第137話
無能な者ならば、「何を偉そうに」とでも考えるかもしれない。
しかし、ドルトは戦いにばかり特化した騎士ではなかった。
もとより、政治に対する理解を持ち合わせていなければ、御館様の片腕として長年仕えるというのは難しいのである。
騎士というのは機微に聡くなければ大成しない。
主君を選ぶ際もそうだが、世情や体制の変化を見抜かねば役職に就くことが難しい環境なのだ。
騎士に志願する者は大きく分けて二つの傾向となる。
ひとつは腕におぼえがある者。
もう一つは騎士の血統、もしくは爵位継承権のない貴族の血統である。
一概には言えないが、卓越した戦力もしくは知力を有する者か、高貴な血が流れている者が大半の集団なのだ。
その中で生き馬の目を抜くほどの狡猾さや駆け引きのうまさがなければ、成り上がることなどできないのが騎士の世界である。
そういった環境で金鷲騎士団の団長にまで昇りつめたドルトは、明晰な頭脳と経験則を持っていた。
そのドルトは目の前の手紙からある異質さを読み取ったのである。
こちらの動きや交友関係を把握した上で、誘い込むように黄昏亭の封筒と便箋を使った。そして、挑発か脅しではないかと思えるような仕掛け。
加えて、文面からは触れてはならない領域すら漂っているのである。
「こやつはこちらの力量や判断のものさしを掌握しているのか。いつも絶妙なタイミングで理が通った文面を提供してくる。それと、"公共の秩序"に"公僕"ときたか。可能性として、王家に関連する者かもしれないと匂わせるとは⋯」
ドルトは誰もいない部屋で思わずつぶやいた。
あくまで可能性としてだが、ありえない事ではなかった。
ドルトとて、この手紙の差出人が王家の抱える直属の間士だと決めつけるつもりはない。
間士とは情報の収集や発信による撹乱を主として、諜報活動、破壊工作、謀術、暗殺などを行う者を指す。簡単にいえば、治世のために国王の指揮を受けて、裏で暗躍する者たちのことである。
この封書の差出人が間士の一員だという確証は何もない。しかし、そうでないという確証もまた何もないのである。
ただの匂わせと断じるには材料が不足しているのだが、これ以上確信に迫るとすると虎の尾を踏む可能性もまた高まってしまう。
「これは御館様に相談すべきかもしれん。」
ある程度の裁量はもらっているとはいえ、間士か絡むとなれば勝手な判断は後に大問題となる可能性があった。御館様のことを思えば、自らの判断による詮索はこの辺りにしておく方が無難かもしれない。
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