第20話 恥じらい

 アタシはあのときのことを今でも鮮明に覚えている。

 突如、竜弥を襲った痛みはアタシには計り知れなかった。


 許せなかった。

 アタシは目の前で起きた光景のことより危ないと分かっていたのに竜弥のことを外に連れ出して歩いていたのだから。


 避けられたはずの運命は変えることを出来なかった。

 もし、もう一度あのときに戻すことが出来るのなら今度はアタシが竜弥のことを守ってあげたい。


 そして今度こそ竜弥からちゃんと……をされたい。

 それがアタシのなによりの望みであり、穢れた罪を洗い流すことが出来るはずだから。





 アタシと竜弥は今車である温泉街へと向かっていた。

 そこの温泉街は聞いていた通り、かなり繁盛している場所であり年間を通して200万人以上が来ているらしい。そんなに観光客が来る温泉街の一つでもある旅館だ。流石に今日中の予約を取るのは無理だろうと思って、ダメもとで連絡してみたところ急遽二人のキャンセルが入ったことで一部屋空いているとのことらしく、アタシ達は運よく旅館に泊まることが出来るのであった。


 竜弥が車を走らせるなか、アタシはあることを聞き出そうとしていたが中々聞き出すことが出来なかったのだ。と言うのも、この話は竜弥の地雷を踏み抜きそうで怖いと気持ちがあったからだ。


「竜弥どうしても聞きたいことがあるんだけど、さっき言ってた血の繋がってない子供の気持ちなら俺は痛いほど分かるってどういう……意味なの?」


 運転をしていた竜弥であったが、何も言わなかった。

 一瞬竜弥の表情を見てみたが、表情が変わった様子もなくただ黙々と運転をしていた。アタシにはその様子が少し怖く見えていた気がしていた。


『千里だって本当は竜弥が怖いくせに』


 私も正直恵梨の言っていたことが分からなくもない。

 アタシも時々竜弥のことを怖く感じるときがある。竜弥は竜弥だということを分かっていてもそれでも時々目に映っている竜弥が怖く見えてしまうことがあるのだ。そう思ってしまうように見えるのはきっと竜弥じゃない竜弥が見えているような気がしてしまうのだろう。


 きっとアタシでも知らない竜弥がその姿を見せている。そんな気がしてならなかった。自分の頭の中で自問自答していると、竜弥の口が動き始めたのが見えた。


「別に大したことじゃない……ただ中学時代に親と全く血の繋がっていない友達がいたから俺は痛いほど分かるってだけだ」


「そうだったんだ……ごめん、軽率に聞いていい質問じゃなかったよね……」


 踏んではいけない地雷を踏んでしまうと思っていたのはそういうことだったのかとこのときやっと理解できた気がしていた。

 アタシは中学時代の竜弥のことをよく知らない。いや、訂正しよう。学校以外での竜弥のことは知っていたが学校での竜弥のことを全く知らなかったのだ。竜弥は話そうともしてくれなかったし、アタシも何かを悟って聞くべきじゃないと思って聞こうとはしなかったのだ。

 まさかそんなに重たい過去を持つ友人がいるとは知らなかったのだ……。


「千里が気にすることじゃない、あいつも……元気にしているだろうからな」


 竜弥は顔色一つ変えず、運転を続けていた。

 その後、話しかけづらくなったアタシは喋ることをやめて目を瞑ってしまう。





「悪い、ペプシで良かったか?」


 目を瞑っていると、車がコンビニの前で止まっていた。

 隣を見れば、竜弥がアタシに大好きなペプシを渡してきていた。


「アタシがペプシ好きだったこと覚えていてくれたんだ」


 アタシは無類のペプシ好きだった。

 コーラよりペプシが好きで若干するこの甘さが特に好きだった。しかも、少し安めで600mlというの破格だと思っていたのだ。そういえば、昔ペプシマンっていうゲームがあったらしいけど竜弥は知っているのだろうか。


「竜弥、何か欲しいものある?」


「俺はいいよ、飲み物なら買って来たしな」


 手に持っているのは飲料水。

 それでもアタシは車を開けようとすると、その手を竜弥に止められてしまう。


「俺に気を遣わなくていいって。さっきも俺の話を聞いて気を遣おうとしていたけどそんなことしなくていい。俺が勝手に過去の話をしただけなんだしさ」


「でもさ……」


 先ほどの件も相まって余計に気を遣ってしまう。

 駄目だと自分でも分かっているのにどうしてもやめられなかったのだ。


「じゃあ、俺も千里には気を遣わないし千里も気を遣わなくていい。好きなこと言いたかったら言ってくれていい。それでいいだろ?」


「竜弥がそれでいいならいいよ」


 結局竜弥に気を遣わせてしまっているのは気のせいだろうか。

 でもお互い好き勝手言っていいってのは悪くないかも知れない。竜弥は今までアタシのことを尊敬の目で見ていたから多分今もそうだろうけど……。でも、口でちゃんと俺とアタシは対等だ、みたいなことを言ってくれた。


