第26話 警視庁特務部第7課 青田 琢磨

警視庁特務部第7課 青田 琢磨たくま、29歳独身。

俺は今、人生で一番のピンチかもしれない、目の前の化物がニタリと笑って俺を見ている。



異世界人の化物がこの地方都市に居るとの情報から、日本政府は警視庁特務部第7課と言う特別班を立ち上げた。そのメンバーに選ばれた時は異世界人?どこのラノベ情報だと馬鹿にしていたのだが、資料や映像をみるうちに自分の仕事の重大さが良くわかった。人間の群れに化物が鎖も着けられずに歩いている脅威に、寒気がしたのを覚えている。



この町には常時10人以上が監視のために配置されており、今日の俺は学校から西のエリア担当だった。


目の前を女子高生が1人で歩いている、頭に叩き込んだリストからターゲットである武田仁のクラスの生徒だと思い出す、確かバスケ部の唐津と言ったか。腕時計を確認する。


「早いな、部活か?」

「ツッ!」


もう一度彼女を見た瞬間、俺は走り出していた。サイレンサーをつけたミネベアミツミ(小銃)のトリガーに指を掛けると迷わず撃った。彼女の背後から忍び寄る物体を確認したからだ。


パシュパシュパシュ


ガン、ガン、ガン!


「ちっ、流石アメリカ産の最新鋭、効かないか」


こんな9mmのハンドガンじゃ全然火力が足りない、相手がいきなり撃たれたからビックリして動きが止まっただけだ。

この前読んだ資料のアメリカの特殊部隊の装備の中にこいつは有った、乗り込み型のロボット兵器、先日の爆弾魔のヤンキーとは違う正規ルートの兵器だ、こんなものまで日本に持ち込むなんてとうとうアメリカも本気になったのか。


ガシッ


「きゃ!」


俺は唐津という娘の手を掴んで走り出す、なぜこの娘が狙われた?情報を引き出すため?いや人質か、なんにせよ、ここ日本で他国の者に勝手な真似などさせるわけにはいかない。


「ちょ、なによアレェ!デッカい虫ィ!」


彼女は俺に手を掴まれたまま後を向いて声を上げる、確かに虫みたいな見た目なんだよな、アメリカ人のセンスはわからん、俺は威嚇・牽制の為に銃を撃つ。


ガガガガン


近くの松代城趾に逃げ込むがすぐに追いつかれた、奴の前足が俺達を捕まえようとブンっと伸びてくるが、身体をひねって躱す。


「あがっ!」


「しまった!」


俺は避けれたが奴の前足が彼女の頭に直撃する、つないでいた手に伝わる重さが増す、やばい気を失ったか。


「くそっ、誰か早く応援を寄越せ、カメラは繋がってるはずだぞ」


気を失った唐津さんを咄嗟に脇に抱えて走るが、奴に回り込まれる、くっ、速いうえに足音がしないから戦いずらい、人気ひとけはないが城壁に囲まれたこの場所に逃げたのは失敗だったか。城壁を背に弾が尽きるまで必死に応戦するが、ジリ貧もいいとこだな。


カシュン


「ちっ弾切れか」


表情は見えないが、虫ロボの中の人間がニヤリと笑った気がした。ムカッ





「唐津さん!」


声のした方に頭を向ける。

は?何で、お前がここに来るんだよ武田仁、最悪の鉢合わせじゃねぇえか!俺と対峙していた虫ロボもカメラの向きを武田仁に変えた。


「逃げろぉ!!」


咄嗟に叫ぶ。


ブゥブブブブブブブブブブ!


音を抑えられた特殊機関銃、無数に排出された薬莢の一つが足下に転がって来る、危なかった、こんな装備で攻撃されてたら今頃俺達はとっくに細切れ肉になってた。


ってそんな事考えてる場合じゃない、奴は!!



「…化物」


アメリカの虫ロボの機関銃の弾は武田仁には当たらない、左右に弾かれるように避けて後方に飛んで行く、これがロシアの狙撃兵の弾を防いだ結界と言うものか、現実離れした光景に頭が着いていかない。


武田仁が一瞬で虫ロボに近づくと右手をかざす、すると虫ロボの前足がグシャリと潰れた、何をした!体勢を崩した虫ロボに蹴りを放つ武田仁、虫ロボがゴロンと俺に向かって倒れて来た。


ガシャガシャ


虫ロボはすぐに立ち上がるが、何を思ったのか機関銃の銃口が俺に向けられる、あ、死んだな俺。


「この虫ケラが、この世から消えろ」


ゴウゥ!


