プトルマイフレンド その4

「ふうむ……最近、レフィの様子がおかしいな?」


「先生、彼女の様子がおかしいのは、いつものことではありませんか?」


 カウンターへ供された紅茶とパンケーキに目を輝かせていたギンは、ヨウツーの独り言に首を傾げた。

 が、ナイフとフォークを突き立てるのはやめない辺り、恐ろしい術を扱う獣人の忍者といえど、食べ盛りの十三歳であることは変わらないと思わせる。


「うん、まあ、確かにあいつはおかしいのが平常なんだが……。

 少しばかり、おかしさの具合が異なってな」


 頭頂のキツネ耳をピコピコ揺らせながら食べる銀髪娘に、ヨウツーが苦笑して答えた。


「俺はてっきり、あの依頼が片付いたら、また冒険させろ、魔術を思いっきりぶっ放させろと、ごねだすと思っていたんだよ」


「久しぶりに、思いっきり魔術を使えたわけですからね。

 わたしにも、簡単に想像できます」


「ところが、そうじゃなかった。

 やっこさんはギルドに依頼完了の報告をすると、祝杯を上げるでもなく、飯だけ食ってそそくさと帰りやがった」


「眠かったんじゃないですか?」


「いや、その後もおかしい」


 すごく興味がなさそうなギンの言葉に、ヨウツーがかぶりを振る。


「その後も、あれだけ嫌がってた冷凍魔術師の仕事を率先してやってやがるからな」


「単に、文句を言われずに魔術が使える貴重な職場だと気づいたからでは?」


「そうならいいんだが……。

 給料の他に、冷凍へ回すはずだった肉を、少しおすそ分けしてもらっているらしくてな。

 あいつ、料理なんてするガラじゃないだろ?

 というか、食事はうちの店でしてるし、肉の用途が不明だ」


 ヨウツーがそう言うように……。

 ギルドと併設し、内部で繋がっている酒場の中は、大勢の人間でごった返していたが、全員が全員、酒を目的としているわけではない。

 半数の目的は――食事。

 ヨウツーがこしらえた定食を、たらふく食べているのだ。


 そうしている者たちの大半は、第二公子ハイツによって徴収された一般開拓者たちである。

 女性冒険者やギルドの女性職員も流入しているとはいえ、色恋沙汰があったなどという話はなく、彼らは全員が独身者だ。

 当然ながら、炊事をしてくれる相手など、いようはずもない。


 そのため、朝や昼は、湯でた芋などで飢えを満たしているが……。

 畑仕事などに精を出した後の夕食のみは、この店で食べていくのであった。


 ちなみにだが、まだ畑の実りが本格的ではないため、彼らの支払いはツケとなっている。

 ツケとなっているが、ヨウツーの料理に手抜きはない。


 定食には必ず、酢漬けにした玉ねぎが副菜として添えられ……。

 小竜の骨から出汁を取ったスープと、ふかふかに焼き上げられた特大のパンが必ず付いていた。

 それだけでも、一般的な定食としては十分なくらいに豪華な代物であったが、ヨウツーはさらにここへ主菜を加える。


 多くの場合、それは狩られたプトルやキトラの肉を使った料理で、これも、ただ塩焼きにするだけではない。

 ある時は、ロースト。

 またある時は、揚げ物。

 場合によっては、汁物と統合してタンシチューが供されることもあった。

 いずれの場合も必ず何らかの野菜やきのこ料理が添えられていて、これはヨウツーの強いこだわりである。


 ――俺にとって最初の冒険は、外洋に飛び出すものだったんだが……。


 ――まあ、野菜や果物が人間には欠かせないと、教えられる旅だったな。


 ――あれだ。血が腐る。


 ヨウツーはこう言って、ギンのような野菜を苦手とする人間にも、積極的にこれを食べるよう促すのだ。

 ギンからすればやや迷惑な話であったが、ヨウツーほどの人物が言うことだから何らかの根拠があってのことだろうし、やはり長期の船旅を経験した冒険者がこぞって賛同しているので、意味と効果はあるのだろう。


