ガーベラ伯爵令嬢の嫉妬 594話
私、ガーベラ・サカは、キャロライナ様の右腕として、長い道のりを経てレイシア様の故郷のターナー領に向かっています。
そう、本当はキャロライナ様と同じ馬車でお世話をしながら旅をしたかったのですが……。
レイシア様とサチが護衛として同乗。メイド長と普段お世話をしている侍従メイドたちでキャロライナ様の乗っている馬車は定員一杯です。
仕方がありません。私は執事たちと一緒の馬車に乗り、現在の状況とやるべきことを綿密に打ち合わせました。
それにしても道が整備されていませんね。
王都のまわりの石張りの街道とまでは望みませんが、私の生まれ育った、サカから王都へ向かう街道はこんなにデコボコしておりません。貿易品を運ぶため、商人たちから通行料を頂いて整備費に当てているからです。
数年前災害があったと聞きますが、国や教会からの支援がなかったのでしょうか?
とにかく、街道の整備は必須項目に入れておきましょう。ターナーは貴族女性にとってもはやなくてはならない、シャンプーの生産拠点なのですから。
◇
ターナーに着きました。うう、腰が痛いです。
打ち合わせをしようと思っていたのですが、お祭りのオープニングセレモニーがまもなく行われるということで、キャロライナ様は会場に案内されています。
私もおそばにいなくては! ターナーの領主は、まだ学生の私を成人の貴族令嬢として扱い、キャロライナ様の隣に座らせてくださいました。
もう一方の隣にはレイシア様が座っております。
キャロライナ様のご迷惑にならないように、静かにステージを見ていました。
なんですの? この讃美歌は。
変声期前の子供たちが讃美歌を歌える。それだけでも常識的にありえないことですのに。
よく聞くと、メロディーだけを歌っているのではなかったのです。
オルガンの伴奏、三つの音を押えて奏でる『コード進行』を、三パートに分かれた少年少女がそれぞれ担当して表現している。弦楽器で言えば、チェロ・ヴィオラ・セカンドバイオリンの役目だ。そしてメロディーを奏でるファーストバイオリン役が合わさり、楽器がないままに讃美歌の伴奏をこなしている? 声は美しい楽器となり、神の使いのような優しさにあふれた音を調和させている。
あり得ません! この子供たちが王都でステージに立ったらどれほどの衝撃と音楽の発展に寄与するか。
ですが、今の教会本部の体制では、無理やり不敬扱いをされるかもしれませんね。伝統と体制を崩すことを嫌っておりますから。
辺境の地であるからこそできることもあるのですね。
それにしてもなんて文化レベルの高いこと。さすがレイシア様が育っただけのことはある領地ですね。
◇
お祭りで街中の馬車移動が禁止されている? 人ごみの中キャロライナ様を歩かせるなんて!
しかし、キャロライナ様は楽しそうに歩いております。このように街中を歩くということは防犯上あり得ないことですから、キャロライナ様にとっては非日常のことなのですね。
領主が先導してレイシア様とサチという鉄壁の防御があれば、心配することもないでしょう。
それにしても匂いが。何とも言えない良い匂いが充満しています。
あちらこちらから肉を焼く煙が風に乗って流れてきます。
キャロライナ様のお腹が……。
いいえ、私はなにも聞いていませんですわ。
ああ。つまらない宮廷料理より、ここで食べられたらいいのに。
そう思っていましたら、レイシア様は街の中の再現を館の庭で行わせ、私たちに祭りに参加しているようなもてなしをして下さったのです!
キャロライナ様がいつもにない無邪気さで、焼かれたばかりのお肉を頬張っています。
えっ、私にくださるのですか! もちろんお付き合いさせて頂きますわ!
◇
宴もたけなわですが、私は執事に呼ばれこれからの打ち合わせを行わなければいけなくなりました。せっかく楽しそうなキャロライナ様を見ていましたのに。
それでも私はキャロライナ様の側近として、キャロライナ様のために全力を尽くします。
領主の挨拶を受けた後、あちらの執事とご令息のクリシュ君が打ち合わせに参加します。
レイシア様の自慢の弟ですが、まだ学園にも入っていない子供です。大人ぶって認められたい年頃なのでしょう。かわいいですね。
って思っていたら、この子何⁉ 私と対等に会話ができます。
えっ? これから温泉? 大きなお風呂。キャロライナ様がレイシア様たちとお風呂に入るのですか⁈ これから? 私も一緒に!
