第11話Eclair , Esq.
「喜ばしいことだ。エイクレア」
ゴドフロイの祝辞に、うら若き乙女は華やかな笑顔を見せる。
「ありがとうございます。騎士ゴドフロイ。貴方からの祝福は何よりの誉れです」
「あらたまった言い方をする必要はない。貴君は騎士の叙任を受けたのだ」
貴君とは、本来であれば男性への敬称である。
ゴドフロイはそれをあえて用いることで、男性優位の騎士会において、エイクレアを同格と認める証としたのだった。
「少し、寂しい気も致します」
「なにをいうか、騎士エイクレアよ。我らはもはや対等。これからは私と同等の責任を持ち、同等の働きをして貰わねば困る」
――そして超えてゆけ。もう、従騎士として甘えることは許されない。
言葉にはしなかったゴドフロイの意図を、エイクレアは正しく理解する。
「……了解だ。騎士ゴドフロイ。貴兄との関係はここで解消させて頂く。これまで世話になった。そして、これからは共に陛下に忠義を尽くそう」
「どうにも板に着かんな」
「笑うとはひどいじゃないか」
城内の一角。石造りの冷たい空間の中で、二人の暖かな声が響いていた――。
◇
陸から海へと吹きぬけていた風が時間の流れと共に向きを変えていく。
燃え残った炭がふわりと光り、白い灰が舞った。
エイクレアの脇に抱えられたヘルムに灰が被る。
小休止を終えて戻ってきたエイクレアだが、そこにゴドフロイの姿はなかった。
近くにいた異民族の戦士に尋ねたところ、ゴドフロイはしばらく前に街道を南に歩いていったという。
エイクレアがここに来る道中で見かけなかったとなれば、おそらくは指揮官用の天幕で休んでいるのだろう。
(先にゴドフロイの天幕を覗いてくればよかったか)
心中で己の手際の悪さを悔やんだエイクレアは、いま来た道を引き返す。
実を言うと、エイクレアとゴドフロイの天幕はそれなりに近い位置に設営されていた。
湿地帯では天幕を設営できる場所は限られる。
部分的に冠水していない地もあるにはあるが、そういったところは決まって植物の勢いが強く、猛獣や毒蛇、吸血虫といった危険生物も多い。
また、街道の道幅はそれなりに広く地面も整っているため設営には適しているのだが、自軍の通行の妨げにならないように配慮しなければならない。
結果、正規兵は街道の端に小さな天幕を並べ、異民族の兵はこの場所――街道の修復箇所よりも先の道で野宿をすることとなった。
ちなみに、エイクレアとゴドフロイが一夜を共にしたのもここである。
工作隊からすれば、敵の夜間奇襲を警戒してわざわざ後方の乾いた地を見繕い、草を刈り、整地までして指揮官用の天幕を設営したというのに何故こんなところで寝るのだ、と思わなくもないのだが――どこで寝ようと当人たちの自由である。
そういった事情から、ここからゴドフロイの天幕まではそれなりの距離があった。
(馬は休ませているしな)
騎士の移動に欠かせない馬も、いまは後方に預けてあった。
頑強な軍馬とはいえ湿地では使いどころがない。下手に扱って泥沼にはまっては目も当てられないだろう。
必要に応じて下馬して連れまわるのもそれはそれで面倒であったし、街道の修復箇所まで乗ってきたとして、その後の状況によっては作業の邪魔にもなりえたのだ。
帝国騎士であるエイクレアからすれば、ただ歩くことなどさほどの苦ではないのだが――たったいま来た道を引き返さなければならない徒労感と体調不良が相まって、少なからず億劫に感じてしまうのだった。
エイクレアは歩く。
部分的に破壊された街道、その起伏を乗越えて進む。
先ほど通ったばかりの道だが、その様相、景色はすでに変わっているように感じられた。
人々の動き、草木の揺らめき、雲の流れ、水面の波紋。
常人から見れば『なんの変哲もない』と、一括りにされるようなのささやかな変化だが、エイクレアの目には確かな違いとして映っていた。
ふと、エイクレアの口から言葉がもれる。
「同じ道を歩いても同じ景色は見られない――」
思い出したのは母の言葉だった。
どこか懐かしさを感じさせる草木の匂いがエイクレアを過去へと誘う。
――――散歩が好きな人だった。
