第19話 温かさ

 私は樫川竜弥のことが嫌い。

 二年間千里のことを無視してたことを含めてもそうだしあの日以来ずっと竜弥に対して嫌悪感があった。高校時代、あの日偶々竜弥のことを見かけたとき竜弥の顔を見て私は凄い嫌いになりそうだった。



 それにあのときのこと……。

 確かにあのときの"出来事"はあの二人を変えてしまうほどの出来事だったのかもしれない。

 それでも必死に千里のことを取り戻そうとしていた竜弥の姿を見ていたからきっと大丈夫だと考えていた。なのに竜弥は千里のことを見捨てた。


 私は本当にそのことが許せなかった。

 許せなかったからこそもし彼から連絡が来ても無視してやろうと絶対に思っていた。実際、彼からの連絡は来た。電話には出ないつもりだった。だけど隣にいた琉藍が電話に出てあげなよと五月蠅かったらから電話に出ることにした。


 嫌々電話に出て聞こえて来た竜弥の声はあのときから何も変わってなかった。

 あのときと同じでウジウジしている声で本当に耳障りだった。


『私が怒ってるのは千里のことを裏切ったくせになぁなぁでよりを戻して一緒にいること、それが私には許せない』


 千里とよりを戻したことは千里自身から聞いていた。

 正直その話を聞いたとき、「正気?」と不思議になっていた。二年も千里のことを放置していたのになんであんなにも楽しそうに喋れるのか私には分からなかった。


 あの子だってそうだ……。


『竜弥さんは……坦々さんは僕にとって尊敬できる人なんです』


 あの子、奏……恭平が私に依頼したとき竜弥からサインを貰った子だというのはすぐに気づいた。少し意地悪したのかもしれないけど、私は彼にこう聞いたのだ。「今でも尊敬してるの?」と……。

 返って来た答えはそれだった。

 私には理解できなかった。本当に尊敬していた人に「多くの人を楽しませる配信をしてね」と伝えたと聞いた。それなのに、それを中途半端に捨てた。勿論これがエゴの塊だということは私も認識している。


「だけど竜弥にはその才能があった」


 その才能があったはずなんだ、登録者数だってどんどん伸びて行ったしあいつだったらきっと人気ゲーム実況者になれたはずなんだ。なのに、それを二年半で引退してかと思えばVなんてやってる。それが駄目とかは言わない、だけど言われたことを放棄してヘラヘラとゲーム配信をしているのが私には気に喰わない。

 これが全部私の自分勝手な言葉だと言うことは理解している。だけど今でも竜弥のことを許している二人に首を傾げている状況なのだ。







「聞こえてる琉藍?」


 私は今ある相手に連絡をしていた。

 その相手はかなりクセが強いバンドメンバー、月見里琉藍……。この話を頼む際も途中までいい感じに話が進んでいたが結局めんどくさいと言われてしまい「やだ」とも言われそうになったが、今度好きなバンドのライブ付き合うと言うと、琉藍は渋々了承していた。


 琉藍はいつも情報源を教えてくれないがあいつの情報は確かなものが多い。

 高校時代対バンすることになったバンドの情報はあいつが全部調べてくれた。その情報は私らは正直半信半疑であったが全て当たっていた為、彼女の情報は正しかったりするのだ。ただちょくちょく主観を混ぜて来てたりするのが難点だけど……。

 まあ主観を混ぜて竜弥のことを嫌っている私が言えたことじゃないけど。





「来たよ千里」


 私は言われた通り、高校時代よく使っていた喫茶店に来ていた。

 此処の喫茶店の多くの利用者は学生であるが、この時間帯はOLやサラリーマンなどが多い時間帯となっている。私は此処に拠点にしてバンド活動を今後どうするのかと考えていたことが多かった。


「千里も呼んだのか」


 本当は琉藍も呼ぼうとしたのが、本人に凄く嫌な声を出された為連れて行くのは断念した。

 琉藍は行かないと決めたら本当について来ないから、誘うだけ無駄だと判断した。


「誘う気はなかった。でも千里も誘った方が話も進みやすいと思っただけ」


 本当のところ千里のことを誘ったのはVとしての竜弥の同期だから。

 千里もVをやっているのは知っていた。Vに誘ったのは香織だというのも聞いていた。正直千里からVをやるという話を聞いたとき、「うーん?」となっていた自分がいたが私達個人の理由でバンドを解散したのだから今更私が何かを言うのは違うだろうと言いたい事を引っ込めたのだ。


「それより早く本題に入る。旅館についてだけど一つだけ候補が上がった」


「珍しい名字だし、検索に引っ掛かり易かったのかな」


「それも結構ある」


 此処までは私が調べた情報だった。

 此処から先は琉藍が調べた情報……。





「それと……これは大きな情報かもしれない。與那城家には血の繋がった子供がいない」


「どういう……こと?」






「與那城静音は血が繋がっていない」


 竜弥の目つきが一気に変わった気がした。


 体に寒気のようなものが起きている。

 私はこの目つきを知っている。この目つきの竜弥がヤバいということも知っている。ウジウジしているときの竜弥、普段の竜弥とはまた別のなにか殺気のようなものを帯びた目をしているのを知っている。


 それは竜弥が人殺しの目、復讐鬼に囚われそうになっていたときと同じ目をしていたから。


「その情報誰から教えてもらった?」


「琉藍……」


 この情報は琉藍が調べてくれたところ、なんでも泊まっていたお客さんが女将が娘と喧嘩しているところを聞いて、その際に「血なんて繋がってないくせに!!」という言葉を聞いたらしい。


