第127話 対抗心

「この概要にはどんなことを書けばいいの?」


グレイスビルの休憩室で、神代は技術カンファレンス『Web Tech Expo』のプロポーザルを作成していた。

Web Tech Expoのトークイベントは、基調講演と招待講演のほか、CfPから採択されたトークがある。


CfPはCall for Proposalsの略で主催者の呼びかけに対し、講演内容をまとめた文書を提案することを指す。

この文書をプロポーザル(Proposals)といい、主催者の指定した様式に沿って提出する。


「参加者の視点に立って、どのようなことを持ち帰ることができるかを書くと通りやすいんだ」

「面白さよりは、聞いてためになる内容が重視されるってことね」


提出されたプロポーザルは審査され、採択されたら登壇する資格が得られる。

翔太は過去に登壇経験があることから、どのようなプロポーザルが審査に通りやすいかを熟知していた。


(ちょっとしたチートだな)

翔太は未来の技術に関する知識を持っているため、この時代での最新技術を余すことなく使っていた。


「採択率はどれくらいなの?」

「うーん……例年は三割くらいだけど、年々提出数は増えているので二割くらいになるんじゃないかなぁ」

「結構、狭き門なんだね」

「名目上は公正に審査されるはずだけど、審査員も人間だしすべての分野に精通しているわけではないから、どんなに素晴らしい内容でも落ちる場合がある――なので、仮に落ちたとしても気にしなくていいよ」

「せっかくなので、出したからには採択されてほしいな」


神代の性格上、やると決めたら何でも本気で取り組むことを翔太は知っている。

自身の思惑で始めたことではあるが、神代の力になりたいという気持ちも十分にある。


「そうなったら、そうなったで会場が大変なことになりそうなんだよな……」


技術系のイベントでは、業界の中で知名度が高い人物がいる場合には集客効果が高くなる。

神代が登壇する場合、人気や知名度のほかに話題性や物珍しさが加わって、聴衆が押し寄せてくることを懸念していた。


「もし、梨々花が登壇することになった場合、私がイベント主催者と協調してなんとかします。

会場のルールや警備の強化などはこちら側でやっておきますので、柊さんは登壇内容に集中してください」

「いつもありがとうございます」

「これも仕事ですから」


橘はWeb Tech Expoのイベントサイトの内容を確認していた。

サイトには会場の情報やイベント参加者の行動規範などが記載されている。


(なんで、二人とも休憩室で作業しているんだ……?)

霧島プロダクションの仕事では、翔太は休憩室で作業をすることが多く、それに倣ったのか神代も同じ場所で作業をしていた。


「ずっと気になっていたんだけど……」

「なに?」


神代は可愛らしく首を傾げていた。

この無防備な表情は色々と問題があるような気がしているが、橘は黙認しているので問題はないのだろう。


「ち、近くね?」

神代は翔太の座っているソファーのすぐ隣で作業をしていた。


「だってー、最近は柊成分を摂取していなかったんだもん!」

「なにそれおいしいの?」

「おいしいの!」


神代は上機嫌に言いながら、この場所からは梃子でも動く気配はなかった。

翔太は橘に助けを求めるべく眼差しを向けたが、橘は優雅にコーヒーを飲んでいた。

(絶対、俺が言いたいことをわかっててスルーしているな……)


「 柊さん! 菜月とのラジオの件ですけど――」

「は、はひ!」


なんの前触れもなく現れた長町に、翔太は何も悪いことをしていないのにすくみあがった。


「あら? また梨々花から何かお願いされたのですか?」

長町は神代を見て言った。

いつの間にか神代は適切な距離を取っていた。


(さ、寒っ!)

空気が凍りつき、体感温度が急激に下がった。

ちなみにグレイスビルは所属タレントが体調を壊さないよう、空調は万全に調整されている。


「こちらから神代さんにお願いしていました」

柊さんにとって頼りになる存在ですからね」


神代は主語を強調して言ったことで、長町に火が点いたようだ。


「私はの力になっているけどね」


長町は負けじと得意げに言い放った。

翔動では石動が声優の卵 ※1 を育てており、長町の力を借りている状態だ。

神代も翔動の仕事に大きく貢献しているため、反論の余地は十分にあるが――

(きっと、そういう戦いじゃないんだろうな……)


「柊さん、 ※2 はごちそうさまでした。

柊さんは料理も上手なんですね」

「ちょ、ちょっと……」


翔太は恐る恐る神代を見た。

(ひいいぃっ!)

そして、その瞬間に後悔した。


窮地(?)に立たされた翔太は橘に助けを求めるべく窺った。


「あら? その話気になりますね」


それなりに橘と時間を共有してきた翔太だからわかる。

彼女の表情は微笑んでいるように見えるが、これは怒っている顔だった。


⚠─────

※1 俺と俺で現世の覇権をとりにいく 第38話

https://kakuyomu.jp/works/16818093081647355813/episodes/16818093083833356716


※2 俺と俺で現世の覇権をとりにいく 第56話

https://kakuyomu.jp/works/16818093081647355813/episodes/16818093085118042620

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