第121話

あれから半月。


入札が終了し、これまでに落札したことがない商人が初めて当確した。


当然のことだが、商業ギルドでは混乱が生じている。


ミハエルから情報を引き出そうとした者たちは皆有力商人だった。


彼らを差し置いて当確した者はどこの派閥にも属さず、商人としては勤勉で信用の高い男だそうだ。


そしてその展開から、予想通りミハエルの所には抗議が殺到することとなった。


「これはどういったことでしょうか?我々は事前の予定通りの額で入札したはずです。しかし、落札された額はそれよりも安かった。それに追加で資材は別途用意されるとの条項まで入っていたそうじゃないですか。」


「それが何か?」


詰め寄る有力商人たちに対し、ミハエルは平然と答えた。


「それが何かだって?あなたは自分の立場が···」


感情をあらわにして声を荒立てる商人に対して、次に口を開いたのはミハエルではなかった。


「彼の立場がどうというのだ?」


「!?」


商人たちはそこで初めて部屋の片隅にいる男に気づいた。


長身で頑健な男だ。普段から厳しい鍛錬を重ねていることは、その厚い胸板から容易に想像できる。


ただ、その男は今まで一切の気配を感じさせなかった。


「な、なんだね君は?」


「私は金鷲騎士団から調査のために伺っているリヒール・シュタイナーだ。」


男の素性を聞いて束の間の静寂が訪れる。


「ちょ、調査ですか?」


「いったい何の調査というのですか?」


その後、商人たちは次々に質問を重ねるが、シュタイナーは無表情に首を振って一言だけ発した。


「私は上からの指示で動いている。貴様らに話す内容ではないと思うがな。」


凍りつくような冷え冷えとした声音だ。


商人たちは押し黙り、顔を見合せてその場を後にした。




「隙がありすぎるのではないか?」


シュタイナーはミハエルにそう言った。


「申し訳ございません。」


「先を見通すなら、くだらない謀略には注意を怠らないことだ。」


「身をもって痛感しています。」


「···まあ、そのおかげで御館様の無念も晴れそうなのだがな。」


御館様というのは金鷲騎士団に今でも多大な影響力を持つ御仁のことだ。


あの冒険者ギルドの特命執行官が手を回し、その結果としてシュタイナーが現れた。


金鷲騎士団と特命執行官がどのように通じているのかは知らない。


しかし、口ではミハエルの失態をなじっても、実質的なペナルティを課せられることはなかった。法衣貴族は国に仕える公人で、シュタイナーも騎士として同様である。ただ、法衣貴族と騎士では管轄が大きく異なり、御館様が敵と見なさない限り自らの進退に影響することはないと思えた。


むしろ商人たちからこちらを護ってくれるのだから、都合よく考えるほうがいいだろう。


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