第24話 予兆

「はぁ……」


 配信に入らないよう軽くだがため息を吐いた。

 一人しかいない部屋のなか、マイクの前に座っている。俺は今あることをしていた。


「ロウガ……!遊びにきたよ!!」


「あ、ああ」


 俺の店にやって来たのは奏多であった。

 店というのはバーみたいなものでもあり、俺はそこの店主をしていた。未成年相手にカクテルを飲ませてるのはどう考えても犯罪者なことをしているのを自覚しながらも俺は飲ませていた。

 因みに奏多はべろべろに酔っており、俺はそれを愛想笑いで見せていた。


「なにやってんだろうな俺は……」


 マイクに入らないような声で俺は素に戻っていた。

 その声は自分を責めているような声だというのには気づいていたのだ。それが自傷行為でしかないのはわかっていた。だけどやめることができなかった。もちろん果たすべき責務を忘れたわけではない。

 與那城が現在今何処にいるかも分からない。それは仕方なかった。もしかしたら家に帰ってるかもしれないと思い考え電話をしてみたがいないようだった。他にもいそうなところは調べた。結果はなにも成果を上げられなかった。


『樫川、後はこちらでなんとかする』


 俺は二、三日……與那城のことを探し続けていた。それに気づいた澤原さんが引き継ぐと言ってくれたのだ。俺は正直このことは俺と千里がやるべきだと信じていた。信じていたからこそ同期の俺たちがなんとかするべきだと考えていた。


『なにも與那城のことは考えなくてもいいと言ってるわけじゃない。俺や社長のことも少しは頼ってくれと言ってるんだ』


『分かりました……』


 俺は渋々それを了承した。

 了承するまでに沈黙が続いてしまったが千里に「澤原さんの言うことも一理あるよ」と言われたからだ。それに自分たちが與那城のことを探してある間に数日配信をしていなかったのだ。視聴者達に心配されたわけではないが、それでも二期生が誰も配信してないと言うのはマズいのも事実だった。



 正直何をしているんだという感覚しかなかったが配信している間はなんとなく気は紛れており、普段のように配信をしていた。


「ロウガ、もう一杯」


「あ、ああ……」


 しかしただ少し違ったことがある。それはある配信者から招待を受けてゲームの鯖に入っていたのだ。その配信者は俺がゲーム実況者として活動していた頃、俺と同様今後を期待されていたゲーム実況者であり今はVとして、ゲーム実況者『テラー』としても活動している。今でも活動しているのは知っていたけど昔と比べてかなり大きくなり、登録者数50万人超えとなっていた。


「俺のことなんてもう覚えてないだろうな」


 俺はゲーム実況者をしていた頃ほぼ孤立状態みたいな感じだったがテラーだけは俺に絡んできてくれた。元々ゲーム実況者界隈というのは仲間同士というよりお互い敵同士という関係が多く商売敵みたいなのが多かったのだ。最近でこそ交流の機会が増えてそう言うのは減ってきたが今でも多少はそういう風潮があるのだ。

 とはいえ俺は単に絡む相手がいなかっただけと言うのが強くそんな俺に手を差し伸べてきたのがテラーだったのだ。SNSではお互いに絡んでいたからいつかはコラボしようと言って来た時期もあった。結局俺が引退してしまった為、それは実現できなかった。


「でもこうして誘ってくれたということは俺のこと覚えてくれてたのかな」


 そんな淡い期待をしながらも俺は少し気がかりなことがあった。

 それはゲーム実況者だった頃、彼から一緒に互いに頑張っていこうと言われてたことがあったからだ。奏多のように俺のことを恨んでなければいいのだが……。


「ロウガまた来るね!」


「ああ、またのご来店を」


 奏多が店から去っていくのを見送りながらも店の仕事に戻っていた。このゲームを参加したとき最初に警察の汚職を目撃したため、そういうゲームなのかというのを理解した。そのとき俺の視聴者もノリノリになり、「警察が汚職するんかぁ!?」的なことを言っていたのを覚えている。

 視聴者層に子供が多いからこういうゲームは刺激的で好きなのだろう。もっとも俺が立ち回りをミスれば最悪な事態にもなりうるかもしれない。そこだけは気をつけなければ……。