 さておき、レフィはヨウツーの酒場における大常連だ。

 何しろ、迷宮には出入り禁止を言い渡されており、他の依頼もすぐに極大魔術をぶっ放そうとするため、先日のような例外を除けば受け付け嬢に差し止められていた。

 そして、唯一、諸手を挙げて歓迎されている冷凍魔術師としての仕事は、素の魔力が強大すぎて、週に一度もぶっ放してしまえば十分に庫内の温度が保たれる。


 つまりは――リプトル一の暇人。

 暇を持て余した人間のやることといえば一つなわけで、レフィはこの酒場に入り浸り、そこそこ貰っているはずの冷凍魔術師としての報酬を、綺麗に使い果たしていたのであった。

 これまでは、だ。


「先生の言う通り、おかしいといえばおかしいですね。

 しかも、このところレフィさんは、食事するだけでお酒を飲んだりしていません。

 興味がなかったので、肝臓でも労っているのかと漠然と考えていましたが……」


「ギンよ。

 奴に、肝臓を労るような理性があるとでも思うか?」


「あるわけありませんね。

 なるほど、もっと奇妙に思うべきでした」


 あんまりといえば、あんまりな理由で考え込むギンである。


「となると、酒を飲むよりも優先すべき事柄がある……。

 しかも、不要なはずの肉を持ち帰って何かに使っている……。

 この意味するところは、まさか……」


「ああ、そのまさかだろう」


 酒杯を交わす音と、馬鹿笑いが響き合う店の中……。

 酒場の主と忍者、二人の視線が交差し合う。

 もっとも、視線は交差させつつも、ヨウツーはオーダーされたフライの調理をしていたし、ギンの方もパンケーキを食べる手は止めなかったが。

 そんな二人が、異口同音に言い放った。


「「生け贄の黒魔術」」


「レフィさんのことです。

 短絡的に邪神でも呼び出して、自分が思いっきり暴れられる世界にして欲しいとか願うに違いありません」


「その可能性は高いな。

 厄介なことに、奴は魔力だけが無尽蔵で、技術は稚拙だ。

 そのため、意図しているのとは違うナニカを呼び出す可能性はあるが、呼び出すことそのものは可能だろう」


 にわかに訪れた世界の危機……。

 それに対し、ギンが導き出した結論はただ一つだ。


「気付かなかったことにしましょう。

 どう転がっても面倒臭いですし」


 現在、ギンは竜迷宮に存在する隠し通路を発見したばかりであり、明日以降は対応するためのパーティーを組んで、その先に挑もうと考えている。

 つまり、非常に忙しいため、アホエルフに構っている暇はなかった。

 だが、そういった彼女の思考に先回りしているのが、ヨウツーという男である。


「ギンよ……。

 これが分かるか?」


 そう言って、彼がことりとカウンターに置いたもの……。

 それは……それは……。


「アイス……クリーム……!?」


 ――ごくりんこおっ!


 ギンが喉を鳴らしながら、眼前の小皿を眺めた。

 そこに盛り付けられていたのは、新雪のように真白い――アイスクリームだったのだ。


「そう……。

 トルーン商会がわずかに持ち込んだ乳牛……。

 その貴重なミルクで作り上げた特製品だ。

 考えてみろ?

 もし、これを……お前が今食べているパンケーキに乗せたならば……!」


 悪魔じみた表情で、ヨウツーがそう告げる。

 腰をさすっていることから、今、アイスを取り出すために屈んだせいで痛めたに違いない。


 さておき、眼前のパンケーキは、すでに半分ほど食べ進めていたが、いまだ熱を残していた。

 もし……もし……ここに、アイスクリームを乗せたら……!

 それは、究極の味変……いや、進化だ!

 それも、何かメガな感じの進化だ!


 その証拠に、乗せられたアイスはパンケーキの熱で淡雪のように溶け始め、これも貴重なバニラの香り高さが……ハッ!?


「……引き受けてくれるな?」


 体が勝手に動き、流れる水のような淀みない動作でアイスを乗せた自分に、ヨウツーが確認してくる。


「……喜んで」


 こうして、後ろ暗い取り引きは成立した。

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