第七話 甲賀忍者富岡城でも暗躍

 富岡城が窮地に陥っているとの情報を得た拙者は、島原を後にし天草に向かうことにした。


 富岡城は天草北西に突き出た半島に位置していた。三方向が海で囲まれていて、陸路は一方向しかない自然の要塞と化している場所に建てられていた。


 一方向に防衛が集中されてしまったら、陸路を突破して門前に押し寄せるのは至難の業だろう。


 地理的にこれだけ有利な場所に建てられているというのに、富岡城の門前には多くの反乱軍が押し寄せひしめき合っていた。


 この地でも対応は後手に回ってしまっているようだ。


 島原城は一万近い民の蜂起により落城寸前までいったが、なんとか耐え忍ぶことができた。

 だが富岡城はさらに悪い状況に陥ってしまっているように見える。反乱軍の数は優に一万を超えている。甘味に群がる蟻のように次々と押し寄せてきていた。


 なぜこうなってしまう前に陸路を進軍してくる反乱軍を撃退できなかったのかと疑問に思う。防衛がまるでなっていない。落城するのも時間の問題と思われた。


「城代が出陣して討ち死にしただと」


 富岡城に侵入すると何とも残念な情報が飛び込んできた。城代が出陣して討ち取られてしまうなど無謀にも程がある。相手は百姓だと侮ったのだろうか。


 どうりで対応が後手に回っているわけだ。城代が空位となってしまった場合の対応策を考えていなかったのだろうか。統率が全く上手くいってないように思われる。


 それとも代わりの者が間抜けなのだろうか。状況は深刻さを増してきているというのに、何の手立ても講じてないように思われる。

 

 それに加えこちらの城方の兵もどこか楽観的で、自分達の城が攻められているというのに危機感などまるでなく、悠長にしているように見受けられる。

 悠長にしている者や、敵が押し寄せてきているのにどうやって対処していいかも分からず、慌てふためいている者などがいる。


「これは島原より絶望的な状況じゃな」


 しかし、拙者の胸の内はこの状況にざわめき立った。もしこの状態を打開する事ができたのなら、我等、甲賀忍者の名は一気に跳ね上がるだろう。


 ここで暗躍する事ができれば名声が高まるのは間違いない。


 しかも落城してしまったとしてもこちら側には何の影響もない。拙者の顔を知っている者など誰もいないのだ。拙者がいた事実などどこにもない。


 落城したら姿を消せばいいだけ。

 

 耐え忍ぶ事ができたら甲賀忍者が暗躍したお陰と触れて回ればいいだけ。


 何とも有難い状況である。


 島原の時は主力の兵が敵討伐の為に出陣してしまっていたので、その間隙を突かれてしまったさいに起こってしまった出来事だった。


 主力が城に残っていたのであれば、あれほどの苦戦は強いられなかったであろう。


 しばらく耐え忍んでいると、主力が帰還し防備は確固たるものとなり、押し寄せてきていた百姓どもは撤退することとなった。


 敵の状況を把握することなく安易に出陣してしまうなど言語道断である。しかも主力の兵が出陣したところを攻められるなど島原と同じではないか。


 ただ富岡では主力が帰還することはない。城代が討ち死にしたということは出陣した兵は壊滅していることだろう。


 城に残っている兵だけで今の状況を打開せねばならない。


 島原城の戦いの際、ひとつ学んだ事がある。見知らぬ者の指示はどれだけ的確なものでも素直に従おうとはしない。


 城代が討たれたいまは、原田伊予という者が指揮に当たっているとの情報を聞きつけた。その者に成り済ますのがよかろう。

 現状を考えると指揮系統が上手くいってないのは疑いの余地はない。原田伊予はいてもいなくても同じだろう。しばし退散していただこう。


 城内の奥へと歩を進める。予想通り原田伊予は慌てふためき、無駄に立ったり座ったりを繰り返し情緒不安定であるのは明らかだった。

 城内図は頭に入っている。隙を見て近づき、お頭直伝の吹き矢で眠らせ隠し通路に押し込んだ。


 原田伊予になりすました拙者は指示を出すべく城外へ出ようとしたとき、ふと不思議に思った事があった。城内の一室に多くの女、子供が座していたのだ。


 当然、この混乱で城内へ避難してきた民達だと思ったのだが違うようだ。


 無数の敵が門前に迫ってきているというのに、避難民の周りに多くの兵を配置している意味も分からなかった。

 

「人質だと?」


 天草の民が蜂起したので、それに対応するため城周辺の村々から女、子供を人質に取って反乱軍と戦うのに協力しろと村人達を恫喝しているのだとか。


 これだけの数を人質に取るなど馬鹿げている。人質がこちらの隙を見て城内に火を放ったらどうするつもりなのだろうか。


 城に籠城することも出来ず、城外は敵だらけ。八方塞がりになってしまうではないか。


「ここまで攻められたら人質はただの重荷でしかない。城外に放り出せ」


 拙者に言われようやく人質など、無用の長物と化してしまっていることに気付いたようだった。


 太平の世となり武士は戦を忘れてしまったようだ。相手が百姓だからまだ持ち堪えているが、これが戦乱の世の武将が相手であったのであれば、もう城などとうに落とされてしまっていたことであろう。


「二の丸から人質を解放し、二の丸に火を放て」


 拙者の提案に反対する動きも幾らかあったが説き伏せた。やはり威光を借りると説得しやすい。


「人質が出てきて、二の丸が燃えれば、同志が優勢で突破口が出来たと思い、敵は二の丸に集中してくるだろう」


「そこに攻撃を集中。城を守る兵も残り少ない。全てを防備するのは諦め、防備する箇所を限定し対応する」


 拙者の策は見事に嵌り、周りに溢れていた反乱軍は火の手が上がっているのを見て、二の丸へ集まってきた。そこへ大砲、銃、矢を容赦することなく放つ。


 反乱軍は大損害を受け撤退せざるを得なくなった。


「おぉーっ。原田伊予様ー」


 撤退していく反乱軍を見て城内の者達は歓喜の雄叫びを上げ、拙者に賞賛の言葉を送ってきた。


 指揮官が入れ替わっているとも知らず。呑気な奴等だ。

 

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