第135話

ドルトは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。


久しぶりに味わった混乱をおさめるためである。


苛烈な戦闘や緊急事態があったとしても、ここまで精神的に影響することはなかった。


遊ばれているのか?


それとも、何かを試されているのか?


この訳のわからない仕掛けを行った奴の目的など、理解できなかった。


ただ、百戦錬磨だと自負している自分が翻弄されているのだ。


「ああ、忙しいところをすまない。邪魔しているよ。」


努めて冷静に、黄昏亭のオーナーにそう言った。


「とんでもございません。しばらくお越しになられなかったので、お会いできて嬉しいですよ。」


他意のない笑顔はいつもと同じだった。


この同年代のオーナーとは数十年来に渡る飲み友達であり、ボードゲームの好敵手でもある。個人的には信頼に足る人物といえるのだが、今回に限っては職業倫理に基づいた応対をする必要があった。


「今日は職務で来たのだが、まずはあの封筒について尋ねたい。」


ドルトが天井を指差しながらそう言うと、オーナーはそちらに目を向けながら訝しげな顔をした。


「なぜあのようなところに⋯」


「あれに見覚えは?」


「私どもが宿泊されたお客様に提供している封筒です。便箋も同じ柄で揃えているのですが、誰があんなところに⋯」


オーナーはそう言いながら、メイドに声をかけて男性使用人のひとりを呼んだ。


使用人は脚立を使いシャンデリアに挟まった手紙を取ると、オーナーに手渡してすぐに部屋を出て行った。


彼の顔には困惑しか見い出せない。


それなりに優秀な商人でもあるのだが、ドルトの目も節穴ではなかった。


「実はな⋯」


オーナーに含むところはないと感じたドルトは、ここに来た理由と上着に入れられた封筒について話した。


もちろん、事の発端であるタレコミの内容については伏せている。


「なるほど。それで封筒が誰に提供されたのか、お知りになりたいということですか。」


「そうだ。」


オーナーの表情は依然変わらなかった。


「あの封筒と便箋は、客室ごとにご用意してあるものです。季節ごとに仕様を変えておりますし、使用されたお客様については後のご宿泊時に不足とならないよう情報管理しております。」


彼いわく、あの封筒は今年であればここ三ヶ月以内に客室に備えたものだという。


さらにその期間の帳簿をめくって調べてもらった結果、ひとりの男性客が手紙の主である可能性が浮上する。


「その男は常連なのだろうか?」


そう聞いた返答にドルトは確信を得た。


騎士団に手紙が届いた時期には、いつもここを利用していたようだ。ただし、それ以前の利用はない。


ドルトはシャンデリアから回収された封筒に目線を落とした。



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