8 Midgard《ミッドガルド》
―――地上の天才児は語る。
『《電子の巨人》? あぁ、AI・人工知能の事です。プログラムで出来た存在で有る彼らの姿を“一目で捉える事が出来ない程大きな存在”って所から、例えて名付けたみたいですよ。巨人を近くで見たら全貌が分かりませんからね。月の人々のネーミングセンスはよく分からないです』
◇ ◇ ◇
ハルピュイアと別れた翌日。
調査隊の任務は全日程を終了し、本拠地のある都市ミッドガルドに帰還する。
どうやら、それなりに収穫が有ったが、アンドロイドや製造プラントは見つからなかったようだ。もちろん、ウルドが目覚めたラボも。
「ウルド、なぜみんなあの部屋にはだどり着けないんだ?」
「……わかりません。不思議ですね」
彼女は人前なので、無表情の小声で話す。しかし口の端が笑っている……あのフロアを掌握していた彼女だ。扉を堅く閉ざし人を拒んだのだろう。
昨日は帰り道に猪を狩って帰ったので、キャンプでは事なきを得た。ウルドは昨日の傷を包帯で隠している。あの傷を見ると彼女はアンドロイドなのだと痛感した。
トラックの荷台に揺られ3時間、一同はミッドガルドに到着した。
俺は荷台から降りて伸びをする。右肩は痛みがやや残るものの、少しずつスムーズに動かせるようになってきた。
トラックから積荷を降ろし、夕方には片付けが終る。今回の調査隊キャンプは解散と成った。
解散後、シュウとアキが声を潜めて話しかけて来た。月の奴等との取引についてだ。場の空気が緊張する。
「お疲れ。なぁ二人とも、例の件……今日の夜、旧市街広場で会う予定になっているんだ」
「旧市街の入口に11時集合で頼む」
二人を追い詰め、ハルピュイアを使役していた奴に興味があった。確か名はドナール。一体どんな奴なのか……四人で話し合い、片が付くまで見つけたユミルのパーツは提出せず持っていることに。
俺は二人に「ああ、分かった」と短く答えて了解した。
◇ ◇ ◇
ミッドガルドは戦後各地より、生き残った人々が集まって出来た都市だ。商業や交易が盛んで水にも恵まれており街は賑やかだ。市場の活気の良い声が聞こえ、路地では子供たちが楽しそうに遊んでいる。
ウルドと二人で町を歩きながら家路を辿る。日暮れ時で、商店からはおいしそうな香りが漂ってきた。夕飯の惣菜を二人分買い、商店が立ち並ぶ通りを抜けると住宅街へ。幾度か路地を曲がり俺が住んでいる家に到着した。1週間ぶりの我が家だ!
俺は育ての親で槍術の師匠であるオーゼ先生と暮らしている。
愛車のバイクも納屋で俺の帰りを待っていた。母屋の窓際で本を読んでいた先生に帰宅の報告をする。
「先生、ただいま」
彼はプラチナブロンドの長い髪をハーフアップに結っている。見た目は30代程で右目に眼帯を付けている。傷はあるが、整った顔立ちで優しいので、街のご婦人達に人気だ。彼は俺に気付くと本を閉じ優しく迎えた。
「お帰り、レン。ご苦労だったね。いつもより傷だらけだね。……おや? その子は……」
先生はウルドに気づき尋ねた。彼女は黙ってぺこりと礼をする。先生の前でもアンドロイドの振りをするらしい。
「彼女はウルド。遺跡で見つけたアンドロイドだよ」
「ほう、『ウルド』か……運命を司る
先生は優しく目を細めた。彼は博識で旧世界の知識にも長けている。……運命を司る古の女神。当の本人は女神というより魔女に近いが……
「ウルド、この人は俺の育ての親で師匠のオーゼ先生だ。昔は傭兵をしながら旅してた百戦錬磨の戦士で、今は引退して時々旅をしながら旧世界を調べる学者をしてるんだ」
ちなみに先生の現役の頃の異名は『最凶の戦士』だ。
甘いマスクで最凶などギャップに程が有る。何をして来たのだ、この人は……。これを本人の前でうっかり言うと後に説教を喰らう。
しかし……先生は俺を見て楽しそうに笑っている。どうしたのだろう。変な事言ったか?
「人間みたいに紹介するんだね」
しまったーーー。
「いやっ……! ウルドは綺麗だから時々人間に視えちゃうんだよ。まったく精巧に出来てるから困ったもんだよね!」
誤魔化すように早口で答えた、今度はウルドの口元だけ弛んだ。
少し嬉しそうだ。こちらは気恥ずかしいのに……
「今回のサルベージは収穫あったかい?」
「うん、同じ本が何冊か見つかったから分けてもらった。あと夕飯。久々にミートボール食べたくなって」
時々このようなお零れに預かれるのだから調査隊は楽しい。俺は分けて貰った書籍と買った惣菜を先生に渡した。
「荷物置いて、着替えてくるよ」
「ああ、夕飯を準備しよう。着替え終わったら母屋においで」
「ありがとう!さぁ、ウルドおいで」
そう言ってウルドを呼び、別棟に有る部屋に向かった。
◇ ◇ ◇
俺の部屋は以前、シュウとアキに『小ざっぱりとしてつまらない。本当に住んでるのか?』と言われた。元々この家にあった最低限の家具、そして机の上に本が数冊ある程度だ。
住んでるよ……いや、だって、本は母屋の先生の本棚に入れさせてもらってるし……バイクの工具も納屋だし……趣味の物が部屋の外に置いてあるのも理由の一つだ。
ウルドは真顔で何も言わない。
「…………」
「どうしたのウルド? さっきから静かじゃないか」
部屋を見て引かれてる??
