畏怖され、感情を棄てさせられた殺す為だけの機械……使い捨ての、道具だ。
「パッと見、20歳前後に見えたが……本当の所は分からん、と」
「はい、強化手術を受けたのは最も成功率が高い5歳~9歳のいずれかとは思われますが、術後に過剰成長、或いは成長抑制か固定されるケースも散見されるので、実年齢等は本人に訊ねなければ不明です」
「仮に初期メンバーなら、20やその辺りでも不思議では無いな。だとすると歴戦の生き残り……はてはて、実力か、それとも甲羅が生えただけか……」
「して、ドクター?どうされますか?捕虜引き渡しとなると数日は身動きが取れなくなりますが」
「それなんだよなぁ……頭の痛い話だ。あの男は私を困らせる事に関しては天才的だし悪魔的ですらある……はぁ」
近濠は契約パートナーの養子姉妹と会話をしながら状況をまとめ、クソデカ溜め息で天を仰ぐ。人工とは言え、同じ【魔導力】を持ち全くの無関係では無い
。何より、助けられる命は助けたい……コレは財団当主であるL・Dと彼の養子、そして医療に携わる近濠とマヒマの考えだ。
「敵対したり暴れられたらその時は……L・Dやキミ達には悪いが、処刑せざるを得ん……本当に、私は何の為に医療を学んだんだろうな、ははッ……」
「ドクター……心中、お察しします」
「……おや?電子手錠からのデータが来てるな……ッ!お姉さまにドクター、例の女が目を覚ましたみたいだぞ?」
「そうか……私が行こう。もう隔離聴取室に移動済みだよな?」
「勿論です。椅子に座ったまま寝て居られるなんて、度胸がありますね」
そう言って近濠は、隔離された聴取室に入室する。
それから数分後、ゼイラムの個室……だった部屋で彼はアカイと二人で戯れていた。
「ちゃんと生きて帰って来て偉いぞぅ」
「……」
「ん?あぁ、ポールもマヒマも世話好きだからな。あの二人には安心して頼って良い」
「……」
「それは嬉しいが……相場通り俺はロクデナシだ、此処にはお人好ししか居ないから、終わったらそいつらに面倒見てもらえ?」
「……」
「意外だな……けど、俺は反面教師に、な?」
「……」
「そうだねぇ、アカイの言う通り【邪神】細胞がヒトゲノムとクロストークしてるな……制御方式を電気から化学シナプスに変えて比率も刻んでみよう」
ベッドの上でゼイラムはプロトレシカで使用したモノと同じヘッドギアを被り、そこから伸びるケーブルとチューブが繋がれた計測器をアカイが操作している。互いに相手の表情を伺えず、また褐色の幼女は一言も声を発していないにも関わらず、両者で会話が成立している様だ。二人の間にはペンタブラックの如き不気味な黒に包まれたフラクタルキューブが浮かび、どうやらゼイラムは不可視の極小針、己の【魔導力】である【縫合】で慎重に何かを縫い合わせているらしい。
――ピピッ、ピピッ
壁に備え付けられたコンソールから呼び出し音が鳴り、モニターにクリス統幕長が映し出される。
《ゼイラム第二小隊長、近濠技術班長がお呼びです。隔離区画の聴取室まで来て下さい》
「あの人工魔導女は俺を指名した訳ね」
《ホントにドクターが言ってた通り……ぁ、コホン、そうです。“自分を撃墜した男を呼んで来い”とだけ言って、後は黙秘しています》
「男ねぇ、やっぱり相思相愛なのかねぇ」
《……確かに、妙ですね。彼女はついさっき意識が戻ったばかりなのですが……》
「すぐに行く。アカイはヒトゲノムとの比率を変えながら同期テストを頼む」
「……」
幼女は終始無言、無表情であったが、返事とし軽く敬礼し部屋を出る彼の背中を見送った。
ゼイラムが部屋を出ると、突き当りだったのか正面に通路が1本続いているのみで、それも等間隔に進路を塞ぐ防火扉が閉塞感を強める異様な区画であった。幾重の扉を抜けた先はT字路になっており、壁に“立ち入り禁止区画”の赤い看板と左右を指す矢印が書かれている。左は“隔離区画”、右は“廃棄物処理区画”へと繋がっており、彼は左へ進む。
「おお!来たなゼイラム!」
「戦闘と試験運用、お疲れ様です。とは言え、今回も無茶をしましたね?アナタが帰って来なければ悲しい思いをする人は居るのだと、お忘れ無きよう……」
「ソレイユが元気なら人類は安泰だな。あとリューヌ……忘れた訳じゃない」
「左様で御座いますか。これは失礼な事をい「棄てただけだ」……左様で御座いますか」
三人の付き合いは短く無く、互いが互いに僅かな言葉へ多くの意味を込めて話す。周りは分からずとも、当人らには意思疎通が出来ている様子だ。
そして近濠もまた、凡その意味を捉える事が出来た。
「……ん」