晴れた日には喜んで外を歩き、雨の降る日は窓辺から楽しそうに外を眺めていた。
散歩のときは決まって私を連れ出して、道すがら、目に留まった動物や昆虫、植物について話してくれた。
流れる雲を仰いで、空模様にも名前があることを教えてくれた。
あるとき、道端に生えた雑草を踏んだ私に母が言った。
『春になると小さくて可愛い花が咲くのよ――』と。
季節が巡り花が咲くと、『ほらね』といって優しく笑っていた。
帰り際、私がまたみたい、というと『同じ景色は二度と見られないの。だから、今この瞬間を愛でましょう』といっていた。
そのときの私は母の言葉の意味を理解できず、もう見にこれないのかと思って悲しくなった。
そんな私の顔を見て母は、『また来ましょう。次はもっといい景色が見られるかもしれないから』といって頭を撫でてくれたのだった――――。
つかの間の懐古から抜け出したエイクレアは、地面に視線を落とす。
彼女の足は雑草を踏んでいた。
幼き頃のように。
もう、母とあの小さな花を見ることはできない。
そこに母がいないのであれば、同じ景色とはいえない。
想い出として目に浮かべることはできても、現実として二度と目にすることはできない。
母を失った悲しみ、母を殺された恨み、母を救えなかった悔しさ。
あれから幾年が過ぎ去り、今の自分は騎士となった。
もう、あのときの自分とは違う。
ただ震えているだけの無力な子供とは違う。
違う……違う違う違う違う違う――……。
(……違わない)
何も変わってなどいなかった。
亜人という敵を前に、震えて
またも見殺しにしてしまった。
自分のしたことといえば、ゴドフロイが正面から切り結ぶ隙に横槍を入れただけ。
敵の背を斬ろうとすれば、迎え討たれて昏倒する始末。
気がついた頃にはウェルカーが加勢し、敵は逃走していた。
その背に矢を射ったものの倒せてはいない。
(命を賭けていないのだ、私は)
安全圏から申し訳程度に攻撃を加えることで最低限の面目を保とうとした。
誰からも失望の眼差しを向けられていないことに安堵さえした。
「……りたい……」
もう、あんな想いはしたくない。
強くなれば変われると思っていた。
(私は強くなった――)
しかし、それは自身の力で嬲れる弱者の数が増えただけのことだった。
自分より強い者を前にしたとき、手に入れた強さは何の意味も持たなかった。
(私だけだ。私だけが弱い)
ヴェルベドもカークスも死ぬまで戦意を失っていなかった。
もしかすると、死した今もなお、その魂は戦意に満ちているのかもしれない。
ウェルカーは満身創痍でありながら、あの亜人とゴドフロイの戦いに割って入った。
ゴドフロイを救ってみせた。
まるで勇者だ。
(……りたい……か……たい……かわりたい……変わりたい変わりたい変わりたい――)
空に稲妻が走る――。
数秒遅れて、空気を切り裂く音が轟いた。
エイクレアが顔を上げるとそこには天幕があった。
強い風が吹き、背の高いミズクサが乱雑に揺れる。
エイクレアは天幕に入ると、淀んだ瞳で内を見据えた。
「無言で入ってくるとは、いささか失敬ではないか――エイクレア」
出迎えたのは温かみのないゴドフロイの声だった。
身体を拭いているところらしく、半裸だった。
背はエイクレアに向いている。
鍛え上げられた一振りの大剣――そう思えるほどの鋭さと逞しさをあわせ待つ肉体だった。
「すまない」
エイクレアは短く非礼をわびると、静かに歩を進めた。
「もう鎧を着ているのか。真面目だな」
振り向きもせずにゴドフロイが言った。
「真面目が服を着て歩いているような男に言われたくはない」
「……なんの用だ」
エイクレアの声はどこか余裕がなく暗い。
その様相を感じ取ったゴドフロイの声もわずかに低くなる。
「戦死者を乗せた馬車が出発の許可を求めていたぞ」
「そうか。獣が死臭に引き寄せられてくるかも知れん。道中気をつけろと伝えてくれ」
「もう伝えた」
「ならいい」
「――農村地帯で埋葬をするのか」
「おそらく火葬だろう。ヴェルベド達の亡骸はウェルカーが連れて行ったらしい。間に合えばよいが」
「どちらにせよ、あの数を焼くのは手間だぞ」
「そうでもない。本隊には従軍司祭として魔女がきている」