武田仁の怒りのこもった声が耳に飛び込んでくる、次の瞬間に虫ロボは炎の球で包まれた。

オレンジから青、青から白へと色を変える火球、まるで小さな太陽、近くにいるだけでチリチリと熱が伝わってくる、あれでは中の人は一瞬で焼け死んでしまっただろう、燃え尽きて灰になって行く虫ロボ、でもなぜか俺はその光景を見て美しいと思ってしまった、圧倒的な力は人を惹きつけるものなのかもしれない。








「さて、邪魔な虫は排除しましたが、貴方は誰です?」


武田仁が俺に向かってニヤリと笑った。あ、ピンチはまだ続いてる。



「お、俺はけ、警察のものだ!」


慌ててスーツのポケットから青山と偽名を使った警察手帳を取り出し、武田仁に見せつけるように広げた。


「警察?もしかして佐藤さんのお仲間ですか?あ、やばいな、魔法使ってるの見られてしまった、サクラ様からは警察の人には魔法を見せるなって言われてるんだよな」


手帳を見せると今度は仁が焦ったようにブツブツと呟き始めた、警察を名乗って正解?武田仁が迷うようなそぶりを見せる。



「あ、あの、青山さん、相談なんですが、今、見た事はなかった事に出来ませんか?」


「は?」


「いや、この場にいるのは気を失っている唐津さんと青山さんだけです、なので青山さんが黙っていてくだされば私としては非常に助かるんですが」


いやいや、一部始終をこの胸元のカメラで本部に画像で送って見られているのでもう遅いです、いや、ここは何て答えればいいんだ。


トゥルルル


スマホが着信を知らせる、内海課長からだ、助かった。

俺は武田仁に断りを入れて電話をとる。


「はい、青田です」


「青田?」


武田仁が首を傾げる、あ、やべ偽名だった。


「あ、いや青山です、は、さぼってませんよ朝の巡回中です!」


通話状態のスマホに指示のための別文章が表示されている、課長が優秀で本当に助かる。

ばれないように読み終わると通話を切って武田仁と向き合う。


「お仕事は大丈夫ですか?とりあえず唐津さんに何があったか教えてもらえますか」


武田仁が俺を気遣うように問いかけてくる。あれ?この人良い人?いや顔は良いけど。


「ええ、朝のパトロール中に彼女がさっきの虫ロボに襲われた所に「偶然!」出会でくわしまして、ここまで逃げてきたんですが、守り切れず彼女は虫ロボに頭を叩かれてしまって…」


ギリッ!


うおっ、なんか凄い殺気が、やっぱり化物か。


「なるほど、では先ほどの私の行動は間違ってなかったですね、私の生徒を傷つける物に生きる価値はありません」


フンスと鼻息を荒くするが、武田仁はハッと気づいたように口を開く。


「青山さん、日本ではこのような危険な生物は結構生息しているものなのですか?」


?、異世界にはもしかしてあんな機関銃をつけた生き物がいるんだろうか。いや流石に昆虫図鑑には載ってませんよ。


「へ、生物?いやいやいや俺も今日初めて見ました、もしかしたら何かの新種かもしれませんね、凄く大きかったし、ハハハ、でも、もう確かめようが」


完全に灰になって風に流される虫ロボを見て仁と2人で肩を落とす、もはや原型をとどめていない。



「それで青山さん、さっき言った事なんですが…」


「ああ、大丈夫です、助けていただいたのに貴方に迷惑はかけられません、これでも警察官です、口は固い方です」


ビシッと敬礼、シレっと口から出まかせが出て来る、いかんな、特7に入って性格が悪くなったかもしれない。


「ありがとうございます、ありがとうございます」


ペコペコと武田仁が俺に頭を下げる、そんなに謝られると罪悪感が半端ない。





「さて、唐津さんの怪我は」


武田仁は彼女をひょいと抱き上げると赤くなってるおでこに手をかざした、手の平が光ってるんですけど。

彼女の頭にあった赤みがすう~っと引いて行く、治癒魔法だ!!間近で見られた!


「ついでに記憶もいじっておこうかな?唐津さんに変なトラウマが残ってもいけないし」


おいおい、あんた実は隠す気なんてないだろう、俺の目の前でそんな魔法使うなよ。





「では、青山さん、私はこれで失礼しますね」


武田仁は彼女をお姫様だっこしたまま学校に向かって歩いて行く、どうやら登校途中に転んで気を失ってたことにするそうだ。だからそんな事を俺にわざわざ話すなよ、隠す気ないだろやっぱり。


幸せが逃げて行きそうなため息を一つ吐いて、さっきから震えまくってるスマホを手に取り画面に指を当てる。


「はぁ、課長に報告する事が盛りだくさんだな」


朝の太陽がいつもより眩しかった。

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