第129話
「団長、今よろしいでしょうか?」
そう話しかけられた男は、執務机で書類に目を通して決済を行なっている最中だった。
分厚い胸板にとてつもなく太い首をしている堂々たる偉丈夫だ。頭頂部が禿げあがっているが、残りの髪を数ミリ程度の長さに刈り込んでいるのが精力的かつ精悍さを高めている。
「急ぎの要件か?」
決済書類が多く、内容を精査するのに集中力を要するはずだ。しかし、業務の優先順位や取捨選択に私情や感情を挟まないところは、この男が部下から慕われる一因だといえた。
「例のタレコミ屋からの封書が届きました。」
「いつもと同じ経緯か?」
「ええ。今回も前回とは別の少年に、小銭を渡して届けさせたそうです。封書の中身も同じく、騎士団宛のものと団長宛のもので別れていました。」
「そうか。」
持参した副団長から封書を受け取った。
一回り小さい封書を中から取り出してペーパーナイフで開封する。
「いつもご丁寧なことだな。」
金鷲騎士団の団長であるドルト・テッケンガーはそうつぶやいた。
封書の中には騎士団の誰が受け取っても良いように便箋が添えられており、そこに簡単な挨拶文と同封の封書を団長に届けてもらいたいという依頼文が書かれていた。
団長宛の封書には、極秘という文字と共にドルトの名前が宛名に書かれている。
当初は不審な封書が届いたとされ、内容を信ずるべきかどうか迷った経緯があった。
しかし、お館様と呼んで苦楽を共にしてきた方の宿怨ともいうべき想いを汲むべく、文面に踊らされてみようかと考えたのだ。
結果は良い方へと転び、今に至る。
タレコミ屋の素性は未だにわからないが、お館様の宿怨を晴らす一助にはなりそうだった。
ドルトは中の便箋を読んだ。
読み終える寸前、わずかに彼の片眉がピクリと動いたのを副団長は見逃さなかった。
団長が関心を抱いた時に見せる癖のひとつである。
「今回も有益そうな内容でしたか?」
「⋯どうかな。ただ、ここに書いてあることが事実なら、これまで二の足を踏んでいたことが解消するかもしれん。」
ドルトはそっと息を吐いた。
「それはなかなか魅力的な話ですね。」
「その前に、この手紙を寄越した奴の顔を見てみることにしようか。」
「正体がわかったのですか?」
「いや、そうではない。だが、所在については絞り込めそうだ。」
若草色の便箋を目の前に掲げたドルトは、ニヤリと凄みのある笑みを浮かべた。
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