「悪い、金置いておくから」


 琉藍という名前を聞いて更に顔色を変えて今に飛び出しそうになっている竜弥のことをなんとか止めようとするが、間に合わず竜弥は店を後にした。


「竜弥……」


 あの状態の竜弥を今すぐにでも止めるべきだったのを私は気づいていた。

 だけど止めることなんて出来なかった。


「恵梨、大丈夫?」


「大丈夫……。ごめん、竜弥を追いかけて……。多分重大な勘違いをしている気がするから……」


 呼吸が荒くなっているのを感じる。

 私は竜弥のことが嫌いになっていた理由にはもう一つある。それはあの目つきの竜弥が高校三年生、夏ごろを過ぎたあたりからよく見るようになったのだ。それ以来、私は竜弥に恐怖することが増えて怖くなったのだ。

 昨日の配信だってそうだ、本当は竜弥の声を聴く度にイライラこそしていたけど怖かったのだ。


「うん……。だけど、これだけ言わせて恵梨……。さっきの竜弥は怖いと思う気持ちは分からなくもない。だけど、大丈夫だよ……。竜弥は竜弥だから」


「どうして、そんなことが言えるの?……千里だって本当は竜弥が怖いくせに」


「それは……ごめん、恵梨。また今度ね」


 千里は何かを言いかけていたがお金を置いて行って、竜弥を追いかけて行く姿を見ながら先ほどの竜弥に怯えていながらも、私はあることを記憶の書からあることを取り出していた。あの日、竜弥が殺人鬼の目をしていたあの日、私はあの二人を助けることを出来なかった。

 だからこそ。



 ───私は最低だ。

 結局、自分の罪から逃れる為に竜弥のことを嫌っているのだから。





 ◆


「竜弥待って!旅館に行ってどうするつもりなの」


 千里が俺の袖を掴み、止めようとしてくる。


「決まってるだろ、與那城の本当の気持ちを両親にぶつけてやるんだよ」


「じゃあ聞くけど竜弥は静音の本音を知ってるの」


「……それは知らないけど、血の繋がってない子供の気持ちなら俺は痛いほど分かる……!だからきっと静音も同じ気持ちのはずだ!!」


 俺は今の自分の気持ちを抑えることができなかった。

 普段の俺であれば冷静に物事を見ることも出来たのかもしれない。しかし、今の俺にはそれが出来なかったのだ。俺の中で血の繋がっていない子供は「こう思っている」という偏見が強かったからだ。


「それは間違ってるよ竜弥!それはただ竜弥の感情を押し付けてるだけに過ぎないよ!アタシ達が旅館に行って聞けることがあるとすれば静音の過去になにがあったのか?ただ、それだけでしょ。一方的の言葉と言う名の暴力で解決しようとしてもなにも解決しないよ」


「それは……そうかもしれないけど……!でも……!」


 それでも俺は引くことが出来なかった。

 自分の中にある感情が此処で引くなと言っているのが聞こえていたのだ。それが自分にとって悪魔の囁きであるというのも分かっていたはずなのに……。


「一旦落ち着こう?竜弥が焦るのも分からなくもないけど、それでも焦ってたっていい事なんてなにもないよ」


 俺は千里の言葉を聞いて少しずつ冷静さを取り戻しつつあった。

 もし、此処で千里も冷静さを欠けていたら俺はきっといつまで経っても冷静さを取り戻すことはなかっただろう。





『あの日の悲劇を忘れたのか?』


 そんなときであった。よく聞こえてくる声がした。


 忘れたわけじゃない。

 だけど、千里の言葉を聞いて與那城の両親から話をちゃんと聞くべきだと思った。俺は冷静さが欠けていた。自分が……いやこの話はやめておこう。とにかく與那城の両親から與那城の過去のことを聞いてからちゃんと考えよう。


「ありがとう、千里……。それとごめんな」


 気が付けば、千里の顔が近くにあったような気がしていた。

 それが何なのかについて気づいたのは後になってのことだった。


「うん……」


「俺また目の前が見えてなかった……與那城の気持ちを分かった気になったつもりで……これじゃあ同期失格だな」





「そんなことないよ、竜弥は竜弥なりに與那城のことを考えてくれたんでしょ?そのやり方が強引だっただけ、それに竜弥はすぐにこれじゃあダメだって気づけたでしょ?なら全然大丈夫」


 そんなふうに肯定してくれる千里に対して俺は自分がいかに醜くなっていたのかを再確認させられていた。本当馬鹿みたいだ。


「ごめん千里、俺は本当に……」


「だから気にしなくていいってば……」


 千里に包み込まれるような感触がしていた。

 そのときになって俺はようやく気づいたのだ。





「わ、悪い千里……!嫌だったよな……」


 俺は自分でも気づかぬうちに千里に抱きついていたのだ。、

 俺は咄嗟に離れようとすると、千里が……。


「アタシからも抱き返してるんだから嫌に見える?」


「えっ?い、いや……見えないけど……でも……」


「いいから黙って抱いてて……その方が竜弥も落ち着くでしょ」


 今更離れてくれとも言えずに俺はただ抱いていた。

 そして、ある感情を抱いていた、千里は暖かくて抱き心地がいいと……。





「竜弥の体あったかい……」


 千里も同じ気持ちを抱いてくれていたのがなによりも嬉しかった。


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