ウルドは椅子に座り黙って宙を見ていた。
「いえ、考え事を……オーゼ先生は博識ね」
俺はクローゼットの扉を衝立代わりにして、着替えながら彼女の問いに答えた。
「物知りなんだよ。戦士だった時も強さと知識で敵と交渉して巧く乗り切ったりしていたらしい」
「そう。……彼、若く見えるわね」
「そうなんだよ、老けないんだよね。当人
「レンの叔父さんなの?」
「先生と血は繋がってないよ。ヨツンで彷徨っていた俺を拾ってここまで育ててくれたんだ。感謝してもしきれないよ」
男手ひとつで育ててくれたのだ。出会った当時は俺も塞ぎ込んでいたから先生も大変だったと思う。
「辛い半生だったのね……健やかに育って良かった。今の生活は充実してる?」
「どうした? 母親みたいな言い草だな」
俺は不審に思いクローゼットの扉の影から顔を覗かせた。彼女は悲しそうなというか……申し訳なさそうな顔をしていた。
「ヨツンの真実は気になるが、今は辛くないよ」
安心させるために笑顔で答えた。彼女はいきなり顔を覗かせた俺に驚いたが、視線が下がり俺の胸元を見ている。まずい、上に何も着ていなかった。
「……レンの首にぶら下がってるの何?」
「あ、これは……」
お守りだ。子供の時から気に入ってつけているパソコンのアクセサリと言われるものだ。
「見てもいい?」
「いいよ、発信機みたいに潰さないでくれよ」
ウルドは言われて少し膨れて見せたが、優しくペンダントを受け取り、様々な角度から観察した。
「USBメモリー……防塵防水タイプ……中にデータが有るかもしれない。何か有るか確認しましょうか?」
「データ? 写真とか、映像とかか?」
「ええ、破損してたら見れないけどね。あと、紙とペンを借りてもいいかしら?」
ウルドはペンダントを手際よく開けるとチョーカーにつないだ。何かデータが有ればいいのだが……そうだ、もうそろそろ母屋に行かないと先生を待たせてしまう。
「夕食に行くけど、ウルドはどうする? ここに居る?」
「そうね、彼に色々バレちゃうと困るから、ここに居るわ」
それを聞いて俺もほっとした。
「わかった。ゆっくり寛いでて。行ってくる」
「ええ、ゆっくり食べてらっしゃい」
◇ ◇ ◇
「キャンプの間はトレーニングしてたのかい?」
先生はコーンスープを静かに飲みながら尋ねてきた。
一番聞かれたくない事を聞かれた。
「サボってました……」
「だから、いざという時動けないんだよ?」
「はい……明日から精進します」
俺は気まずさを感じながらも買ってきたミートボールを頬張る。この町で一番うまいと思う一品だ。
だが、先生は『私の分もお食べ』とミートボールを俺に差し出した。先生は引退してから胃腸が弱ったらしく、スープやペースト状の物しか食べない。
調子がいい時は俺と同じ物を少量食べられるが……大の大人がこんなに小食で体が保てるのか、弟子として心配である。
「明日と言えば、明日から2週間程出かけて来るよ」
「わかった、気を付けて。俺もこの後シュウ達と打ち上げするから出かけてくるよ」
「ああ、シュウとアキにもよろしく伝えておくれ。アンドロイドで悪さをしてはいけないよ?」
この後の予定を見透かされたような気がして少し咽てしまった。慌てて水を飲み、否定する。
「悪さなんてしないよ!……なあ、先生は、ヨツンが消滅した理由は知ってるの?」
「どうしてだい?」
「最近昔の夢を良くみるんだ。それに事件に関しては全然情報が無くて、天変地異と言われているけど、地震はないしガス爆発みたいに臭いがした訳でも無かった……親父達はどうして死んだのか、心のどこかで折り合いがつかなくて……」
「ごめんよ、そればかりは私も知らないんだ。旅の途中で何か聞いたら教えるよ。過去に捕らわれ過ぎてもご両親が悲しむ。今を大切に生きて、よい未来を開きなさい」
先生の言う通りだ、知って過去が変わる訳でもない。だが……後ろ髪を引かれていつも振り返ってしまう。俺だけ取り残された気分になるのだ。
きっと遺跡のサルベージを続けているうちにヒントは見つかる。それにウルドだって………そうだ、彼女に預けたネックレスの中身はあっただろうか?
俺は慌てて夕食をかき込んだ。
「ご馳走様。行ってきます。先生も明日気を付けて」
「ああ、おやすみ。皆と仲良くするんだよ」
俺は逃げ込む様に部屋に戻ってきた。
「おかえりなさい」
「はぁ……先生は勘がいいから時々怖いよ」
「どうかしたの?」
「 いや、なんでもない。データはあった?」
「いえ、残念ながら。これからもお守りとして大切にしてあげて?」
そう言って彼女は俺の首にネックレスを戻す。少し寂しい気もするが仕方ない……
「ウルド、そろそろ出かけようか?」
「ええ、
そう言ってウルドは両手でレールガンを握り締め、にっこりと微笑む。
おっとりした口調と笑顔でしれっと怖い事言うから時々怖い。
「戦争でも始めるつもりかよ……物騒だな。じゃあ、バイク出すから隣に乗ってくれ」
俺は鞄に荷物を詰め込む。
ユミルのパーツも鞄に入れ、念のため槍も持った。ウルドに俺のお古のパーカーを着せて、部屋の鍵を掛ける。
彼女をバイクのサイドカーに乗せ、俺達は待ち合わせの場所に向かった。
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