魔女とはなんのことだとエイクレアは疑問に思うが、数瞬で心当たりを見いだしてその名を口にする。
「――聖女カベリヤが?」
「あれが聖女なものか。聖人は人を殺めたりはせん」
かつて異民族の戦士として帝国と戦い敗れ、後に恭順の意を示した偽りの聖女。
その稀有な力により、ご都合主義的に祭りあげられ、今では教会により管理される身の上と聞く。
「信用できるのか」
「いかに後付けの司祭とはいえ、祈りの言葉の一つくらいは知っていよう」
まだ若いエイクレアとて帝国軍とカベリヤの熾烈な戦いは伝え聞いている。
しかし、なにをもって恭順の意を示したとされるのかまでは聞かされていなかった。
「そういう意味では――」
「そういう意味にしておけ」
「……ああ」
エイクレアはゴドフロイの言わんとすることを察し、追求をやめた。
知らないからといって損にはならず、また、知ったところで益にはならない。
あるいは、知ってしまえば何かしらの不都合が生じる――禁忌の類――といったところか。
「用件はそれだけか? いつまでも裸を見られたくはないのだがな」
「乙女のようなことをいうじゃないか。なんなら私が身体を拭いてやろう」
「必要ない」
「こちらを向くなよ。蛇は嫌いなんだ」
「話を聞け――」
エイクレアは抱えていたヘルムを台の上に置く。
次いで篭手を外して同じように置くと、ゴドフロイの肩に触れた。
ゴドフロイから布を奪うが、特に抵抗はされない。
膝をついて、桶に布を浸してから固く絞る。
「なつかしいだろう」
エイクレアはそういって、ゴドフロイの背に布を当てた。
「何のつもりだ」
「――いやか?」
「当たり前だ」
まるで取り乱さないゴドフロイに、エイクレアは鼻を鳴らす。
「なにを今更。年端もいかぬ少女に散々やらせていたではないか」
「お前がやるといって駄々をこねたのだろうが」
「なら、今回も駄々をこねるとしよう」
「エイクレア。お前はもう従騎士ではない。名実共に一人の騎士だ。陛下以外の者に
一人の騎士。
その言葉を聞いたエイクレアの表情が凍てつく。
「騎士ゴドフロイ――」
エイクレアはゴドフロイの首に腕をまわす。
そして、小首を傾げて彼の耳元で囁いた。
「――何故、騎士ヴェルベドを見殺しにした」
ゴドフロイの背筋に悪寒が走る。
「なんのことだ」
「貴方の技量であればヴェルベドと共闘できたはず。そうしなかったのは何故だ? まさか試金石にしたとはいうまいな」
「……亜人の力は未知だ。初見ではまず勝てない。見極めがつくまでは無闇に動くべきではない」
「ヴェルベドの失態だというのか」
穏やかに、されど冷徹に問うエイクレア。その声色からは、真意というものが汲み取れない。
「そうだ」
「目の前で仲間を殺され、憤り、真っ先に駆け出したヴェルベドが未熟だったというのか」
「そうだ」
「あの怪物の動きを見切るためにあえてヴェルベドを見殺しにしたというのか」
「そうだ」
ゴドフロイの淡々とした返事とは裏腹に、エイクレアの疑念は熱を帯びていく。
「ありえない。情の厚いあなたに限ってそんなことはあるはずがない」
「状況によっては感情は邪魔となる。お前にそう教えたのは私だが」
「合理的に考えても騎士一人の命をみすみすくれてやるなどおかしいではないか」
「騎士ヴェルベドがあっさり死んだからそう思えるのだ。それでも、亜人の身体能力や知能の程度を量ることはできた。ヴェルベドたちの死は無駄ではなかった」
「そんなことを言っているのではない――!」
エイクレアは語気を強めるが、ゴドフロイは感情の抜け落ちた声で冷淡に告げる。
「……ではなんだというのだ。お前が思い描く私の人間像などはどうでもよい。未知の怪物を前に、騎士ヴェルベドの行いは愚策であった。確かに、お前の言うとおり、ヴェルベドと共闘するという選択はあっただろう。だが、
エイクレアは疑念を抱いているのではない。仲間を見殺しにした罪悪感に苦しんでいるのだとゴドフロイは推察した。故に、騎士として必要な判断であったことを強調したうえで、その罪はエイクレアだけではなく、ゴドフロイと死したヴェルベドさえも等しく背負っているのだと説こうとしたのだが――。
