第72話 ナンパ
「はー、生きた心地がしなかった……」
翔太はレストランフロアのトイレの前でぐったりしていた。
慣れない演技を強要されて、すでにHPは限りなくゼロだ。
なんとか正体がバレずにランチを終え、映画に行くと言っていた野田と今宮の二人と別れた。
翔太は一人で神代を待っている。
(しかし、梨花さんも結構自爆してたよな?)
神代に何らかの思惑があるように見えたが、果たして目的は達成したのだろうか?
神代の演技力に問題はないはずだが、先程の一幕を自己採点させたら赤点だろう。
橘曰く、翔太の前だけではポンコツになるとのことだが――
「あの……すみません」
翔太は二十代前半と思しき女性に声をかけられた。
派手すぎない程度のブランド物を身にまとい、百貨店の化粧品フロアで働く販売員のように完璧なメイクをしている。
「は、はい?」
「映画館に行きたいのですがこの建物の構造が複雑で……もしご存知でしたら教えていただけますか?」
「はい、別なビルになるので――」
翔太が道順を説明している間、女性はじっと翔太の顔を見つめていた。
(あれ?なんか不審な点でもある?)
「ありがとうございます!
あの……あなたはモデルか何かをされているんですか?」
「いえ、ごく普通の会社員です」
「そうですか、すごくステキなのでてっきり……」
女性の頬が僅かに赤みを帯びる。
「あの、もしよければ――」
(あれ? もしかしてナンパされてる?!)
「しょうくん! お待たせ! はぁ、はぁ」
翔太のピンチに神代が駆けつけてきた。
慌てていたのか、少し息を切らしていた。
神代と接する機会が多くなってきた翔太だからわかる――これは怒っている顔だ。
「すみません、予定があるので――」
翔太の言葉が終わる前に、神代が翔太の手を取り連れ去っていた。
***
「もうっ! 何やってんのよ!」
『全く……ちょっと目を離すとこれなんだから……』
神代はご機嫌ななめだ。
周りに誰もいないときは、ボクっ娘口調は解除している。
「道を聞かれたから、答えないといけないと思って――」
「そんなの、ナンパする口実でしょ!?」
「え? そうなの?! 今までされたことないからわからないよ――」
「本当に?!」
コクコクと頷く翔太に、神代の表情がみるみる和らいでいく。
神代は「そっかー」と言いながら、機嫌が嘘のように直った。
「柊さんのこの格好、最初はかっこいいなと思ってたのに……」
神代の目が翔太を舐めるように見つめる。
「今はキケンしか感じないよー」
「え? 野田にすらバレなかったので、割と上手くいったかなと思っていたけど?」
「もー、全然わかっていない! これは追々わからせるしかないね……強制的に」
神代は怖いことを言い出した。
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