「へぇ、こんな洒落てる店があるなんて驚いたね」


 爽やかそうな声の持ち主が俺の店の中に入って来ていた。

 この声まさか……もしかして……。


「カクテル一杯いただけるかな?」


 その声は間違いなく俺がゲーム実況者として活動していた頃、よく交流していた男である、テラーそのものであった。


「あ、ああ……ちょっと待ってくれ」


 彼の声を久々に聞いて分かった。

 彼はなにも変わってない。変わってないどころかあの時のまんまだ。彼が今どう思ってるかわからない。だけど久々の再会に俺は嬉しかった。俺はカクテルをテラーに提供すると、テラーは一杯飲み始める。ゲームの飲むモーションなんてどれも一緒だというのに飲みっぷり的に嬉しそうに飲んでいたようにも見えていた。


「美味いね、もう一杯いただけるかな?」


 俺はなにも言わずもう一杯を提供しようとしていると、テラーが話をしてくる。


「この仕事を初めて何日になるのかなマスター」


「二日ですね」


「そうか、じゃあこの街のことについてはあまり詳しくなさそうだね」


 俺は返事をすると、彼は得意げにこのゲームの鯖についての現状を教えてくれた。現在この鯖はある犯罪集団が一強状態であり警察側が摘発するにも苦労しているとのことだった。そのことは俺も知っていたが、流石に警察側に協力者がいることは知らなかったのだ。考えてみれば汚職をしている警官もいたのだからそういう立ち回りをしている人がいるのもおかしくはないのだ。


「そこでだキミね、是非警察の協力をしてもらいたくてね」


 コメント欄ではあの有名ゲーム実況者が協力を持ちかけて来たことで盛り上がっている。相手はあのテラーだ、協力を持ちかけていることに驚いているのだろう。


「何故俺に?」


「キミのことを知っているよ、デビューしてすぐ大会に参加してオーダーを成し遂げ見事一位になった。二人の協力のおかげもあるかもしれないけどキミの指揮能力には目を見張るものがある。それに僕はキミのそういう指揮できる力を是非借りたいんだ、腕もかなり立つみたいだしね」


 俺のことを知っている、その発言でもコメント欄は盛り上がっており最早舞い上がってるような状態になっていた。本来俺のような弱小を知っているはずも……。いや、テラーのことだから俺のことを知っていなくても俺のことは調べてくれていたのかもしれない。聞くところによればこのゲームのサーバーを開くにあたって誘った人間のことはある程度知っているし調べたらしい。だからなにを好きだとか趣味だとかも知っているのだ。また相手側のペースで話せるタイプでもあるため、相手側に寄り添った言葉を投げられることでもテラーは有名だったのだ。それ故女性や子供達に人気だったのだ。

 なにより彼は今まで炎上とは無縁の男であり、聖人なんて言われることもあった。本人はあまり持て囃さないでくれと恥ずかしそうにしたいみたいだけど。


「もちろんタダでとは言わないしこのお店を畳んでくれとも言わない。キミは警察に結構付き纏われてたみたいだし警察の印象も悪いだろうからね。警察に協力してくれるならばキミに付き纏っていた警察を見つけたらキミがどうこうしてくれていい」


「お客様、それは私刑になりますが構わないのですか?」


「ふっ、確かにその通りだね。だけどその方がキミも盛り上がるんじゃないのかい?」


「なるほど、ただの正義感の強い警察官って訳じゃなそうですね」


 彼のことだ。ただの正義感の強い警察官ではないのは分かっていた。彼はこういう交渉が得意だったしRP、ロールプレイ。役職になりきって演技をすることだがそういうのが得意だった。だからこそ俺もそれに乗っかり続けていたのだ。


「褒め言葉として受け取っておくよ。それに実際キミは断れないはずだよ」


「と言いますと?」


「キミは初心者のプレイヤー相手に武器商人をしているという噂を聞いてね」


「そんなの根も葉もない噂ですよ」


 一瞬俺は動揺してしまったがすぐに冷静さを取り戻す。

 事実、俺は初心者プレイヤー相手に武器を売ったり買ったりしておりチュートリアル的なものを教えていたのは事実だった。なにより俺は中立的立場であるため初心者達が通いやすい場所だったのだ。


「どうかな?キミが売ったとされるその相手からキミから買ったという証言が出ている。キミ自体が法で裁かれるべきことをしているのはもちろんキミがしたことにより初心者達が軽犯罪を犯しているのも事実だ」


「脅しということですか?」


「そう捉えられても構わない。こっちとしてもキミのことはいつでも捕まえることが出来る状況だからね。だけど此処でキミを捕まえてこれ以上警察に対して憎しみを抱かせるよりあえて見逃すということで恩を売るというのは一つの手だとは思わないかな?」


