──彼はただひたすらに真っ白な原稿を目の前に広げ、ひたとも言葉が浮かばない己の頭を抱えていた。そして──



「どうだい、調子は」

 声を掛けられ、顔を上げると、にこやかに笑うクラスメイトがいた。

「…まぁまぁかな」

「そろそろお昼だ。学食に行こう」

「そうだな」

 ペンを置き、席を立つ。


 学食までの螺旋階段をのんびりと降りながら、壁にびっしりと収められた大小様々な書物を見上げる。

「やぁ相変わらず随分な量だ」

 天の果てまで続く螺旋階段と壁と書物。

 降り注ぐ知性の埃はきらきらと光る。


「まったく、小説家になんてしなきゃよかった」

「はは。大変そうだな」

「そっちのは?」

「一人は有能な大統領に、もう一人はその国を狙うテロリストの頭にしてやったんだ。時系列が一緒だからね。こうした方が話が運びやすくて楽しいよ」

「二人掛け持ちしてもそんな楽しみ方があるんだなぁ」

「まぁね。で、苦悩している小説家はどうするんだい?」

「入水自殺でもさせようかなと」

「定番だな」

「まぁね。そっちのが書きやすいし。ちょうどそいつと交際してる女の話を前の席の子が書いてるから、一緒に自殺させてやろうかと」

「ふーん?平気なの?」

「その子も息詰まってるらしいから、ちょうどいいんじゃない?」

「次は誰のを書くんだい?」

「小説家以外ならなんでもいいよ」



 小説家の最期の台詞を考えながら、券売機のA定食のボタンを押した。

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