第23話 豹変
『アタシ……やっぱり竜弥に出会えてよかったよ』
昨日の行動、アタシの全てをぶつけたつもりだった。
竜弥とまた彼氏彼女の関係に戻れたのは嬉しかったけど、今日起きた竜弥は何処かソワソワしていてアタシのことを見れないでいる。正直アタシもそうだ、さっき朝風呂にも朝食も食べて来たけど朝食を食べているときはお互いに向き合った状態で食べていたから竜弥の顔が見えていた。
そのとき見た竜弥の顔は赤くなっており、少し恥ずかしそうにしていた。アタシがこの料理美味しいねと言っても何処か上の空だった。
「竜弥」
「ど、どうした千里……?」
朝食を食べて部屋に戻って来たアタシは竜弥の背中を軽く叩く……。
「シャキッとする。今日は帰ったらアタシと一緒に静音のところへ行くんでしょ。そんな呆けた状態で行くつもり?それじゃあ静音も耳を傾けくれるどころか、聞き耳すら持ってくれないよ?」
再度竜弥の背中を軽く叩くと、竜弥は深呼吸をしながら後ろを振り返りアタシの方を見つめる。
「そう……だな。千里の言う通りだ、こんな状態の俺を見せても與那城が話を聴いてくれる訳がないよな。ごめん、俺も呆けすぎてた。悪かったよ」
「うん、それでこそ竜弥だよ」
いつものような感じに戻り、気を引き締めている様子の竜弥を見てアタシは何処か安心していた。この様子ならきっと與那城と向き合うこともできるよね……。そんな期待を抱きながらもアタシはホッとしているとスマホに連絡が来ていたのに気づいたのはもう少し後になってからだった。
しかも、その連絡はアタシの心を不穏にさせる、とても重要なものだったのだ……。
◆
「あの……お父さん、昨日のことはすみませんでした」
「私はなにもしていない、だがその様子を見る限りどうやら自分のことを大切に思ってくれている存在に気づいたようだな」
旅館のエントランスまで見送ってくれた與那城の両親達。
お父さんとは俺は目を合わせてながら話していた。
「はい、本当にありがとうございました」
俺が頭を深々に下げていると、與那城のお父さんは少し嬉しそうに笑っているようにも見えていた。あのとき俺は子供を助けられるなら自分の命なんて欲しくないと考えていた。助けようと行動したことは正しかった。しかし、命を賭けてもということは間違っていたのだ。俺は危うく千里のことを悲しまうところだったのだから。
それを教えてくれたのは間違いなくお父さんだ。
「あの……與那城にはちゃんと貴方達が素晴らしい人だったと伝えます」
「……静音のことを頼む」
お父さんはそれ以上何も言うことはなかった。
與那城、與那城のお父さんは俺に大事なものを教えてくれた。與那城もきっと大事なことをお父さんから教わったはずなんだ。
「それでは樫川様、綾川様……静音のことをよろしくお願いします」
涼葉さん、俺が今にも殴りかかろうとしていたのはあのとき気づいていた。それでも本当のことを嘘偽りなく教えてくれた。だからこそ俺はあのとき後悔したのだ。
俺は早まった行動を取ろうとしていたのだと。
「はい、涼葉さんのことも伝えさせていただきます」
與那城の両親、俺はこの二人が少なくともあの人よりいい両親だということを知っている。ただ言葉が足りな過ぎただけなんだ。俺達に與那城のことを頼むと頭を下げていた二人の姿を見て俺は「頭を上げてください」と言うと、涼葉さんは與那城にこう伝えて欲しいと、言っていた。
「絶対伝えさせていただきます」
俺はそれを胸にしまって歩き出すと、千里が誰かと話していた。
「どうした千里?」
先に旅館を出ていた千里が誰かと電話していた様子だった。
本来なら誰かと電話しているときに声を掛けるのなんてよくないのかもしれないが、千里が少し慌てた様子で電話に出ていた為気になったのだ。
「與那城が……?」
「わ、分かりました……すぐ連絡してみます」
與那城と言う言葉を聞こえて俺も聞き耳を立てていた。
電話の相手は男性の声で恐らく澤原さんの声だったようだった。
「竜弥、静音が城崎先輩とのコラボ配信に来なかったらしいの……。一応連絡もしてみたらしいんだけどそれでも繋がらなかったみたいなの。それで私達に知らないか?って……」
途中から内容を聞いていた俺に対して千里が内容が分かるように説明してくれた。
與那城が先輩とのコラボに現れなかった。SNSを確認したところ、起きろレイでハッシュタグを作られていたが先輩の視聴者たちからは少し不信感を抱かれているようだ。
ただの寝坊や遅刻ならいい。だけど物凄く嫌な予感がしている。これが当たっていなければいいのだが……。
「駄目だ、繋がらねえ……」
俺からの電話なら繋がるかもしれないと考えて何回かコールしてみたが、電話に出ることはなかた。
「千里、急いで帰ろう。何か凄い胸騒ぎがする」
俺は急いで温泉旅館から出て都内へと戻るのであった。
本当にただの遅刻や寝坊ならいい。そのときは「色々忙しいかもしれないけど遅刻や寝坊することはダメだからな、ましてや先輩に迷惑を掛けるのはもってのほかだからな」と言おうと考えていた。頼む、俺の予感が外れてていてくれ。
急いで家に戻って来た俺達。
與那城の部屋に前に立ち、インターホンを鳴らすが全く返答がない。試しに扉に触れてみたが前回のように鍵を開いている様子もなかった。
