プトルマイフレンド その5

「ふっふふっふーん!

 るんるんるん!」


 Sランク冒険者の地位を得ているレフィであるが、その評価は全面的に、無尽蔵の魔力とそこから生み出される破壊力へ下されていた。

 それが、どういうことかというと……体術はへっぽこ。

 宝箱を調べさせれば、確実に罠へかかる。

 未知の品物を鑑定させれば、明らかな短剣であるというのに包丁と言い張るなど、使えないクズとしか言いようがなかった。


 当然、周囲の気配を伺う技術など持ち合わせているはずもなく……。

 時には建物の陰へ。また時には屋根へ。場合によっては、忍術により影の中そのものへ潜んで尾行するギンからすれば、高度な技術を使うのがバカらしくなるくらい尾けるのが容易な相手なのである。


「るんるんるるるるん!」


 まさか、自分の影に知り合いが潜り込んでいるなどとは、夢にも思わず……。

 食肉処理場でもらった肉の包みを手にしたレフィは、鼻歌なんぞ歌いつつスキップで開拓村の中を進む。

 向かう先は――村の後背に存在する森。


 彼女ではなく、他の冒険者がそうしていたならば、これはさほど不自然な行動ではない。

 何しろ、森の中へ切り開かれた道を歩めば、ドルンの竜迷宮入り口を包み込む迷宮関所へと至るからだ。


 だが、レフィは迷宮への永世出禁を命じられている身……。

 森に生きるエルフの分際で毒キノコの見分けすらつかない彼女なのだから、採集などで入り込むはずもない。

 だというのに、迷宮へ至る道から外れて森の中へと踏み入っていくのだから、これはヨウツーが懸念した通り、不自然そのものな行動だろう。


 やはり――生け贄の召喚魔術か。


 高度な召喚魔術というものは、時に何日も……あるいは、何ヶ月もの時間をかけて行使するものだという。

 彼女が日を分けながら、森の中で人知れずこれを使っていたのだと、ギンは影の中で半ば確信していた。

 だが、実態は全く異なるものだったのである。


「アルフリード・フォン・アンベルク!

 ご飯の時間よ!」


(……は?

 アルフリード?)


 影の中で首を傾げていると、近くの茂みがガサガサと揺れ動いた。


「ピィー!」


 そこから姿を現したのは――プトル。

 おそらくは、幼体なのだろう。

 まだ、ギンよりも体躯が小さい。

 しかし、すでに長く鋭い爪など、肉食性小竜としての特徴は備わっていた。

 心得のない人間が遭遇し、襲われたならば、ひとたまりもないに違いない。


「ほら、アルフリード・フォン・アンベルク!

 今日のご飯は、とっておきの霜降りよ!」


 どうやら、このクッソ長い名前は、眼前にいる幼小竜へ付けたものなのだろうか……。

 レフィが、ここまでスキップスキップランラランしながら運んできた肉の包みを剥ぎ取る。

 すると、大理石のごとき美しさでサシの入った肉塊が露わとなり……。


「ピィー!」


 アルフリードなんちゃらかんちゃらは、それを見て小鳥がさえずくような喜びの鳴き声を上げた。


「ふふ、そんなにがっついて食べないの」


 たしなめるレフィにはかまわず、幼小竜が差し出された肉へがっつく。

 レフィはそんな肉食小竜に、愛おしそうな……。

 そう、我が子へ向けるような眼差しを向けていた。


「スタアアアアアップ! です!」


 ギンがエルフ魔術師の影から飛び出したのは、そんな時のことである。


「ちょ、ちょっと何よギン!?

 驚くじゃない!

 というか、ずっとあたしの影に潜んでいたの!?」


 忍術により、水面からそうするかのごとく飛び出してきたギンに対し、レフィが驚きの声を漏らす。

 だが、驚いているのはこちらの方であった。


「レフィさん!

 駆除対象の幼体なんかに餌をやって、どうするっていうんですか!?

 しかも、さっきからの様子を考えると、偶然じゃないですよね!