「違う!」
激情的な否定がエイクレアの喉を震わせた。
その震えは声となって空気を伝わり、ゴドフロイの全身に、そして心にまで到達し、なにかを訴えかけていた。
「エイクレア――」
ゴドフロイが振り向くと、エイクレアは泣いていた。
「貴方がそうであっても、私はそうではない……私は怖かったのだ……ゴドフロイ……あの亜人が、あの怪物が……どうしようもなく怖ろしかった。勝つために冷静な判断をしたのではない。冷徹な決断を下したのではない。ただ足が竦んで何も……私は、騎士として何もできなかった……だから……貴方とは違う」
エイクレアの嗚咽まじりの告解に、ゴドフロイは言葉を失った。
騎士として、いずれは自分をも超えるだろうと見込んだ者が泣いている。
一時的に精神が不安定になっているだけとも思えない。
決壊している。
これまで耐えていた、堪えていたものが崩れたように見受けられた。
(いつからだ――いつからエイクレアは苦しんでいた。この様子……昨日の亜人との戦闘だけが発端ではあるまい。それ以前から、騎士としての重責が、私の課した重荷が彼女の精神を蝕んでいたのではないか)
あるいは、騎士の叙任を受けたその日から――。
(はやりすぎた)
ゴドフロイはしばし思案し、やがて口を開いた。
「エイクレア、私に鎧を着せてはくれまいか」
一人の騎士として歩めないというのであれば、今一度だけ立ち戻らせ、師として導こう。
そう、ゴドフロイは心に思うのだった。
◇
目元を腫らしたエイクレアがゴドフロイに鎧を着せていく。
足先から上に向けて順序良く鋼が覆っていった。
それは先の戦いで破損したものとは違い、真新しい輝きを放っている。
鎖帷子を着用し、胴をベルトで締める段になっても二人の口は開かない。
エイクレアは従騎士として黙々と作業を進め、ゴドフロイは思案を繰り返していた――。
エイクレアを一時的に立ち直らせる方法ならばある。
己の未熟に罪悪を感じているのであれば罰を与えればよいのだ。
償いという行為により精神的な苦痛からは解放されるであろう。簡単な話だ。
だが、それをしてしまえば、エイクレアのこれからに必ず悪影響を及ぼす。
エイクレアが亜人に抱いた恐怖という感情は正常なものだ。体が硬直したというのも反応としては正常。
つまり、エイクレアにはなんら落ち度がないのである。
それを罪と決め付け、罰を与えてしまえば、恐怖という感情が悪であるのだと刷り込んでしまう。
戦闘において恐怖とは生存本能の一端だ。それを巧みに扱うことで己が生死の境にあるときに生を拾うことができる。
恐怖とは克服するものであって、目を背けるようになれば自らを死地へと追い込んでしまうだろう。
「エイクレアよ」
「……はい」
「実を言うと、あのとき私も恐ろしさで震えていたのだ」
「嘘です」
「嘘ではない。ただ、貴様より立ち直るのがわずかに早かった――それだけのことだ」
エイクレアの手が止まる。
慰めて欲しいわけではない――そう言いたいのかもしれない。
ゴドフロイは言葉を続けた。
「生きている限り、恐怖からは誰も逃れられん。私も貴様も、他の人間も同じだ。生物とはそのようにできている」
「しかし……それでは戦えません」
「戦えないのであれば逃げればよい」
「ありえません」
「何故だ?」
「逃げていては誰も守れないではありませんか」
「立ち向かったところでどうせ死ぬ。誰も守れはしない」
身も蓋もない言い方だが事実ではあった。
実力の伴わない意気込みなどなんの意味も持たない。
無駄死にだ。
「しかし貴方は立ち向いました。騎士ヴェルベドも」
「心構えの問題だ。私は私の心に芽生えた恐怖の倒し方を知っている」
「それはどのような」
「言えぬな……恐怖の姿は人それぞれだ。私の心に巣食う化物の倒し方を貴様が知ったところで意味はない」
エイクレアは無言で思考する。
この言葉、経験を積めという意味ではないだろう。
ゴドフロイは心構えと言った。
不足の事態、予期せぬ強敵を前に心のあり方で対処ができるというのだ。
その概念さえ理解できればあるいは――。
「たった一つでよい。決して覆らない何かを持て。信念でも自信でも激情でも思い込みでもよい。それが己が内の化物を倒す武器となる」
