第128話

向かいの建物の屋根に上がり、身を潜めて男が連れ込まれた建物の窓を見る。


室内が薄暗いため、どこの窓からも中の様子は窺えない。


表の出入り口付近には何の建物かを表すものはなく、かといって個人所有の規模にも見えなかった。強いて言えば、マンションなどの集合住宅に近い造りだが、窓の配置にそこまでの規則性はない。


ここで粘ったところで大した情報を得られる可能性は低いだろう。


目立たないように細心の注意を払いながら、先ほどまでいた裏口を見渡せる位置へと移動した。


まだ明るい時間帯だ。屋根伝いに歩く男を目撃すれば、誰しもが不審者や盗人として通報するのが常である。そんな結果を招くような愚行を犯すようでは特命執行官など務まらない。


しばらく身を潜めて様子を窺った。


経験則から考えると、動きがあるまでそれほどの時間はかからないだろう。


小一時間ほど過ぎた頃合いに、裏口の前に小さな馬車がつけられた。


かなり小さい馬車にも関わらず、背の低い幌がつけられている。こういったタイプの馬車はあまり商用には向かない。積載する荷物の寸法が制限されてしまうからだ。


元の世界でも、昔に使われていたこのような馬車のタイプは使用用途が限定されていた。


主に使用される業種が葬儀屋だというのがシャレにならない。棺桶を入れて霊柩車がわりに埋葬場所まで移送するのである。


目の前の馬車も同じ用途に使われるのではないかという予感がひしひしとしていた。


間もなく扉が開き、中からふたりの男が出てくる。麻袋のようなものを担いでいるところを見ると、想像通りのことが起こったようだ。


麻袋が動かないのは意識をなくしているのか、それともすでに息絶えているのか。


どちらにせよ、あの男との接点は俺にはない。


冷たいようだが、生きていたところで助ける義理もなければ意思もなかった。


あの男が今回の案件に絡むような人物であったとしても、今の状況では助けるのにはリスクがあり過ぎる。また、そのリスクを犯すだけの理由も見当たらない。


ただ、あの馬車は男を始末するための移送手段だろう。だとすれば、追跡して加害者側を尋問するのが定石である。


男たちが麻袋を馬車の荷台に投げ込むのが見えた。中の人間が身動ぎしたかどうかは幌で隠れてわからない。


馬車の進行方向を予想し、屋根から移動して待ち構えることにした。


おそらく奴らは町の外に出るだろう。そう考えれば、進行方向を絞るのも難しいことではなかった。



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