 妙に長ったらしい名前まで与えてるし、まさか、こんな人里近くで肉食の魔物を飼っているんですか!?」


「あら、飼っているとは失礼ね。

 あたしは、この子を飼ってなんかいないわ!」


 ドルン平原よりも……。

 何ならば、ギンのそれよりもうっすい胸を張りながら、レフィが宣言する。


「あたしは、この子……。

 アルフリード・フォン・アンベルクを、愛情を持って育てているのよ! それこそ、我が子のようにね!」


「それを、世間では飼っているって言うんです!

 ああもう! 生け贄召喚の儀式ではなかったけど、結局、大問題であることに変わりはないじゃないですか!

 魔物を餌付けするのは、どこの土地でも大罪ですよ!」


 こういう時、頭頂部から獣耳が生えている獣人は、やや不便だが……。

 ともかく、頭を抱えてしゃがみ込むギンであった。


 魔物に……ひいては、野生生物に餌付けをしてはならないというのは、国を選ばぬ共通のしきたりである。

 人里近くに出没したゴブリンなどがいい例であるが、魔物というのは人間と食料とを結び付けて認識するようになると、容易に人間の生活圏へ侵入するようになるのだ。


 レフィのことを、バカだアホだとは思っていたが、そんな基本的なタブーを破るとは……。


「あら? そんな訳の分からない心配して、あたしを尾け回していたの?」


「……レフィさん相手には、どれだけ訳の分からないことでも起こり得るのだと痛感しました。

 一体、このプトルはどこで拾ってきたんですか?

 そもそも、レフィさんはプトルの群れを殲滅しにいったんですよね?」


「そう……あたしは、確かにプトルの群れを殲滅したわ。

 跡形もなく、死体すら残らないくらいに」


 長い黒髪を風に揺らせながら、駄エルフが物憂げな様子で語り始める。


「そして、そこで……かわいそうに。

 ただ一人、草むらへ隠れて怯えているこの子を見つけたの」


「かわいそうも何も、原因はレフィさんですよね?」


「そこで、互いの瞳を覗き合った時……あたしは悟ったわ。

 この子と出会い、育てるのはあたしに課せられた宿命だと。

 そう、いずれヨウツーと結ばれて、三人くらい子供を授かるのと同じくらいにね」


「おおい! 黙って聞いてれば好き放題言わないで下さい!

 先生と結婚するのはわたしです!

 いや、それはひとまず置いておきましょう。

 それで、手懐けて連れ帰って、こっそり育てているんですか?」


「そうよ」


「ピィー!」


 胸を張るレフィに同意でもしているのか、隣で子プトルが鳴き声を上げた。

 その返事を聞いて、ギンが導き出した答えはただ一つ。


「捨ててらっしゃい。

 あるいは、この場で始末しなさい」


「ちょっと! 何てこと言うのよ!

 捨てるなんてありえないし、あたしがこの子を傷付けるなんてもっとありえないわ!」


 そう言いながらしゃがみ込んだレフィが、子プトルの頬に自分の頬を擦り付ける。

 案外、悪い気がしないのか……。

 子プトルは、目をつぶってなされるがままだ。


「まあ、プトルのくせに、妙に懐いているとは思いますが……」


「そんな十把一絡げな呼び方しないで!

 この子には、アルフリード・フォン・アンベルクという、あたしの与えた名前があるの!

 知性に満ち溢れた素晴らしい名前でしょ?」


「知性を感じない長ったらしいだけの名前だと思いますが……」


 そんなことを言い合っていると、ふと気づく。

 問題のプトル――アルフリード・フォン・アンベルクが、自分を見つめていることに。

 つぶらかつ大きな瞳は、その中へギンの姿を映し出しており……。

 善も悪もなく、ただ無垢な命がそこにあった。


「な、何ですか?

 レフィさんはともかく、わたしは妙な情けをかけませんよ。

 血も涙もない忍者ですよ。血も涙もない忍者」


 うろたえるギンに、アルフリード・フォン・アンベルクが、ゆっくりと顔を近づけてくる。

 そして、ちろり……と、ほんの少しだけ頬を舐めてきたのだ。

 そこに宿っている意思は、ただ純粋な――好意。


「う……」


 たじろぎ、アルフリード・フォン・アンベルクを見たが、幼小竜はきょとんとした顔で首を傾げるばかりだ。

 そんな仕草が……。

 仕草が……。

 たまらず……。


「か、かわいいいぃぃっ!」


 二人目が堕ちた。

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