黙りこむエイクレアを助けるようにゴドフロイが言葉を続けた。
しかし――。
「……わかりません」
強い想いならばある。己の技量に自信もあった。
だがそれは、恐怖に打ち勝つ武器とはならなかった。
「ならば逃げろ。その武器を手にするまでは逃げてよい。生まれながらに勇気を獲得している者はおらんのだからな」
「その武器を手にしたとき、私は騎士になれるのでしょうか」
「馬鹿をいえ。それを決められるのは皇帝陛下唯御一人。そして貴様はすでに陛下から騎士の叙任を受けている」
「私は……騎士として陛下の望まれる姿で務めを果たせてはおりません」
「騎士の姿とはなんだ?」
「武勇と道徳に優れ、高潔で誠実。弱き者の盾です」
「阿呆か貴様」
ゴドフロイは内心で驚きとも呆れともつかない思いを抱く。
少なくとも、昔のエイクレアはここまで青臭い人間ではなかった。
むしろ、若くして辛酸を舐め、人間の非情を、その禍々しさをよく知っている――そんな瞳をしていた。
いったいどんな育ち方をすればこうなるというのだ。
「貴方の姿、そのものではありませんか」
思いがけない言葉がゴドフロイの気勢をそぐ。
エイクレアが描いていた騎士の虚像と、騎士になって明らかになっていく自分という実像。その乖離こそが苦しみの根本だというのなら――。
(全て私のせいというわけか)
「貴様の言っているのはただの人間性だ。騎士の本質ではない」
「では、騎士とはなんだというのです」
「先も言ったが皇帝陛下からの信任を得ればそれでよい。騎士はただ陛下に忠誠を尽くす。それだけだ」
「そこに人間性は必要ではないというのですか」
「そうだ。少なくとも私が他人に甘いのは性分だ。陛下は関係ない」
「信任を得るには人間性や武功は必要であると考えます」
「その通りだが、その
「陛下から信を賜る理由がありません」
ゴドフロイはエイクレアの言外から卑屈とは違う様相を拾い上げる。
(能力には自信があるということか)
実のところ、軍属の家系ではないエイクレアが皇帝から信を得た理由にも心当たりはあった。
しかし、それをゴドフロイの一存で口にすることは
「私が仕込み、ものになった。それで十分だとは思わんのか」
「……それでは尚のことではありませんか。私は貴方のような騎士にはなれない――いえ、少なくとも今は」
「弱き者の盾、だったか。そんなものを志しているのか」
「おかしいですか」
「我らは侵略戦争をしているのだぞ」
まるで偽善だ、とまでは口にしない。
その程度のことを、エイクレアが自覚していないはずがないと思ったからだ。
「わかっています。ですが、相手は武器を手にした者たちです。無力な民を害しているわけではありません」
「腹が減れば略奪もおこる。現地民が抵抗するのなら殺して晒す。その程度のことは我らとてする」
「私はしません。部下にさせるつもりもありません。それは貴方も同じはずです」
エイクレアが見つめているのはゴドフロイの背。
少女の頃よりずっと見てきた。
弱き者を守るとても大きな騎士の背だ。
そして、その大きさ故に自分がとても矮小に見えもした。
憧れとは違う。
周囲からどれだけ一方的な期待をかけられようとも、決してそれを裏切らない。
信頼していた。
エイクレアの思い描く騎士の理想像。それに、ゴドフロイがぴたりと重なったわけではない。
ゴドフロイの姿が、行いが、いつしかエイクレアの理想となったのだ。
尊敬していた。
騎士ゴドフロイならきっと――。
「同じではない。私は無抵抗な者も手にかける。女だろうと子供だろうとな」
その声色には殺意が含まれているように思えた。
頭でっかちな新兵が心構えを述べているのではない。
古強者が経験から語る重みがそこにはあった。
エイクレアにとって、それは、初めての裏切りだった。
「なにを――」
戸惑うエイクレアをよそに、ゴドフロイはまるで脈絡のないことを口にした。
「魔女カベリヤがいかにして聖女の地位を手に入れたのか。それを教えてやろう」
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