第67話 再会

「握力くらいは鍛えておこうかな」

一人になった翔太は、杜氏原に不覚を取ったことを思い返していた。


翔太は座れるようになってきたので、座ったままでグーパーを繰り返すトレーニングを始めた。

グレイスビルにはトレーニングジムがあるので、使用許可をもらおうと考えていた。


「コンコンコン」「はい、どうぞ」


神代と美園が入ってきた。

神代は翔太の無事な姿を見た瞬間、わなわなと震え、安堵と喜びに満ちて、目には涙が浮かんでいた。


「うわあぁぁぁぁん、柊さん!」

神代は翔太に駆け寄り、胸にすがりついて叫んだ。


「ちょ、神代さん、俺、風呂入ってないから……」

神代は離れそうにない。


「えぐっ……刺されたと聞いたときは頭が真っ白になって……

無事だと聞いていたけど、柊さんの顔を見るまでは不安で……」

「ごめん、心配かけたね」

翔太は戸惑いながらも神代の頭を撫でた。


「――コホン、一応私もいるんだけど……」

美園の呼びかけに、神代は翔太からぱっと離れた。

そして、翔太から真っ赤になった顔をそむけた。


「あ、あの、私、お化粧直してきます」

神代は「たたたっ」と病室を出ていった。


「連絡があったとき、梨々花が取り乱しちゃって……

あんな梨々花を見るのは初めてだったから、びっくりしちゃった」

「ありがとうございます。神代さんに付き添っていただいたんですね」


おそらく、取り乱した神代を美園がフォローしてくれたのだろう。

翔太は神代のそばに美園がいてくれたことを感謝した。


「もー! 私も心配してたのよ。それで、体の具合はどう?」

美園の声には、親しみと心配が入り混じっていた。


「はい、内臓に損傷はなかったので、一週間もあれば退院できそうです。ご心配おかけしました」

翔太の言葉に、美園はほっとした表情を見せた。


「橘さんから大体のことは聞いたわ。大変だったみたいね」


橘のことなので、隠すべきところは隠し、上手く伝えてくれたのだろう。


「あの、このことは――」

「わかってる。誰にも言わないわよ」

「ありがとうございます。助かります」


「コンコンコン」

ノックの音とともに、神代が戻ってきた。


「あの……私、取り乱しちゃって、橘さんに――」

神代の声には後悔の色が滲んでいた。

どうやら、神代は連絡が遅かったことを責めてしまったようだ。


「橘さんはすぐに応急手当をして、マスコミ対策もしてくれたんだよ。

本来の仕事に加えて、事件後の処理など、俺が使い物にならなかったので――」

翔太は「一応わかってるとは思うけど」と前置きしてから話した。


神代の知らないところで、橘は脅迫メールの対応のほかに霧島カレッジ関連の仕事も並行して行っていた。

激務の中で一連の対応をしてもらったことには、頭が下がるばかりだ。


「橘さんはあえて連絡しなかったと思うわ。

柊さんが生死のわからないタイミングで知ったら、梨々花がどうなっていたか……

無事だとわかったときですら、あんな有様だったんだから」

美園も優しく付け加えた。


翔太はそのときの神代の様子を見てはいなかったが、相当取り乱していたのだろう。


「――うん、あのときの私は――橘さんには謝らないと――」


神代はしゅんとしている。


「あの、実は霧島さんに――」

翔太は神代に、霧島にお願いしたことを伝えた。

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