 それがアタシはちょっぴり嬉しかったりもしていた。

 だからだろうか、ほんの少しだけ自分の頬が緩んでいるような気がしていたのは……。


「それとさっき抱き返してくれたことだけど……あれも気を遣わせてなくて「気なんて遣ってない!!」」


 竜弥がびっくりしたような表情をしていた。

 アタシが珍しく声を荒げていたからなのかもしれない。


「ごめん急に声荒げて……だけどこれだけは言わせて欲しい。アタシはあのとき竜弥に気を遣ったんじゃなくて竜弥のことを抱き返したかったから抱き返しただけ。好きでやっただけだよ」


「そ、そうなのか。そうか……」


 竜弥は顔を背けて全くアタシに顔を見せようとしてこない。

 赤信号になったのを見て車が止まってから竜弥は一気にペットボトルの水を飲んでいたが力が強すぎてかなりペットボトルが凹んでいた。

 もしかして、竜弥……。


「照れてるの?」


 竜弥は飲んでいた水を溢しそうになる。

 なんとか堪えながらペットボトルを元の場所に戻しながら一瞬アタシの方をチラッと見て何とも言えない表情をしていたのを見えていたが恥ずかしそうにしているのも伝わっていた。


 ああそうか、やっぱり恥ずかしいんだ。

 気を遣う遣わないと言っていたときよりも絶妙な空気を流れていたがアタシは少し楽しくなっていた。


 静音のことを知る旅でもあるけど、ちょっぴりこの旅行が楽しくなりそうな予感もしていた。





 旅館に辿り着いたアタシ達は受付を済ませる。

 少し旅館の中の景色を見渡したがかなりいい景色であった。木造の感じがいい雰囲気を漂わせており、赤を基調とした建物がこれまた良いと思っていた。香織が勧めてくれたアニメでこんな感じの場所を見た気がするけど、何かの舞台になっていたりするんだろうか。


「竜弥、さっきの話の続きの話なんだけど……」


 部屋にやってきたアタシと竜弥。

 竜弥はアタシからかなり離れた距離に荷物を置いてアタシに顔を全く見せようとしない。


「その話はしなくてもいいだろ」


「気遣わなくていいって言ってたし、好き勝手言っていいって言ったのは竜弥でしょ」


 食い気味でアタシが言葉を投げると、何も言えなくなってしまう竜弥。


「照れてたんでしょ?アタシにああ言われて」


 黙秘を貫こうとする竜弥。

 旅館の冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して再び水を飲み始める。



「悪いか……」


 長い長い沈黙を貫かれた後、竜弥が口を開いた。

 竜弥が顔をこちらに向かせていることに気づき、顔を見るとりんごのように真っ赤になっているのを見てアタシは笑いそうになるのをグッと堪えていた。


「別にそれが悪いこととはアタシは言ってないよ。竜弥らしいなって思っただけ」


「わ、悪かったな……」


 若干ムキになっている竜弥にアタシは微笑んでいた。

 やっぱり竜弥はあの頃から変わってない。アタシが偶に揶揄ってみれば少し恥ずかしそうにしていた竜弥と……。


「そういえば竜弥、貸切温泉頼んだけど入るでしょ?」


「あーまあ……交代交代で入るんだろ?」


「うーん……まあそういうことでいいよ」


 此処で一緒に入ろと言ったら、きっと竜弥は動揺していたに違いないけど敢えて黙っていた方がいいかもしれない。それに二人っきりのときに聞きたいこともあるし。ちょっとだけ自分が積極的になっているのに気付きながらもアタシは竜弥と一緒に温泉街へと向かうのであった。




「此処か……」


 旅館に辿り着いた私達。

 車を駐車場に止めて私達は旅館で軽く受付を済ませる。受付を済ませていると、筋肉質の男性が少し気になっていた。ご高齢というのに働き者でお年寄りの荷物等を運んだり、部屋まで持って行ってるようだ。

 凄い人だなと見ていると、竜弥が受付を済ませたようで部屋に向かうことにした。


「どうする?とりあえず温泉街の方向かってみるか?気晴らしにもなるかもしれないから」


「私もいいよ」


 與那城のことをこの旅館で聞こうと思っていたけど、外で一旦聞いてみるのも一つ手なのかもしれない。それに少しばかり気晴らしに温泉街を楽しんでも罰は当たらないと思うから。