そんな彼女は、右手に赤の鍵を、左手に青の鍵を乗せゼイラムへ突き出し小さく唸って選択を迫る。それに彼は躊躇無く青の鍵を選び、聴取室のドアに手を掛けた。そこで一言だけ、近濠が呟く。
「責任、持てよ」
「……ホッとした癖に」
ゼイラムもまた一言だけ返し、電子ロックを解除して一人聴取室へ入った。扉が閉まると同時に近濠は苦々しい表情で声を漏らす。
「……悪いかよ」
「否定はなさらないのですね」
「事実だから、な」
聴取室をミラーガラス、所謂マジックミラーで一方的に覗ける暗い隣室に入り、近濠は悪態を吐きながらも録音・録画を始め室内の様子を伺った。
「……」
「……」
狭く一枚の鏡、つまりマジックミラー以外は装飾品の無い部屋には、無機質な正方形のテーブルと椅子が二脚だけ置かれ、先客が一人座している。ツートーンカラーが目立つウルフカットの女性は、厚手の白いワンピースを纏ってその両手首に電子手錠を嵌められていたが、至って平静な涼しい表情で鋭く来客、ゼイラムを見据えていた。
彼もまた、やや冷たく見える視線で彼女を見続け椅子に座る。机上で視線を交えて瞳を見合い、ゼイラムは内ポケットから紙巻タバコの箱と携帯灰皿、電気ライターを取り出して机に置き、一本手に取って咥えつつ訊ねる。
「タバコ、平気か?」
「ボクも吸うから……」
カッコいい声だと、ゼイラムは思った。が、それはそれとして無言でタバコを吸うかとジェスチャーすると、彼女は視線を外さずに頷き手錠ごと両手を伸ばして一本、タバコを取って口に挟むとゼイラムがライターで火を点ける。
「「……ふぅーッ」」
無機質で静かな部屋に、二人の吐息と紫煙がたゆたう。隣室から覗く近濠らには、ピリリと張り詰める緊張感が目に見えるが如くで冷や汗が額や背中を伝う。しかし、当の二人は視線こそ鋭いものの、リラックスしている様で脱力していた。
「……緋野赫鍵(あけの あかかぎ)」
「……ゼイラム」
「それで偽名なんだ」
「いつから道具も住民票の登録が出来るようになったんだ?」
「……そっか、そうだった」
「……知ってるだろうけど、お前さん以外は全員撃墜……MIAだ」
「だろうね……キミくらいの腕で殺されたなら、彼らも本望だと思うよ」
「映像と回収した【ヅェルトヴァ】には増槽が無かった……」
「ボクらはキミと同じ、道具だから」
「……寿命か」
「うん、ボクはもう16年経ってるから、そろそろ限界……維持費も高いし、ね」
「……その割には、随分と生き急いでんのな」
そこで一旦、二人の会話は途切れ紫煙が再び室内を彷徨う。そして、同じタイミングで二人は携帯灰皿に吸い終わったタバコを捨て、二本目を一緒に吸い始める。
「……キミと話せて良かった。ボクを墜とした初めてのヒトだったから」
「嫌味か?俺はお前さんより20秒早く墜ちたぞ」
「そうだったね……でも、結果はコレ」
そう言って赫鍵はタバコを咥えたままに、両手首の電子手錠を見せ付ける様に腕を伸ばす。その表情は穏やかな笑みを浮かべていた。
「……俺は、試合より勝負に勝ちたかったんだが?」
「ハンデとロスタイムで、異論無くキミの勝ちだと思うけど?」
「煽り上手かよ……」
「でも気持ち好かっただろ?」
「あぁ、射精した」
「ボクも絶頂しちゃった……今もぐちょぐちょだよ?」
「20秒負けて悔しい、が正直言って最高のセックスだった」
「うん、あんなにイったの初めて……キミのが本当にボクの膣内に挿入ってる気がした」
「……【直感】か?」
「……やっぱり、ボクとキミは相性が良いんだろうね」
ゼイラムが言う【直感】は確認されている【魔導力】の一つで、周囲の自分に対する考えや行動を把握する事が出来る能力だ。全てを認識する事は出来ず、むしろ覚知出来る範囲は限られている。それでも尚、戦闘時には相手の思考や行動をある程度予測可能なこの能力は【人工適合者】の中でも重宝され、優位に戦える強力な能力と言える。彼女、赫鍵がこれまで生き残れたのは少なからず、この【直感】の賜物だ。
ドッグファイトを通じて、自分と戦い自分を撃墜した相手が男性であると感覚的に知ったのも【直感】に由来している。
「身体は間違い無く相性良いだろうが……それ以外は知らん」
「けど、ボクはキミの好みのタイプ……だろ?」
「……そう言う所も、殺したいくらい好きだ」
「あぁ、キミになら……ボクも本望だ」
「……死にたくない癖に」
「ふふ、バレたか」
「誰でも分かる」
「けど本当さ」
「そうか?」
「そうさ」
「バカ」
「ん」
三度目の沈黙と、二本目のタバコを灰皿に捨てる。そこで何かに満足したかの表情を浮かべ、赫鍵は眼を閉じ天井を仰いだ。
「……最期にキミと出会えて良かった……ありがと」