「なるほど……俺にとっても悪くない提案です」


 確かに俺にとっても悪くない提案だった。

 警察を味方につければこの店を狙う強盗も確実に減るかもしれない。一、二度ではあったもののそういうことがあった為、誰か用心棒の力を借りたかったのは事実だ。

 なら答えは一つのみ。


「そうかい、ならじゃあ……」


「ええ、よろしくお願いしますテラーさん」


 若干脅迫されたとはいえ俺としてもこの誘いを断る理由はなく、警察側に協力することになった。裏の顔の武器商人としては少しやりにくくなったが仕方ない。





「久しぶりだね竜弥、元気にしていたかい?」


「そっちこそ元気にしていたか」


「元気にしていたよ。それにしてもまさかキミがVtuberになるなんてね、どういう風の吹きまわしかい?」


「まあ俺にも色々あったんだよ」


 この日配信を終えた俺にテラー……いや秀治から通話が来たのだ。まさか通話が来るとは思っていなかった俺は少し驚きながらも彼の通話に出た。


「なるほどそういうことかい、キミとこうしてまた話せていること俺は嬉しいよ」


「よしてくれ、俺と秀治とじゃもう対等じゃないだろ」


「そんなことはないよ、キミが坦々を引退したからと言って関係が終わったわけじゃない。俺たちはいつだって対等な関係、友達だろ?」


「そう言ってくれて嬉しいよ」


 秀治、彼は相変わらずだった。

 変わらず俺に対して友達だと言ってくれたし気さくな性格のままだった。俺はその気さくな性格に何度も救われたし、きっと俺以外にも救われたという人は多かっただろう。


「そういえば竜弥、今日少し元気がなかったみたいだけどどうかしたのかい?」


「あーいや別にそんなことはないぞ?」


「俺の杞憂だったらそれで構わないんだ、だけど今日のキミは少し声に覇気がない気がしてね」


「……秀治には誤魔化せないな。実は……」


 俺は秀治なら全てを話していいだろうと思い、與那城のことを話した。俺が今與那城のことが気になって仕方ないこと、本当は配信なんかよりも與那城のことを探したいこと。

 そして與那城のことを止められなかったことを後悔しているとも言った。


「そんなことがあったなんて……」


「俺がもっと早く與那城の様子がおかしいことに気づけていたらこんなことにはならなかったのかもしれない。そう考えると自分が情けなくて悔しいんだ、もっとも今更後悔しても遅いかもしれないけど」


「それでも彼女のことを諦めるつもりはないんだろう竜弥?」


「ああ、それはもちろんだ。それに俺は伝言を渡されてるしな」


 與那城の両親から託されたあの伝言……。

 あの伝言さえ言える機会があれば與那城の心の鍵を開けることが出来るかもしれない。


「ふっ、なら答えは一つだね。竜弥は竜弥らしく彼女に真剣に向き合えばいい。そして彼女には仲間がいるということを教えてあげればいい。そうすればきっと上手くいくはずだよ」


「ああ、ありがとうな秀治。少し背中を押された気がして助かったよ」


「俺は何もしてないよ。彼女と仲直りができた暁には今度久々にご飯でも食べに行こう、前みたいに替え玉食べ放題早食い競争なんてどうかな?」


 秀治とはよくラーメン屋巡りをしたことがあった。

 それ以外だとチャンネル登録者数の祝いだとか言って焼肉を食べに行ったりして二人で肉を取り合ったりしていた気がする。今にしてみればどれもいい思い出だ。


「それいいな、楽しみにしてるよ」


 通話が此処で切れる。

 もっと話すべきことはあったのかもしれない。あの日の約束を守れなくてごめんとか、最近はどうしてる?とかそんな話をするべきだったのかもしれない。だけどお互い何も言わずただ昔の友達のように話せたのは本当に楽しかった。

 それだけで俺は救われた気分になっていたのだ。


「相変わらずだったな秀治……」


 久々の友人との電話に嬉しくなりながらも俺はベッドの上で大の字になり嬉しそうに目を瞑るのであった。







「ロウガ……!ロウガ!!聞こえてる!?」





「もう一度聞く、これは貴方がやったのか!?」


 奏多の声が聞こえてくる。

 その隣には呆然と立ち尽くしているテラーの姿もあった。


「ロウガ……何かの嘘だ。キミがこんなことするわけがない。これはなにかの冗談なんだろ?誰かを庇っているならそうだと言ってくれ。どうなんだ?教えてくれ、ロウガ」


 テラーが俺に必死の声で弁明を求めようとしてくる。

 二人はただ混乱していた。それも当然だ、俺は……。



 俺は……。









 【速報】アイオライト二期生、神奈月ロウガ炎上。




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