第35話

 ミト先輩が口の端をにぃっと吊り上げる。

「ふふ、全員閉じ込めたみたいね。兵糧を焼き討ちすれば敵の予定が変わり、攻め手を止めて兵をまとめることが多いものよ。さんざん習ったわ」



 ミト先輩は天文院、つまり天体や気象を観測する部署に務める国家公務員だが、実態はバリバリの軍事技術者だ。強力な探知術は戦争を一変させてしまうほどの力を持つから、本人にその気がなくても国が放っておかない。

 要するに彼女はツクヨ軍のレーダー士官みたいな存在なのだ。



「魔法を使えば普通の軍よりも高度なことができるけれど、兵法に疎い魔術師ばかりじゃ普通の軍にできることができないものね。普通の人間より偉いと驕っているから足元を掬われるのよ」



 敵軍の急所を探り、そこに兵を差し向けて敵軍を崩壊させる。

 ツクヨに限らず、国に仕える探知術師たちは軍事や外交などでの秘密任務が多い。だから国外に出ることはまず許可されないのだが、今回は特別に来てもらった。やはり本職、頼りになる。



 フィルがどことなく心配そうな表情をしている。

「悪い人たち、みんな捕まえた?」

「ああ、うまくいったようだ。まだ油断はできないから、フィルはこの部屋にいなさい」



 それから俺はミト先輩にそっと尋ねる。

「先に捕まえた三人から通信用の魔法具は回収しましたので、あれで降伏を呼びかけましょうか?」

「そうね、うまくいくかどうかわからないけど」

 捕まえた三人は塔の近くに肩まで埋めてある。気の毒だが魔術師相手だとこれでも心許ないぐらいだ。



 ふと気づくと、ミト先輩が浮かない顔をしている。

 そんな俺の視線に気づいたのか、彼女は俺を見て苦笑した。

「ああ、そういえばシオちゃんは別の世界から転生してきたものね。あなたは敵にすら慈悲を向ける優しさを持っているけど、そんな人が『普通』の世界はきっと、争いもなくて平和なんでしょ?」



「どっちかというと、争い過ぎてこのままじゃ全員死ぬから我に返ったという感じかもしれませんね」

 戦争の規模が大きくなりすぎて、考え無しにやると人類が滅ぶ。それでも戦争はなくならないし、憎悪と憎悪がぶつかり続けていた。



 俺の表情が暗かったのか、ミト先輩が俺の背中をトントンと優しく叩く。

「私にはわからないけど、いろいろあったのね。でもあなたがとても優しい人だというのは、私だけじゃなく他のみんなも知っているわ。だから言うんだけど……」



 そう言いかけたミト先輩が、ハッと何かに気づく。

「大変! 閉じ込めた敵が力術の魔法具を使ってドームを破壊しようとしてるわ!」

「大丈夫ですよ、ドームごと地中に埋めてますから」



 砂のドームで覆い尽くした後、ドームを地下深くまで沈めておいた。今の彼らは砂のドームに閉じ込められたのではなく、砂のドームのおかげで生き埋めから守られているのだ。

「降伏勧告しますね」

 俺はそう言い、敵から奪った仮面を手に取る。これが通信用のインカムらしい。



「聞こえるか、封滅院の魔術師たち。お前たちは既に地下深くに沈められている。力術での脱出は不可能だ」

 聞こえているはずだが応答はない。

 構わずに続ける。



「降伏し、全ての魔法具を砂に捨てろ。その上で尋問に応じるなら、今回だけは見逃してやる」

 ちょっと欲張りすぎかなとも思ったが、嫌なら殺すまでの話だ。娘に危害を加えようとした連中に寛容さを示す気はない。



 ミト先輩は探知術で敵の様子を探っているようだったが、やがてスッと立ち上がるとフィルの肩に手を置く。

「もう大丈夫だから、あっちでツクヨの折り紙をやってみない? 四角い紙で鳥や蛇が作れちゃうのよ?」

「えっ? う、うん」



 唐突な流れに驚きつつも、フィルがうなずいてその場を離れる。

 ミト先輩の不自然な行動に嫌な予感を抱いたとき、ポンポンポンと軽い破裂音が窓の外から聞こえてきた。



 嫌な予感が的中したことを確信し、俺は窓の外をそっと見る。

 肩まで砂に埋めていた敵の魔術師三人。その彼らの頭だけが消滅していた。夜の砂漠に黒い染みが広がっている。

 敵のリーダーか誰かが遠隔操作で自爆させたのか。



 俺が戻ると、ミト先輩が折り紙を折りながら静かにつぶやく。

「指揮官の判断ね。砂のドームの中も同じ状態になっているわ。魔法具も全て粉微塵よ」

「なんてことを……」

 秘密を守るために部下もろとも自爆したらしい。



 ミト先輩は折り紙の手を止めずに言葉を続ける。

「あなたはとても優しい人だけど、その優しさを受け止められない人も大勢いるわ。それだけのことだから、気にしなくていいのよ」

「そうですね……気にしないことにします」



 敵を愛するほど俺は強くも優しくもないし、そんな余裕もない。俺が差し伸べた手を彼らは払い除けた。それだけのことだ。

 とはいえちょっとショックではある。



 ミト先輩は折り鶴……のようでちょっと違う鳥を器用に折り、フィルの掌の上にちょんと置いた。

「はい、これが水鳥ね。足が長いでしょ?」

「ほんとだ!」

 本当だよ。あの足どうやって作ったの。



 ミト先輩は俺に向かって微笑む。

「とりあえず、窮地は脱したわね」

「そうですね。助かりました、ミト先輩」

「いいのよ。可愛いあなたの為ならこれぐらいはね?」



 いつも可愛い可愛いと言われるので、俺はこの際だから言っておく。

「可愛いって言われても、前世分も入れたら俺の方が年上なんですけど」

 するとミト先輩はますます嬉しそうに笑った。

「だからよ」

 どういう意味なんだ。

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