第95話
ソフィアの目を見た俺は、咄嗟にカレンとマイヤーに後退するよう合図した。
こういった目をする者は危ない兆候だ。
視線はやり方次第で目線を濁して意図をぼかす作用があるのだが、特殊部隊員のそれは独特なものである。
目でフェイクを入れるというのは、競技者や格闘家にとってはあたりまえのものだといえた。しかし、瞬時に命のやり取りを行う場面では、殺意や殺気を感じさせない術が必要だ。
我々のような人種は、それが無意識にできるよう訓練されている。
こちらの世界では対人戦闘に長けた傭兵や騎士などが似たような術を身につけているが、科学的に裏打ちされた殺人術を扱える元特殊部隊員にとっては、稚拙なレベルでしかなかった。
俺が馬車内に踏み込むのとほぼ同時に、ソフィアの顔が苦痛に歪む。
次の展開を予測してわずかに体を旋回させる。
こちらの襟を掴みにきたソフィアの手をかわした。
予想通り、ソフィアは手の拘束を、自ら片手の親指を脱臼させることによって外したようだ。
縄での拘束は手の開閉による筋肉の収縮で緩めることができる。それですぐ外されないよう縛ったつもりだが、そこで親指を外すことで掌を縄から抜けやすくすることが可能だった。
因みに、親指同士を縛ればそういった縄抜けも難しくなるのだが、ここで抜け道を確保していたのは意図的なものである。
ソフィアが牽制のジャブを放ち、すぐに肘を打ち込んできた。
箱馬車の車内は少し大きめだが、二メートル四方程度の空間しかない。
俺は頭を両腕で抱え込むようにして、上体をそらせることで紙一重でかわした。
ソフィアとの体格差は身長で12~13センチメートル、体重で15キログラムくらいだろうか。
格闘技での体格差はもちろんハンデとなりうるのだが、彼女は元グリーンベレーである。身長や体重差をものともしない格闘術MACを身につけていた。
米陸軍格闘術の基本は、グレイシー柔術にムエタイや柔道などを取り込んだものだ。
肘や膝、拳を使った打撃技と、組み伏せられても優位な体勢をとることが可能なブラジリアン柔術主体の技術は脅威である。
打撃の一撃一撃に必殺の破壊力があり、マウントを取られればタコ殴りにされるか絞め落とされる選択肢しかなかった。
ソフィアの膝が俺の腹部に突き刺さる。
狭小地での戦いでは、回転率の高い小柄な体の方が優位に立てる場合もあるのだ。
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