「……何?そんなに地獄が見たい訳?」
「まぁ自分の行き先だし、見れるなら見ておきたい……かも?」
「言葉にした方が良いと思うぞ?」
「……キミの隣りなら、地獄の底の先まで見えるかな?」
「……」
興味を持ったのか、瞳に好奇心の輝きが戻った赫鍵が訊くと、ゼイラムはタバコとは反対の内ポケットに手を入れ、近濠から受け取った青の鍵を机に置き、滑らせて向いに座る女性へ渡す。それは彼女の手錠の鍵であって、処分を意味しない事を【直感】で悟った。
「……ふふ、隠すのが上手いね」
「あぁ……特等席だぞ」
立ち上がりながら赫鍵へ一言投げ掛けると、ゼイラムは退室する。扉の向こう側には、会話の終わりを察した近濠が険しい表情で立っていた。
「お前が買った手綱……離したらダイソン球にくべるからな?」
「素直に言えば良いのに……“ありがとう”って」
「ッ、さっさと購買部なり衣類保管室なり行って飼い犬の服選んで来いッバカがよッ!」
言葉はキツいが、近濠は内心でゼイラムに感謝していた。自分の手を不要の血で汚す事が避けられた上に、出自を無視すれば歴戦のパイロットを得られたから……が、それについては墓まで持って逝くだろう。
入れ替わる形で聴取室に近濠が顔を出し、エサを待つ雛鳥の様な表情の赫鍵に手早く処遇を伝える。
「……緋野赫鍵、我々【ミレニアム】はキミをパイロットとして迎える。【マハト・パドマ】はじめ、体外的にはキミは先の戦闘でMIA……もう存在しないモノとする。これから24時間いつ如何なる時もゼイラムの監視下で生活してもらう。プライベートは認めない。【ミレニアム】がキミに求める事は一つだけ……後で詳しく説明するが“戦う事”だけだ……嫌なら、その鍵を返してもらうが?」
「……ふふ」
断らないと知っているにも関わらず、形式上必要な事なので本人の意思を確認する近濠が、赫鍵から見てやや滑稽で可愛らしく見え、思わず笑みが零れる。彼女の問いに応える様に電子手錠を開錠しつつ独り言を口にした。
「或いは増劫、或いは減劫に……大火、汝が身を焼く。痴人既に悪を成し、今、何をもってか悔ゆる事を成す……」
ガチャン、と外された手錠が音を立てて机に落ちる。手首を何度か動かし、ポキポキと音が鳴るも異常が無いと確認した赫鍵は立ち上がって近濠の顔を見下ろした。
「希望は一切、捨てた方が良いかな?」
「……それはまだ気が早い」
――キミはボクを探していたみたいだけど、ボクは生涯を賭けてキミを探していたんだ
【TIPS】
<人工魔導>
手術によって後天的に【魔導力】を与える技術、或いは人物そのもので“強化手術”とも言われる
→施術者は【適合者】とも呼ばれ、術後に【魔導力】と共に常人離れした身体能力を得るモノも存在する
→しかし成功率は極めて低く、最も成功率が高いのは5~9歳の児童であるが、それでも15%を下回る
→一時期、多くの小国が軍事力強化を目的に研究、実戦投入をしていたが、成功率の低さ、術後の情緒不安定、身体の過剰成長や成長抑制、定期的な大規模設備によるメンテナンス等、コストパフォーマンスの悪さが目立ち、維持費削減の為に身体の中に爆弾を埋め込み自爆テロを敢行させると言った運用が常態化し、非人道的で倫理観が著しく欠如していると言わざるを得ず、徐々に研究すら廃れていった
<自由平等委員会戦略研究所:戦略研>
→だが、過激な手段も厭わない団体、主にコミューンこと自由平等委員会は生き残りを確保し、現在でも“強化戦隊”と呼び運用している
→自由平等委員会戦略研究所、通称“戦略研”が最初期から研究と実践を先導していたが、やはりコスパの劣悪さを改善出来ず、新たな【適合者】製造業務は停止している
→最初期の“強化戦隊”メンバーは、背中の肩甲骨に黒い羽根のタトゥーを彫っており、回収された赫鍵にも同様の紋様があった為、初期メンバーの生き残りであると推測された
<木星の大赤斑>
西暦2200年の木星には、かつての大赤斑は縮小して失われており“旧大赤斑”と呼ばれている(赤道より南22度に存在した)
→現在の“新大赤斑”は22世紀初頭に出現、位置は赤道より北に20度に存在し、直径は約12000kmで地球とほぼ同じ大きさである
<MIA>
戦闘行動中に行方不明となった戦闘員や捕虜のこと
→宇宙での戦闘時行方不明者は地上より特に発見が困難であり、事実上の戦死扱いとなる
→作戦行動中行方不明、若しくは行方不明兵とも
Missing In Actionの頭文字
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