寝すぎ46 その場所。……さあ! いっちょ決めてやるとしようか! 最っ高のデビューってやつを!

 その後も、遭遇した魔物との姉妹の戦い、リスナーとの応援課金をめぐるやりとりなどがつづき、そして、ついに。


「着いたわよ。オジサ――」


「……パフねえ」


「……大丈夫よ。スピー。わかってるわ」


 妹スピーリアにそう言って、姉パフィールは言いかけた言葉を止める。


 ピコン。


『あれ? なんか、見覚えある……?』

『うん。それも、ついさっき……?』

『あ、あああっ!? まさか、まさかここって!? このダンジョンって!?』


 そう。言われるまでもなく、わかっていた。リスナーのコメントを見るまでもなくわかっていた。


 ダンジョンの最奥――ボスの待つ扉の前。


 ネルトは、震えていた。


 怒りに、恐怖に、悔しさに、後悔に――そして、それを上回る戦意に。


 そして、一度目を閉じ、そのすべてを塗りつぶしてから、ネルトは叫ぶ。


個人収納空間ロッカー! 転送コール!」


 ピコン。


『おおお!? なんだ、その武器!?』

いくさ手甲に、戦脚甲……! シブい……!』

『半透明の武器なんてはじめて見たぞ……!?』

『でも、なんか似合ってるな……! 妙にしっくりくるっていうか……!』


 ネルトが装着したのは、〈ウェポンズオーソリティ〉地下三階VIP会員用フロアで入手した潜在能力未知数。X級武器の自在創造甲マテリアル


 リスナーのコメントのとおり、まるでネルトのためにあつらえたかのようにその装着姿はさまになっていた。


 そして、転送。


 のダンジョンで解禁される便利機能。


 あらかじめ登録した所定の場所に預けた物品をダンジョン内に、あるいはダンジョン内の物品なら無制限にダンジョン外の所定の場所に送ることができる。


 今日パフィールとスピーリアがダンジョン内で倒した魔物の素材も、これですべて外に送っていた。


 そして、冒険者にとって都合がいいとしか言いようがないこんな便利機能があること自体がダンジョンが超古代文明から人類に与えられた試練であるとまことしやかに言われる理由の一つでもあった。


 それはそれとして、ネルトの呼び声に応え、地面に魔法陣が描かれ、そこから転送された物体が飛びだす。


 それは、ミニドラゴン型撮影用魔導ドローン。それが所定の位置につき、まんまる目のカメラでピントを合わせ撮影をはじめると同時、ネルトは叫んだ。


「よぉし! はじめるぜ! 新配信! その名もっ! ネルト・グローアップの――親指立てサァムズアァップタァイムッ! 待たせたなっ! あんたたち! いよいよ、たったいまから俺の配信開始だ!」


 ピコン。


『おお! 新配信だ! 〈ネルト・グローアップの親指立てタイム〉! こっちにも書きこめる!』

『ついにか……!』

『姉妹の配信と同時視聴させてもらうぜ!』

『やっぱ親指立て気に入ってて草』

『友だちに拡散されて来たんだけど……何これ、ウケる!』


「さて! 本日、記念すべき第一回めの企画は、これだ!」


 半透明の戦手甲に覆われたネルトの指がまっすぐにボス部屋につづく扉を指ししめした。


『おおお!?』

『あの扉は、映画で観た……!』

『伝説の冒頭五分で数秒だけ映った、あの!?』


「もうわかったよなぁ! 俺がまだ15歳だったあの日! 俺が昏睡する原因になったあのクソボスに、クソったれ魔物に、クソ怪鳥どりに! あのときの借りをお礼参りして利子つけて返してっ! 失っちまった俺の20年といままでのすべてをかけてっ! この自在創造甲マテリアルでぶん殴って、たおぉぉすっっ!」


『お、おおおっ!?』

『え!? やべえ! 20年前のリベンジ戦ってこと!? 超盛り上がる!』

『こ、これは絶対見逃せねえぞ!?』

『くっははは! おっもしろいのう! こやつ! うむ! ハワードに言われただけでなく、わし自身も興がのった! とくと観させてもらうとしよう! ネルト・グローアップ! おぬしがわしやハワードたちのもとに、本当に〈世界の果て〉にとどく器かどうかをのう!』

『え? え? い、いまのコメントって……!?』


 ――その特徴的な口調のコメントの正体にごく一部のリスナーが気がつく中、まだ目覚めて間もなく知識が著しく偏るネルトは、当然気がつくことはなかった。


 だから、その代わりに、ただその期待と好奇に応えるべく、胸の前で半透明の戦手甲のこぶしを合わせて激しく打ち鳴らす。


「おう! とくと魅せてやらぁ! さあ! いっちょ決めてやるとしようか! 20年ぶりに目覚めた、遅れてきた最強冒険者にして超新星男! この俺、ネルト・グローアップの最っ高のデビューってやつを!」


 ――かくして、ついにはじまる。


 数多くのリスナーと。


「オジサマ……!」


「ネルおじ……!」


 ネルトをおじサマと慕う親友の娘姉妹が祈りとともに固唾を飲んで見守る中。


 ネルトは知らずとも、世界最高の権力、有力、実力者たちが期待と好奇と、そして見定めんと見守る中。


「よう! クソ怪鳥どりっ! あのときの借りをいまっ! きっちり返させてもらうぜえっ!」


 ネルトは、激昂とともについにその扉を開いた。


 ――あのときの、いまの自分のはじまりに、一つの決着をつけるべく。

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