第120話

ミハエルが次の入札に関する詳細をまとめあげた頃合に接触があった。


普段から顔を合わせる商人ではなく、素性のわからない怪しい人物からのアポイトメントだそうだ。


商人たちも自らが矢面に立つような愚は犯さない。


真偽は不明だが、ミハエルが痴態をさらした貴族夫人からの紹介だということで、代理人に相当する者が約束を取りつけてきたらしい。


すぐにこちらへ連絡を寄越したミハエルに、俺が代理人として会うことを伝えた。


今回は相手を拘束したり、強硬策で口を割らす気はない。


泳がせて裏にいる商人の言質及び弱みを握り、芋づる式に黒幕まで手繰り寄せられるか試すつもりだ。


もちろん、流す情報はフェイクを使い、符牒をまじえてわかりにくい内容にする。


万一それがフェイクだと知れても、ミハエルに直接的な抗議は行かないだろう。


代理人が情報をすり替えたということを印象づけられるような仕掛けを施すからだ。具体的には、ミハエルから受け取った封書自体を別の物にすり替えればいい。


貴族の封書というものはそういうものだ。


今回のような密書などの類には封蝋などは使わない。しかし、使用している紙については誤魔化せないのである。


この世界の紙は、品質の高さが裕福さとプライドの高さに比例するのだ。


密書などには安い紙でいいのじゃないかと思うのは、高品質な紙が安い価格で出回っている元の世界の思考でしかない。


こちらの世界では庶民の識字率も低く、一般人は紙など使わないのである。商人にしても、店頭の値札や貯蔵庫などの在庫には木札を用いた表記を行う。


木札は紙に比べると雨風に強く、コストも非常に安い。


従業員や客の識字率が低くとも、価格や番号を記すだけで大半の者が価値や種類を知ることができる。


そういったわけで、大商人や貴族以外はまず紙の封書というものを使用することがほとんどない。


手紙は存在するが、庶民は木板か草の茎を縦横に並べて圧縮して乾燥させたもの、ちょっとした商人なら繊維質の粗い紙状のものを使用する。


だが、貴族や大商人はそんなものを使用しない。


結果、封書に用いられる紙によって素性がバレるのである。


ミハエルからは彼が用意した本物の封書を預かり、途中で品質の落ちるものにすり替えてしまう。


もちろん、あからさまな粗悪品は使わないため、パッと見では本物か偽物かはわからないのである。


虫ネガネなどは存在するため、それで両方を並べて調べれば目敏い者は気づく程度の違いにするのがコツといえよう。


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