第7話 黒鉄奪還戦 開幕

「よし、完成っと」


 キュルキュル、カンカンと金属音をさせていた夜猫は、軽快な声と共に立ち上がると、


「ぐああぁ」


 と苦悶の声をもらす。その声より少し前に響いたのは、夜猫の腰あたりから響く、ばきぼきとかいう凶悪な音。あとで風歌にマッサージでもしてもらうといい。

 普段は多少余裕があるから、休憩などをはさみながらやる。

 けれど今回ばかりはそんな余裕はないので、微塵も休まず、けれど優秀な整備士どのは一切集中を切らずにやり遂げた。


「くしゅ」


 砂ぼこりを吸い込んだ時よりは、控えめなくしゃみをする夜猫。

 外の明かりの様子ではほとんどわからないが、冷えてきたあたりもうすっかり夜中になっているらしい。大体の目安ではあるが、遠くに見えるまだ消えていない風力発電機と繋がっているのであろう明かりが多少見やすくなったような気がしたりする。

 袖が邪魔だからと、腰に巻いていたジャケットをじゃらじゃらいわせながら着る夜猫。普段は開けているボタンを閉めているあたり、結構寒かったのかもしれない。


 すっかり出来上がった列車を満足そうに見る夜猫。

 あとやることは。

 まだ建ったままだった半分武器庫となっている倉庫の壁にあるパネルを何事か操作する。普段は黒く沈黙している画面を少し強めに三回ほど叩いてやると、ノイズが混じった電子音を立てながら動作を始める。

 キュルキュルというモーター音のあと、倉庫がかすかに浮く。

 倉庫の横についている器具に、列車の最後尾に垂れている鎖を巻き付け、そばにあるボタンを押す。

 鎖が自動的に巻き取られて、倉庫と列車が完全に連結する。

 そうしたら、はずれないように、連結具をつけ、何度か蹴り飛ばして強度を確認すると完全に夜猫たちの移動用の列車の出来上がりだ。


「こちら夜猫、星雲今大丈夫?」


 列車の最前列に乗り込むと、そこにある通信機器に向かって話しかける。


「んァ、はえェなもう移動準備できたのかァ?」

「できたよ、自己最高記録かも」

「はは、俺らがいねェのにすげェこった」


 通信機の向こうから、風音と星雲の朗らかな声が聞こえてくる。

 元気そうな声に、夜猫はひとまず安心した。


「本題に入るかァ。黒が連れ去られたのは廿楽じゅうらくのあったところらへんだな。いまだ結構な建物が残ってやがる。どっかにはいんだろ。あァ? 証拠だァ? ちゃんと尾行しつけてたに決まってんだろうが、ったく機械がうようよいやがるからだよ。はよ来いや。多少はまびいといてやっから」


 銃声が聞こえてすぐ通話がきれた。それと同時に夜猫は汽笛を一回ならすと、すぐに発進させる。


「どこにいるって?」

「月。起きてるの珍しいね」

「茶化すんじゃない。どこかって聞いてんのよ」

「ただの事実陳列。元廿楽のあたりだって。近いよ」


 失礼なといわんばかりに、バックハグで夜猫の首を締めにかかる海月。

 ギブギブといわんばかりに、その腕をぺしぺしと叩く夜猫。

 両方とも、その手に力は入っておらずただのじゃれあいであることがわかる。


「怖いねぇ」

「怖い?」

「怖いに決まってんじゃん。間に合わないだなんて」


 一番残酷よ、と鼻をならす海月。


「にしても廿楽なんて懐かしいわ」

「え、懐かしいの?」

「言ってなかったっけ、あたいの故郷よ」

「え?」

「あたい勘当娘だもん、生贄のように真っ先に兵役に出されたわ」

「ふうん……、やっぱり首都は違う?」

「猫は田舎出身なんだっけ? ただただネオンがギラギラしてただけよ。まぁゲームセンターがあちこちにあったのはよかったわね。あたいの射撃の腕前はそこが原点よ」


 しばしの歓談に興じる夜猫たち。

 当然敵地に赴こうとしているもんだから、そんなに平和でいられるはずもなく。


「月。出番みたい」

「あんたほんと目がいいよね。あたいに張り合うなんて初めて見たわ」

「田舎育ちだからね」

「はぁ~、緊張もだいぶほぐれたかな、いってきま~す」

「うん、いってらっしゃい」


 手ぶらで身軽に列車のうえに登っていく海月、彼女の武器はかならず砦のときは屋上につけられるが、列車でも屋根につけられる。柵はちゃんとつけてあるから落ちる心配はない。


「寂しいですよね、僕たちは見送ってばっかりで」

「あれふー、寝てたんじゃないの」

「仮眠終了です」

「寂しいよ、だから私はその寂しさを全部あいつらの機器に詰め込む」


「帰ってこなきゃ許さない、って」「帰ってこなきゃ許さない、ですか?」


 きれいに声がかぶり、笑う夜猫と風歌。

 遠くで破裂音と光線が見える。

 顔は笑顔でも目は真剣なふたりは、薄暗がりの先を見つめる。


 ――帰ってこなきゃ許さない。

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