第8話 白の天使とお弁当
夏が近づき、雨が多い日が続く6月半ば。いつもは亮とお昼を食べているが、今日は、委員会があるらしく俺は1人、食堂で食べることにした。
またこの前のように瑠奈がいたりするかもと思い探してみたがいない。だが、端の席で1人でお弁当を食べる白井さんの後ろ姿を見つけた。
声をかけることを決め、彼女に近づき、名前を呼んだ。
「白井さん」
彼女は呼ばれたことに気付くと横を向いて、そして俺のことを見た。
「八雲くん、こんにちは。もしかして、食堂でお昼ですか?」
「うん。1人だからさ一緒にいいかな?」
白井さんと2人で食べているところを見られたら変な噂がたちそうだが、この端の席なら大丈夫だろう、そう思った俺は彼女に尋ねた。
すると、白井さんは、ふんわりとした笑みで頷いた。
「もちろんです! 一緒に食べましょう!」
「ありがとう」
彼女の隣の席に座り、今朝、自分で作ってきたお弁当を広げると隣から視線を感じた。
隣にいる白井さんは、キラキラした目で俺のお弁当を見ていた。
「もしかして手作りですか?」
「手作り……まぁ、半分は。半分は冷凍食品を詰めただけだから」
「手作り、凄いです。カッコいいです」
「カッコいい……かな?」
お弁当を作れることを凄いと褒められたことはあるが、カッコいいと言われたのは初めてだ。言われたことがない言葉だからか少し照れる。
「白井さんも手作りだよね? 凄いと思うよ」
「ふふっ、ありがとうございます」
今日も変わらぬ天使の笑顔。そして、小動物のような可愛さがある。可愛さのあまり犬とか猫だったら自然と手を伸ばして撫でているだろう。
「おかずの交換しませんか?」
「交換?」
「はい、好きなものを選んでいいですよ。お好きなものはありますか?」
白井さんは、お弁当を俺の方へ寄せて中を見せてくれた。
タコさんウインナー、卵焼き、ミートボール、そして小さな焼き魚。悩む……どれも美味しそうだ。
「このタコさんウインナー、可愛いな」
「では、タコさんウインナーをあげます。はい、お口開けてください。あーん」
「あ、あーん……」
口元までウインナーが迫ってきていたので、口を開けてタコさんウインナーを食べた。
「美味しい……」
「タコさん、可愛すぎて食べれません……もう1つ食べますか?」
「いや、白井さんが作ったものだし、白井さんが食べるべきだよ。後1つしかないし」
俺がそう言うと白井さんは、下を向き、しばらくして顔を上げてこちらを見た。
「……八雲くんが、あーんしてくださったら食べれます」
「お、俺が?」
「はい。自分で食べることは無理そうなので、お願いします」
お箸を渡されたので、受け取り、そのお箸でタコさんウインナーを掴む。
「ど、どぞっ……」
「はむっ……ん~、美味しいです」
頬に手をおいて幸せそうな顔をする彼女を見て、ドキッとした。急に来るこの笑顔は反則だろ。
「そう言えば、八雲くんとこうしてよく話すようになりましたけど、私、八雲くんのことほとんど知りません。趣味はありますか?」
「趣味は、読書とバスケだよ」
「読書、私も一緒です。ちなみにどのジャンルが好きですか?」
読書という共通の趣味を見つけたことが嬉しいのか白井さんの表情は、パッと明るくなった。
「ミステリーとか?」
「わっ、ではではこちらの本はご存知ですか?」
横に置いていた小さな鞄から出してきた本を白井さんは、俺に見せる。
「知らないな……読んだことない」
「では、お貸しします。面白いので、是非!」
「ありがとう」
彼女から本を受け取ろうと手を伸ばし、本に触れたその時、後ろから人の気配がした。
後ろを振り向くとそこにはお弁当と水筒を手に持った未玖がいた。
「…………」
「……よ、よぉ……」
何これ、どう反応したらいいのだろう。いつもの未玖ならテンション高めで話しかけてくるのに今は無言でこっち見てくるんだが。
「晴は、白井さんと……」
「いやいや、偶然会って食べることになっただけだから。付き合ってるとかそういうのでは……って、白井さん!?」
「や、八雲くんと私はお友達です」
未玖に誤解されそうな気がして本当のことを言おうとしたが、白井さんが急に頬を少し膨らませて俺の腕に抱きついてきた。
か、可愛いんだけど……今のこの状況は非常にマズイというかちょっと……。
「えっ、何この可愛さ……可愛よっ! 天使!」
「み、未玖さん……?」
「も~、知らないところですっごい仲良くなってるじゃん。私も仲良くなりたいのに」
そう言えば未玖は、私も話してみたいなぁと言っていた。それを聞いていたのに俺だけが仲良くなっているのは彼女に悪かった気がする。
「初めまして、白井さん、望月未玖です。晴とは幼馴染みだよ」
「は、初めまして……白井雪です」
「雪ちゃんって呼んでもいい? 私のことは未玖でいいよ」
「は、はい……未玖さん」
白井さんと未玖は、初対面だが、意気投合したのかもう仲良くなっていた。このまま未玖も一緒に食べればと思っていたが─────
「じゃ、またね」
「はい、また」
どうやら他に食べる子がいるようで、未玖は立ち去っていった。
ほんと凄いよ、未玖のコミュニケーション能力の高さは。
「あの、八雲くん」
「ん? どうしたの?」
真っ直ぐとこちらを見てくるので、告白されるんじゃないかと勘違いしてしまうほどドキドキする。
「今週の土曜日は空いていますか?」
「今週の土曜日? 空いてるけど……」
その日、バイトは入れていないので1日フリーだ。何もないよと答えると彼女は、お箸を置いて、俺の手を優しく両手で握ってきた。
急の出来事に俺は戸惑い、そして心臓がさらにうるさくなった。
「では、私と……今度は2人でどこかに行きませんか?」
「2人で……」
それはもうデートのお誘いと同じではないですか、と心の中で思わず突っ込む。
断る理由もないし、白井さんのことを知れるチャンスかもしれない。白井さんのことを……ん? 俺、いつから彼女のことを知りたいって思うようになったんだ?
「いいよ」
「ふふっ、では、決まりです!」
手をぎゅっと握りしめ、ガッツポーズした彼女は、喜んでいた。
「どこに行きますか?」
「ん~、白井さんは行きたいところある?」
どこかあるのかと尋ねると彼女は、下を向いて考えてから顔を上げ、口を開いた。
「私は……八雲くんとならどこに行っても楽しいと思います。行きたいところとなると海を見に行きたいです」
「海か……賛成、見に行こうか」
「はいっ」
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