第85話
「失礼します。」
カレンの応答を聞いて入室してきたのは、冒険者ギルド本部の執行官ソフィアだった。
ビジターに関しては本来ならギルド職員が帯同してくるのがルールだが、ソフィアもまた所属は違えどギルド職員である。
ただ、衣服の裾にかすかな土汚れがあることにカレンは気づいていた。
「何か進展はありましたか?」
カレンは普段の表情を崩さずにそう聞いた。
「少し相談したいことが。」
「どうぞ。」
手で示して執務机の前にある二対のソファを進めた。
カレンにしてみれば万一の際の自己防衛のつもりだった。配置を遠ざける意味があったのだが、ソフィアはそれを無視して執務机の正面まで進んでくる。
殺気や敵意のようなものは感じないものの、警戒は解かないようにした。
「このギルドの執行官についてお聞きしたいのですが。」
「···彼がどうかしましたか?」
冒険者ギルド本部からの封書を既に読んでいたカレンは、ソフィアの質問に警戒レベルを上げた。
具体的な内容については書かれていなかったものの、執行官のソフィアにある事件の被疑者である可能性が出てきたと遠回しに触れられていたのだ。
もちろん直接的な言葉ではなく、仄めかすような記述である。
解決すべき案件があるため出向してきたとはいえ、他の事件の被疑者の可能性がある者を不用意に送り込んだなどと明言すればいろいろと問題が発生する。
本部の管理責任は当然として、解決策も見出さないまま支部に丸投げしたと捉えられかねないからだ。
ただ、ソフィアは疑わしいというレベルであって、直ぐに拘束できるほどの材料は揃っていないというのが実情なのだろう。
執行官、そして裁定者としての資格を有するソフィアを拘束するとなると、それなりの物的証拠が必要とされる。そうでなければ冒険者やギルド職員の不正を取り締まり、その場で極刑を執行できるだけの権限を持つ裁定者を逮捕することなどできはしない。
不用意なことをすれば執行官や裁定者という制度自体に不信が募り、最悪の場合は冒険者ギルドへの反発や非難という形で大問題へと発展する。
本部からの封書の抽象的な文面を見る限り、ソフィアが出立した後にある程度の状況証拠がまとまりつつある程度の状況ではないかとカレンは考えていた。
どのように彼女と相対すべきかと悩んでいた矢先に、突然の訪問とナオについての質問を投げかけられた状況だ。
後手に回ってしまったことを悔いながらも、カレンは冷静に対処することを心がけることにした。
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