第10話 初デート
デートに着ていく服はあった。別におしゃれな感じではないが高校生らしければ問題ないだろう。11月半ばとはいえ平均気温は13度。今日の最高気温は15度とのことなので白いパーカーに黒のジーンズとスニーカといういう無難な服装になった。
上を白にしたのは昨日の帰りに黒ずくめは禁止だからねと秋野さんに注意されたからだ。なぜ黒っぽい服が多いと知っているのかは不思議だがファッションには自信がないので素直に従った。
待ち合わせ場所は市内でもっとも大きな駅の中央改札を出たところにあるドトール前だった。まず迷うことはないので問題ないだろう。待ち合わせの5分前に着いてスマホを見ると『着いたよ』と5分前にメッセージが来てた。
ドトールはそんなに大きくない。周りに姿が見えないから中にいるんだろうかと思って店内に入りかけると後ろから左腕をつかまれ振り返る。
「おはよう」
声をかけてきたのは3歳ぐらい年上になった大人の緑川さんだった。
「えっ…おはようございます」
「なに…どうしたの?」
「気づかなかった。何か雰囲気が…その…違い過ぎて…」
「似合わなかったかなー。ちょっとお姉ちゃんに相談してフェミニンな感じにしたんだけど…ダメ?」
緑川さんは自分の服装を見ながら聞いてくる。そして、『はじめてのデートでは女の子の服装を褒めるべし』という格言を彼は知っていた。
「フェミニンて何?」
「もー。これだよ。今日はロングのフレアスカートに白いブラウスと紺のジャケットを合わせてみました。ポイントはタイツとローファーでクラシカルな雰囲気にしてみたんだけどどうかな………かわいい?」
「…大人のお姉さんみたい」
緑川さんがちょっと怪訝そうな表情を作る。
「それ…褒めてるんだよね?」
「かわいい超えてる。綺麗というかびっくりした」
「やったね!昨日寝ずに考えた甲斐があったよ!」
「えっ…寝てないの?」
「う、そ…夜の11時には寝たよ。目にクマとかできたら困るじゃん。じゃあ行こうか」
緑川さんは彼の腕に自分の腕を回し、自然にバス停へ向かって連れて行こうとする。
「あっ…もう腕組むの?」
「ルールには水族館以外で腕を組んではいけませんっていうのはないよ…嫌だった?」
「そんなことはない。まったくない。こ、このまま行こう」
「明智くん、入学してからずっと女の子といるから、こういうの慣れてるかと思ってたよ」
「慣れてない。まったく慣れてない」
「そうなんだ。結構勇気いるからさー、ずっと楽しそうにしといてね!」
わかったと返事をしながら歩いていると5分ほどでバス停に着いた。ほどなくバスが来て後ろの方の二人掛けの席に一緒に座る。座っても腕は組まれたままで、追撃とばかりに体を預けてくる。色々と破壊力が凄い。
他愛もない話をしながらバスは目的地へと連れて行ってくれる。いつもと違う場所にいつもと違う手段で出かけるのは非日常という感じだ。
「でさー、結局わからなかったんだけどフェミニンって何?」
「えっ、さっき言ってたじゃんお姉さん見たいって。でも、男の子はそういうジャンル分けしないか」
「大人びた服装ってこと?」
「違うよー。女の子らしい服装のやつ。ふわふわなんだけどリボンとかフリルじゃなくてシンプルで上品な感じかな。私は清楚な感じにしてみたんだけど」
「なるほどね。勉強になる」
昔の彼であればよくわからない言葉はごまかして適当に褒めたと思う。わからないことを伝えると相手が好意的に教えてくれるというのは高校生になって学んだ。
「今日はちょっとお化粧もしてみたんだ。わかる?」
「さっきから、いい匂いはしてる。化粧については知識不足かなー」
「まあ男の子だもんね。化粧下地にフェイスパウダーで仕上げただけだけどね」
まるで情景が浮かばない。化粧下地とかフェイスパウダーなるものの存在を知らない以上は仕方ないだろう。ただ彼女が、かわいくしてきたことはわかった。
「何かここまでの時間だけでも凝縮されすぎてて…デートって楽しいもんだな」
「あはは、まだ15分ぐらいしか経ってないよ。今から何倍も楽しくなるよ。初デートだもん。一生の思い出だよ」
結局、目的地まで腕を組まれたまま着いてしまった。30分近くのバスの中で緊張も取れてきた。今日は喜んでもらえるように頑張ろうと思う。
チケットはWebで買っておいたので、そのままスマホを入り口でかざして中に入る。
「じゃあ、ハイ」
中に入ったところで緑川さんが手を出す。ここからは手をつなげということだろう。差し出された手を取り館内の案内板のところへ行った。
「イルカのショーは13時からだって、それまでは順路通りに回って館内で自由にデートをだって」
時間を確認した後、A4の紙に書かれたデートプランを確認し緑川さんは楽しそうにほほ笑む。
「この備考欄ってところにある『健全なデートを』って何?」
「この字は秋野さんだよ。こっちの『おっぱい禁止』はひどいよね」
楽しそうに笑いながら緑川さんは怒った口調で言う。
その後7mの大水槽の中にいるイワシの群れやサメに興奮したり、大量のクラゲの水槽で綺麗だねーとか言ったりしてのんびり水族館を巡る。
「見て見て!ぶさいくな魚がいるー」
「ラッコだー」
「スナメリかわいいー」
水族館という選択は当たったようで、見ているだけで会話にも困ることはない。
「そろそろイルカのショーだよ。いこ」
大人びた服装の緑川さんが子供のようにはしゃいで、手をつないだまま引っぱって行く。
「イルカ、イルカー」
カメラを構えながら何枚も写真を撮っている。すると目の前にスマホをかざし、カメラを内側に向ける。
「ねぇ、もっとこっち寄って」
完全に頭がぶつかる距離までよって写真を撮られた。
「記念…これからもっとたくさん撮ろうね」
緑川さんにデートプランが必要だったんだろうか。プラン外でも完璧なデートを演出する彼女を見て素直に凄いなと感心した。
興奮冷めやらぬイルカのショーが終わり、ペンギンやクジラの骨の標本と一緒に写真を撮りまくり17時前には元の駅前に戻ってきた。デートプランでは、この後18時までショッピングを楽しみ、18時からは駅ビル3Fの人気カフェで初デートの感想を語るとある。何から何まで至れり尽くせりだ。
緑川さんは水族館を出てからは腕を組み続け、駅近くのファッションビルや商店街を回った。途中小物を見たり、帽子屋さんで帽子をかぶったり、かなりの距離を歩いているが疲れを見せない。そして本日最後のデートプランに書かれたカフェについて愕然とする。
そこには、こっちを見て手を振る3人の女の子が席を確保して待ち構えていた。
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