第3話 厄日かな

 前世の記憶が蘇ってから二年半、領地改革と学園生活の両立は優秀な義弟であるサミエルの協力もあり、順調でした。

 今日が終われば私と義弟は学園のある王都を離れ領地に帰り、これからは本腰を入れて領地改革に乗り出せます。


 サミエルは卒園後、王都での就職ではなく領地で私の補佐とカルバーノ家の持つ商会の商会長としての仕事に従事するため、私と共に帰領することになります。


 そして今学園の卒園記念パーティーの最中、義弟のエスコートで参加したこのパーティーの片隅で目の前で繰り広げられている喜劇を眺めています。


 「余興にしては品がないですね」

 隣でワインの入ったグラスを傾けるサミエルが鼻で笑った。

 「そうね、まあこういうのも定番といえば定番なんでしょう」

 「それはやっぱり前世の?」

 「断罪からのザマァね、前世流行ったラノベの鉄板ネタよね」

 

 そう、クラスは違えど同学年に王太子と婚約者の公爵令嬢、高位貴族の子息に一学年下には第二王子、そして三年始めに編入してきた男爵家の養女とくれば、ラノベ展開としてはベタベタな断罪劇からのザマァでしょう。

 「貴様との婚約を破棄する!」

 なんて恥ずかしいくらいにお決まりの台詞を言ってのけた王太子の傍らにいる男爵令嬢は、同じクラスではあったが話したことはありません。

 彼女は主に伯爵家以上の子息とだけ合流をしていましたから、昼も夜も。

 サミエルは子爵家の子息でしかないので私と同じく彼女に良い感情は抱いていません。

 婚約者のいる令息を誑かしては少しずつ付き合いの範囲を広げ、今や王太子までその毒牙にかけた手腕は素晴らしいですが。

 被害者の会という、彼女に婚約者を寝取られた令嬢たちからなる集まりもある中での断罪劇。

 当然公爵令嬢が黙っているわけもなく、現在男爵令嬢の裏の顔を暴露なさられています。

 公爵令嬢の傍らには第二王子がいらっしゃるので、これは王太子の失脚といった結末が予想されますね。


 どうやら王太子は男爵令嬢とまだ同衾はしていなかった様、というか身分的に出来なかったのだろうけれど男爵令嬢の本性を知り打ちひしがれている姿は気の毒ではあります。

 まあ関わりないからこその感想ですが。

 男爵令嬢に籠絡された高位貴族子息の中に従兄弟であるファステン侯爵令息まで居るのは頭が痛いところ。

 まあ侯爵家嫡男である長兄は優秀な人なので大丈夫でしょう。


 引っ立てられるように王太子と男爵令嬢、並びに高位貴族子息たちが退場した場内は、凡そ卒園記念パーティーを楽しむ雰囲気ではなくなり、私とサミエルもまた他の参加者に倣い場内を去り子爵家の王都タウンハウスへと引き上げました。


 現在、私は王城にある一室で陛下から頭を下げられています。

 何がどうしてこうなった!


 帰宅するなり登城の命を受け、夜も更けた中王城に向かい、通された広く豪奢な室内に居並ぶ王国の重鎮たちを前に私は背中に嫌な汗をかいています。


 「卒園記念パーティーでの醜聞は子爵も知るところであろう、その当事者である王太子、いや元王太子の今後だがカルバーノ子爵の婿入りという形を取りたい」

 叔父でありこの国の宰相でもあるファステン侯爵が眉間を親指で揉みながら私に告げた。

 「は?」

 「君は婚約者も居ないだろう?」

 叔父の言葉に唖然とする。

 婚約者は居ないが候補らしき相手が居ないわけではない。

 「候補は居ますよ?」

 「だが、まだ正式な婚約者というわけでもないだろう」


 話をまとめると、今回の騒ぎの前には王太子殿下だったクリスフォード第一王子の失脚は決まっていたそう。

 やらかしがなければ他国の王女に婿入りとする案があったが今回の件でそれも難しくなり、後々の厄介ごとや王家のスムーズな今後のためにはクリスフォードを廃嫡からの王都追放や幽閉としたいところだが、それをするには罪が軽すぎるため辺境にある下位貴族に婿入りさせて厄介払いをしたい、というところか。

 我が領地は罰則に値する領地だとでも?と沸々と怒りが込み上げるが、怒鳴るわけにもいかない。

 

 「クリスフォードの婿入りを王命とする」

 「私に利が無さすぎます」

 それが決定事項となるにしても、我が身を我が領を犠牲にするなら相応の利がなければ納得など出来る話ではない。

 「不良債権をただ押し付けられるだけでは納得し兼ねます」

 「持参金を」

 「不要です、我が領はそこまで困窮していません」

 これは本当にそう。

 街の大掛かりな改変と港の整備で現在我が領地は輸出入を柱としてかなり裕福なため、王都を放り出す王子に付与される持参金程度は端金でしかない。

 「不良債権って、あれもあれで良い部分もあるのだが」

 「顔しか取り柄がないではないですか!」

 理不尽な要求に耐えかねて本心がダダ漏れでしまったのは私が悪いわけじゃないはずです。

 「顔は良いんだな」

 「叔父さま、顔だけで領民を食べさせては行けないのですよ?」


 結局既に決まったこと、さらに王命と言われれば私に拒否など出来るわけもなく、二つの条件を飲ませる形で私はクリスフォード元王太子殿下とまさかの婚姻を結ぶことになってしまった。

 ひとつは王都への商会進出のための王家の承認、これはこの先輸出入を軸に領地を発展させていくには有利な条件だろう。

 厄介者を引き受けるに値する条件だと思う。

 もう一つはクリスフォードとの話し合いの結果次第、こちらは後々といったところ。

 この二つの条件と今回の件で王家や貴族院に借りを作らせることが出来るなら、まずまずの妥協点だろうか。


 しかしなんなの、今日は厄日なの?

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