「じゃあ行くか」


 私と竜弥は旅館の外へと出て、歩き始める。

 外に出ると景色は温泉街と言った感じであり、この街の象徴とも言えるかなり古い時代の建物が見えて来た。此処の温泉街は江戸時代から続く温泉街であり、その町が多少ではあるが残っているのだ。それもあってか、その街並を見にやってくる人達もいる。





「温泉まんじゅうだって竜弥買う?」


 温泉街に来たらやっぱり温泉まんじゅうを欠かせないとアタシは思う。

 温泉街に来たよっていう何よりの証にもなるし、なにより美味しいし。


「あ、ああ……そ、そうだな」


 私が竜弥に密着しながら話していると先ほどのことをまだ意識しているのか若干反応が鈍かった。竜弥が温泉まんじゅうを二箱買ってくれている姿を見ながら、アタシはあることを考えていた。アタシがもし竜弥に「照れているのか?」って言われたらなんて返していたのだろうか。いや、アタシならきっと竜弥に抱き返されたらすっごく嬉しくてその気持ちを伝えたに違いない。


 「ありがとう」って……。

 竜弥の体は暖かったし抱き心地も良かった。竜弥は言葉にしてくれなかったけど……。

 同じことを思っていてくれたら嬉しいな。


「ありがとう、あっ気を遣わなくていいんだったっけ」


「ああ、次何処行く?」


 流石にアタシの分まで一緒に会計してくれたのを気を遣わないなんてことは出来る訳がなかった。お互い対等にとは言うけど、こればっかりは難しい問題だった。


「静音のことあまり知らなかったみたいだね」


 温泉まんじゅうを買った私は静音のことを聞いてみたが、「家を出て行ったきり」のことが知らなかったようでそれから先のことは知らなったようだ。ただ優しくて素直な子だというのは教えてくれた。


「此処寄らない?」


 見えたのは射的屋さん。

 ゲームのエイムがいい竜弥のことだ。この程度のものはお手のものだろう。


 アタシがお金を払おうとすると、竜弥は少し躊躇していたが「対等だからいいでしょ?」と言うと、少し困り果てながらも竜弥は渋々了承していた。竜弥が弾を入れて狙いを定めて引き金だっけ?それを引こうとする。狙った先はお菓子でありそれに見事命中しお菓子は倒れる。アタシはそれを見て心の中で「凄い」と思っていた。


「千里やり方分かるか?」


「うん……」


 竜弥の顔と体が近づいてくる。

 アタシはそれに少しドキドキしながらも心を落ち着かせていた。竜弥はきっと無意識のうちにやっているんだ。気にしたら負け。気にしたら負け。心を落ち着かせようとするが、近づいてくる竜弥に対して心を落ち着かせることが出来ず体を密着されアタシは頭がどうにかなりそうだった。

 やっぱり自分でやるより向こうからやられる方が恥ずかしくて仕方がない。


「竜弥、ど、どの辺……?」


「あーもうちょっと上だ」


 手を掴まれている状態になっており、アタシは更に頭が混乱しそうになっていた。

 こ、こんなじゃアタシも竜弥のこと言えないじゃん……。と、というか凄い周りに見られてる……。でも、この状態悪くないし離したくない……。



「やったな千里」


 落ちてきたぬいぐるみをアタシに渡してくれた。

 結局竜弥はアタシにかなり密着していたことに気づかず、本当に無意識のうちにやっていたことが分かった。本当に竜弥ってこういうところがタチ悪いと思う。

 嫌いじゃないけどさ……。


 因みに後に美男美女のカップルが射的屋でかなり密着していたという噂を聞いたのはかなり後だった。その噂を聞いたときかなり恥ずかしかったけど……。





「與那城の話を聞いた感じ、やっぱり何処も似たような感じだったな」


 焼き鳥屋の前で竜弥は愚痴るようにして溜め息を吐いていた。


「そうだね、それでも諦めちゃダメだと思う。一旦旅館に戻って聞いてみる?」


「そうだな、それがいいかもな……」


 竜弥は焼き鳥を食べながら静音のことを思っているようだ。

 アタシも静音のことは少し疑問に思っていた。15歳と言う若さでVに……。更に親に同意を得たのかと言われた際、何か誤魔化すような発言をしていた。あれは間違いなく同意を得ていないような感じであった。


「あの……今静音の話をされていましたか?」


 誰かがアタシ達に話しかけてきた。

 目の前を見ると、そこに立っていたのは綺麗な黒髪の女性であった。アタシはその美貌に見惚れていると、竜弥が口を開いた。


「與那城静音ならそうなんですが……貴方は?」


「すいません、私は……」





「あの子の母になります」




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