「千里、俺はあっちの方を探してみる」
「うん、じゃあ私は駅前の方を調べてみるね」
「ああ、頼む」
俺は必死に與那城のことを探した。
家に居なかったとすれば與那城が居そうな場所。あいつは確か喫茶店巡りが好きだと言っていた。そういう場所にいるかもしれないと思って家近くの喫茶店に與那城っぽい人がいないのか聞いてみたがいるという話はなかった。その間に澤原さんの連絡を確認したが特に與那城から連絡が来たという情報はなかった。
次に今まで與那城と行った事があった場所へと行った。
しかし、そういった場所にもおらず俺が最終的に向かったのは……。
「……」
俺と與那城が最初に出会った公園。
そこに與那城がいるかもしれない、と確信してきたのだ。もちろん、ただの推測でしかないのだが俺は此処に居る可能性が一番高いんじゃないかのかと考えていたのだ。そして、辺りを見渡すとピンク髪の少女がベンチに座っていた。
間違いない……。
「誰だ……?ああ、竜弥兄か……」
「與那……城……?」
もしかしたら此処かもしれないという可能性に賭けて俺はこの場所に来た。
此処は俺と與那城が初めて会った公園。此処に来れば與那城に会えるかもしれない、そんな淡い期待を胸に抱いて此処に来たのは正解だった。
正解だったのだが……。
「何処行ってんだ、先輩とのコラボまで放りだして」
「先輩……?ああ、今日コラボの日だったもんな……」
正解だったのは正解だった。
だけど俺には目の前にいる與那城が與那城には全く見えなかったのだ。
「はぁ……とりあえず與那城が無事だったんならそれでいいんだ。先輩とのコラボを放り出したことは後で俺と一緒に謝りに行こう。それより……」
與那城は「くっだらね」と嘲笑うような感じで俺の方を見ていた。
「與那城、話をしないか?與那城の両親なんだが……」
「あいつらの話なんてする気はない」
今の與那城はいつもの與那城とは違ったに見えたのには理由があった。
それはいつもの服と違うとか、髪型が違うとかそんな分かりやすいものではないが、漂っているオーラのようなものが全く人を寄せ付けないような感じだったのだ。いつもの與那城は何処か人懐っこいオーラをしているが今はそんなオーラが消えていたのだ。
「どうしたんだ與那城、なにかあったのか?俺でよければ……」
「なにもねえよ竜弥兄」
「ないわけないだろ」
「ないっつってんだろ」
與那城の声は徐々に大きくなりつつあった。
その声は若干怒鳴り声に近い何かになりつつあり、與那城はベンチに座りながらも足で地面を蹴って土を舞い上がらせていた。その行動からして與那城が若干怒っているのが伝わっていた。何度か土を舞い上がらせているうちに、溜め息を吐きながらベンチから立ち上がる。
「與那城待て、此処にいたということは俺が来るのを期待していたんじゃないのか!?」
俺と與那城が初めて出会ったこの公園。
この公園のベンチに座っていたということは俺のことを待っていたに違いない、そう聞こうとしたが……。
「放せよ、竜弥兄」
逃げようとする與那城の腕を掴んだ。腕を掴まれた與那氏の目つきはより一層凶悪なものに変わっていた。ようやく分かったかもしれない。オーラ以外にいつもの與那城の違いを……。それは目がいつもの與那城の目と違っていた。表情がいつもの與那城とは全く違った。いつもの與那城のようにしてやったりたみたいな余裕たっぷりな表情をしておらず、表情には憎悪と怒りが詰め込まれているそんな表情であった。
「放さない、與那城がこの言葉を聞くまではな」
「だからそれが余計のお世話だって言ってんだよ……!!」
次の瞬間、與那城は俺のことを突き飛ばしていた。
地面へと投げ飛ばされた俺の体はそのまま地面へと激突し、倒れたのだ。その姿を見て與那城は「あっ……」と若干罪悪感のようなものを感じながらも俺から離れていくのであった。
「與那城……」
去っていく與那城の姿を見ながらも俺は後悔していた。
この二日間、俺は與那城のことを調べるために與那城の両親のところへ訪れた。そして與那城の過去を知った。過去を知った上でなら対等に話せると確信していたからだ。しかしそれは甘かったのだ。
過去を知ったからなんだというのが本当のところだった。
俺は與那城のことを本当の意味でなにも理解していなかったのだ。
『あ、ああ……竜弥兄来てたのか?どうしたんだ?』
あのとき、俺が與那城の部屋に踏み込んだあの日……。
もっと深いところまで話を聞くべきだった。あのときだけではない、人狼ゲームを終えた後、あの違和感に従っていれば今のような事態にはならなかったのかもしれない。後悔ばかりが降り積もるなか、俺は立ち上がり去って行った與那城の方を見つめながら俺はあることを考えていた。
「與那城、俺は絶対諦めないからな……」
俺は突き飛ばしたあのとき、聞き間違えでなければ與那城は謝りかけていた。あの感じまだ與那城は完全に怒りに染まりきったわけではない。だったらきっと與那城をまだ救う手立てはあるはずだ。
それがなんなのかは分からない。だけど必ずあるはずなんだ。
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