えっ、まだ打ち合わせ? そんなものとっとと終わらせて……夕食について? どうせ法衣貴族の重鎮やギルド長とかを集めての接待パーティでしょ?
何ですって? 王女様、キャロライナ様は不参加?
ゆったりとレイシア様とのプライベートな夕餉ですって?
私もそちらに! 何でですか! だめっておかしくありませんか?
そうですね、確かに貴族としては王女の次に私になりますわね。黒猫グループの話も他にまかせられるような方もおりませんし……。
はぁ。使用人に接待をしたい?
なるほど。レイシア様のご提案ですか。いつも世話になっている使用人たちに、今日は主賓として接待を行う。
必要でしょうか? そうですか。 確かに私も王女の補佐をしている時は使用人の立場……。そちら側の状況も知っていますわ。
なるほど。私の見識が甘かったことは認めましょう。来賓、この領地の重鎮が集まる中で、キャロライナ王女殿下の代わりが務まるのは、サカ伯爵令嬢の私しかいませんね。
わかりました。キャロライナ様を休ませるため、立派に勤めさせていただきます。
打ち合わせが終わって温泉の脱衣室にはいったら、もう着替えを終えたキャロライナ様がコーヒー牛乳なるものを飲んでいました。
遅かった……キャロライナ様の柔肌を……一緒に入浴しながら堪能するチャンスが……。
「まあ、ガーベラ。これから入るのですか? 素晴らしいですよ。ゆっくりお湯に浸かるのですよ」
ああ、間に合いませんでした。私は「はい」と返事をし、服を脱がせてもらいました。
何ですの? お風呂、お湯が全く違う! なにこの解放感とお湯の柔らかさは! 温かいお風呂と温泉ってこんなにも別のものなのですか! ああ、とろけそう……ふにゃぁ~
「まもなく貸し切りの時間が終わります。すみやかにお上がりください」
えっ! 今入ったばかりですよ。あ~~~~。
中途半端にゆったりしたまま、お湯から出されてしまいました。
◇
湯上がりのキャロライナ様の上気したご尊顔を思い出しながら、私はドレスに着替えました。接待されるという名目で、こちらが気を遣いまくるパーティの始まりが近づいています。
今回はこちらのメイドや執事などが賓客として参加します。
メイドたちには二度とないようなご褒美ですし、私にとっては心強い味方になります。このように完璧な布陣を敷きながらの配慮、レイシア様しか思いつかないでしょう。
御者などの使用人は、祭りに繰り出すようです。
はぁ。私もプライベートな夕食か、いっそお忍びで祭りに行きたかったです。
仕方ありません。伯爵以上の真の貴族は私だけなのですから。令嬢ですが。
正装をした領主、クリフト・ターナー子爵が私をエスコートしてくださいました。
レイシア様のお父様ですよね。おいくつなのでしょう? 思ったより若く見えます。ですが、大人の魅力、とでも言うのでしょか、 かなり格好よく見えます。
若い頃はさぞおモテになったのでしょう。
用意されたテーブルに着き、会場を見渡します。
メイドたちがドレス姿ではしゃいでいます。
メイドたちのドレスは私の予備とターナー家の持ち物をお借りして何とかなりました。
さあ、パーティという名の接待の始まりです。
私は作り笑顔で来賓の挨拶を始めました。
◇
「聞いて! 今日の夕食会、最高でしたわ!」
接待で疲れ切った私に、キャロライナ様が興奮しながら話しかけます。
「レイシアの料理ってね……」
うわ~、そっちに行きたかった~。何ですか、その楽しそうな報告は! 羨ましいとしか言えませんわ!
「レイシアからね、キャリーって呼ばれたの。私もレイって呼んでね……」
私もキャリーって呼んでみたい! レイって呼んでみたい! ベラって呼ばれたい! キャロライナ様もレイシア様もずるいですわ~!
楽しそうなキャロライナ様の報告をうけながら、私は(ずるい~!)と思う以外何もできません。
ああ、楽しそうにキャロライナ様と一日すごしたレイシア様とサチに嫉妬してしまいそうですわ~!
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