第93話

ソフィアが先行し、裏口へと向かっていた。


マイヤーの拘束は解かれているが、すぐ後ろから着いてきている。


他の職員に見られても不審感を抱かせないためだろう。


近くで見るとカレンの頬がわずかにはれているのだが、離れた位置から気づく者はいるはずもない。


どこに連れて行かれるのか。


ソフィアは最近になってこの街を訪れた。だからといって、宿屋以外に拠点を持っていないと考えるのは早計だ。


事前に動いていたり、仲間が拠点を確保している可能性は十分に考えられた。


問題なのは、その拠点までの道のりで目撃されるリスクが高まるというところである。


となると移動手段は準備しているだろう。


十中八九、馬車だと思った。


裏口を抜けると数台の馬車を停留させるスペースが確保されている。


その場所に一台の箱馬車が停車していた。


ソフィアがこちらを見ながらドアノブを引き、顎で馬車の中を示す。


乗れと言っているのがわかったが、そのタイミングで馬車の内側から何かが飛び出してソフィアの顔面をとらえた。


彼女は顎を的確に打たれ、脳を揺らしてその場に倒れこんだ。


「···ナオ!?」


馬車から出て来たのはナオだった。


「無事で良かった。」


ナオのその落ち着いた声を聞いて安堵したが、すぐに後ろにいるマイヤーから離れることにした。


ここで人質にされるわけにはいかないのだ。


「ああ、大丈夫だ。マイヤーは敵じゃない。」


「···どういうこと?」


「すまなかった。その女に妻に危害を加えると脅されていたんだ。それでナオに相談した。」


マイヤーが端的に説明する。


「マイヤーは君が襲われたことを知らせてくれた。こちらに戻るのが少し遅れたから肝を冷やしたが、間に合って良かったよ。」


ナオは淡々と答えながら、小さな魔道具を指で摘んで見せた。


簡単な魔道具である。


遠距離での通信が可能な代わりに、光の点滅しかしない受信器だ。


どうやらマイヤーが送信器を持っており、ソフィアが急進的な動きをしたときに知らせるよう示し合わせていたようである。


「あなたたちってほとんど話したことがなかったように思うのだけれど、実は仲が良かったの?」


冒険者時代から無愛想だったマイヤーだが、結婚してからさらに社交性に難があるように見えていた。


実際には妻のために早く家に帰りたがっていただけかもしれないが、知らない者からすると酒や遊びの誘いには応じない面白くない奴に見えていたのだ。


こちらに来てからまだ日が浅いともいえるナオとは、ギルド内ですれ違う時に互いに無言で会釈する程度の間柄だったように思う。


「友人というよりも、仕事絡みでちょっとな。」


ナオがこちらに赴任してすぐに、冒険者の新人狩りに関する事件を解決したことがあった。


マイヤーは容疑者とされていたひとりと接点があり、その男の無実を証明するために独自で調査していたところ、ナオと知り合い協力したという経緯がある。


ナオが執行官であるため、互いに表立ってのつきあいはしてこなかった。ただ、その件でマイヤーはナオに恩義を感じており、信頼するに足る人物と考えている。


だからこそソフィアの言葉を信じず、ナオに事情を話して有事に備えていたのだった。




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