第90話
衣服のポケットに入る程度の大きさで、魔力さえ流せば簡単に魔法が発動できる利便性が多くの冒険者に重宝されていた。
ただし、こめられた術式によっては高額で持続性も低いため、使いどころが難しいものもある。
カレンが使用したものは、敵から離脱する際に一時的に障壁を作るメジャーなタイプだった。
汎用性も高く手に入りやすいアイテムである反面、効果は数十秒という短時間のものでしかない。
ギルドマスターという立場上、身の危険が迫ることも考慮して支給されている備品のひとつである。
ソフィアはそれを待ってから執務室のドアを開けて廊下に出た。
「何をするの!?」
先に廊下に出ていたカレンは予想外の展開に声を荒らげた。
階下におりようと廊下に出ると、正面から見知った男が歩いてくるのが見えた。
元冒険者で現在はギルドの守衛兼剣術指南役を担っているマイヤーが、こちらにやって来る途中だったのだ。
現役を退いて久しいが、高ランク冒険者だった彼ならソフィアを抑えられる可能性があった。それに期待して声をかけようとしたのだが、無表情に見下ろしてくる目を見て違和感を感じる。
普段のマイヤーは無愛想だがもう少し柔らかい目をしていた。同じパーティーの女性冒険者と交際し、彼女が身ごもったのを機に結婚して冒険者稼業を引退、ギルド職員に身を転じたのだ。
その彼が今日は異常なほど冷たい目をしていた。
マイヤーに状況を説明することにリスクを感じたカレンは、そのまま通り過ぎようとした。
「すまない。」
横をすり抜けようとした瞬間、マイヤーがそう言ってカレンの腕を掴み背後へと回った。
「どういうつもり?」
カレンは可能な限り冷静さを失わないよう言葉を発した。
「本部の執行官に協力するよう言われた。」
「まさかそれだけが理由じゃないでしょうね?」
マイヤーとは仕事のつきあいしかないが、実直な性格なのは知っている。それにパーティーで交渉ごとを担当していた彼の妻セシルとは、それなりに仲が良かった。
そういった関係を考えれば、いくら本部の執行官に命じられたとはいえ、何の確証もなしに盲目的にそれを信じるというのは不自然だと思える。
「············」
返答のないマイヤーの目に翳りを見たカレンは、何となく状況を察するのだった。
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