第12話可能性
このゴライアス・ベアを食う。
俺の宣言に、金髪の女性が目を見開いた。
「ご、ゴライアスベアを、お使いの魔獣を食べる……!? あ、あなたは何を言ってるんですか……!?」
「そっちこそ、何を驚いてるんだ。あんた、動物の肉食ったことないのか?」
「あ、ありますよ当然! 馬鹿にしないでください! でっ、でも、アレは牛とか豚とか、家畜として飼ってる動物の肉であって……!」
「同じだよ、同じ。家畜も野生動物も関係がない。俺はマタギだからな」
マタギ。その不思議な語感に驚いたように「ま、マタギ……?」と首を傾げた女性に、俺は更に言った。
「もしかしてあんた、家畜の肉なら食ってよくて、お使いの獣は食ったらダメだとか、そういう事考えてるのか? それならやめた方がいいぜ、そういう考え」
「え……?」
「この世に最初から人間に食われるために生きてる生き物なんかいないよ。家畜だって潰そうとすれば抵抗するだろ? あいつらだって本当は生きたい、肉になんかなりたくないんだよ」
俺の言葉に、女性は珍妙な表情で俺を見つめた。
「でも、俺たちは食わなきゃ死ぬ。だから心を鬼にして殺す。だから肉の一欠片も無駄にせず、大事に食べる。それが命に感謝するってことだ。――黙って獣に食われろなんて言うよりも、そっちの方がよっぽど筋が通った考えなんじゃないか」
だよな? というように、俺はアズマネ様を見た。
アズマネ様は満足そうに微笑み、俺に向かって大きく頷いた。
山の神様のお墨付きを得たところで、俺はまた女性に向き直った。
女性は俺が言ったことを反芻するようにぽかんとしていたが――しばらくすると正気に戻ったような表情になって俺を見た。
「でっ、でも……! 魔獣を手に掛けた人間には呪いが降りかかります! 今すぐは影響なくても、数日の後にあなたは確実に……!」
「一応聞いとくけど、そのお使いの獣ってどんなだ? もしかしてツノが生えたすげぇデカい獣のことか?」
「え――? そ、その通りです。あの、デミュアス様お使いの獣は頭に神角と呼ばれるツノを持った獣のことで……」
「ならよかった。そのお使いの獣とやら、俺は五日前に殺して食ったよ。ツノの生えたすげぇデカいウサギ、って言ったらわかんないか?」
その言葉に、ぎょっ――!? と、音が鳴りそうな勢いでぎょっとした女性は、次の瞬間には蒼白の顔になった。
「ほっ、ホーンテッドラビットを殺して食った――!? あっ、あなた、どこまで罰当たりなことするんですか!? でっ、でも、それなら魔獣の呪いによってあなたは確実に――!」
「そりゃ残念、今現在呪われてるのか知らんが約一週間後の俺は今もピンピンしてここにいる。そりゃ感謝して食ったもの。呪われるどころか感謝されてるのかもな。――ほら、これが証拠だよ」
俺が虚空に手を突っ込み、アイテムボックスの中から剥ぎ取ったツノを無造作に女性の前に放り捨てると、女性がうひっと地面を足の裏で掻いた。
「ほ、ほっ、本当に、ホーンテッドラビットを……!?」
「食った。その魔獣とやらを殺しても呪いなんか受けないよ。俺が今も生きてるのがその証拠だ」
「そ、そんな……! の、呪いは単なる言い伝えや与太話とかじゃなくて現実の問題なんですよ!? それによって村がひとつ全滅した例だって……!」
「いや……多分そういうことじゃない。おそらく、あのツノウサギの肉を食べたことで、俺にその呪いとやらへの耐性がついたんだと思う」
そう、呪い耐性。俺のステータスにしれっと追加されている謎のステータス。
あのステータスは、明らかに俺があのツノウサギを食べた時点で追加されていた。
もしその魔獣の呪いや呪いが現実のものだとして、俺にその呪いが降りかかっていない理由。
ということは――考えられる理由はそれほど多くはない。
「もしかしたら、この魔獣とやらの肉を食うと、たとえその魔獣を殺してしまっても呪いは降りかからない、もしくはその呪いに対する耐性を獲得できる……のかもしれない、そう考えるのは安直すぎるか?」
俺の言葉に、女性が怪物を見るような目で俺を見た後、ふっ、となにかを考える顔つきになった。
「呪いに耐性……!? 魔獣の肉を食べる……!? まさか、そんなことが……! いや、もしかしたら、もしかするなら……!!」
瞬時、俺にはわからないなにかの事情を考えたらしい女性が、少し迷ったように俺を見た。
「……あなた、本当に、魔獣を殺したんですね?」
「殺した。そして食った」
「なのにあなたの身には呪いが降り掛かっていないと」
「おそらくそうだ」
「そこまで言うならわかりました。――あなたの仰ることを、信用してみます」
女性はなにかの決意を秘めた視線で俺を見つめた。
「もしかしたら、あなたが、あなたの存在そのものが、滅びに瀕している我々を救う鍵になるかも知れない。待遇は保証しますし、絶対に危害は加えません。――私たちの村に来ていただけますか?」
「おお、そりゃ結構な話だよ。もちろんついていくさ。村へのお土産も出来たしな」
俺が足元のゴライアス・ベアとやらに視線を落とすと、女性は少しだけ顔をしかめた。
俺は女性に向かって問うた。
「そういや、自己紹介も何もまだだったな。俺の名前はバンジ、西根萬治だ。こっちでは少し珍しい名前だと思うが気にしないでくれ。――あんたは?」
女性は澄んだ声と目で言った。
「リーシャ――リーシャ・ロナガンと申します。気軽にリーシャと呼び捨てて呼んでください。ええと……バンジさん」
リーシャ。如何にも異世界人と言える響きである以上に、この美しい金髪にはとても似合っている名前だと思った。
「リーシャ……いい名前だな」と思わず褒めてしまうと、リーシャと名乗った女性は少しだけ照れたように視線を逸してしまった。
「そ、それで、そちらの方は……? な、なんだか見たことのない服装ですが……」
リーシャと名乗った女性が、今度はアズマネ様の方を見た。
おお、と憎たらしいような顔で笑ったアズマネ様は、小さな体で胸を反らし、偉そうに自己紹介した。
「妾の名は
「えっ、えぇ……!? 唯一神と同格!? ほっ、本当に何者なんですか……!?」
「まぁ要するに、その人は俺の爺ちゃんの不倫相手、ってことですよ」
ボソッ、と俺が言うと、アズマネ様が俺の尻を思いっきり蹴飛ばした。
尻を蹴飛ばすアズマネ様、そして尻を蹴られて痛がる俺とを交互に見て、リーシャと名乗った女性はますます珍妙な表情で俺たちを見つめた。
◆
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