第62話

「君も元の世界で厄災が顕在化するのを防ぐために動いていると考えて良いのか?」


そう質問すると、しばらくの間だがソフィアは無言になった。


「私は···正直なところ何をすればいいのかわからない。だから、使命感で行動している。」


その時、ソフィアは初めて空虚な瞳を見せた。


「話をしたいなら聞く。」


「···おもしろくもない話よ。」


「かまわない。君が俺に聞かせたいと思うなら話せばいい。嫌なら無理に聞く気はない。」


「あなたは···こちらで結婚しているの?」


「いや、していない。」


「恋人は?」


「いる。」


「その人に自分のことを話した?」


「いいや、話す気はない。」


「なぜ?」


「特殊すぎる話だ。本当に理解できるのは、同じ境遇の者でなければ無理だろう。」


「そう···そうね。」


それからソフィアは自らのことを語った。


彼女がこちらに来るきっかけは、バルドル人の双子と同じく死に至る重傷を負ったからだという。


「正直な所、あなたと同じようにいきなりこちらの世界に放り出された時はどうしようかと思った。」


聞けば、彼女は麻薬密売組織に関わる任務で現地に赴いていたそうだ。


そこでその地域に暮らす村人たちが病に犯され寝込んでいたのを治療していたという。


任務自体は麻薬密売組織とその密造を担う地域の調査及び壊滅が目的だったのだが、想定外の事態に陥った。


病人である村人たちは鎮痛剤の代わりに麻薬を使用しており、すでに重度の麻薬中毒者となっていたのである。


もともと生きるために麻薬の原料であるケシ栽培に従事していた彼らは、治療を行う医者も病院も望めない環境で暮らしていた。しかし、その彼らもまた任務の殲滅対象であったことは、隊長以下のメンバーには知らされていなかったのである。


結果として、衛生兵の治療により、彼らの心を開かせて情報提供を狙っていたのが仇となったといえよう。


患者の一部が治療中の彼女に性的な暴行を企て、その結果彼女は抵抗して数名を射殺するも、自らも腹部や胸部を何ヶ所も刺されて重傷となった。


その後、直ぐに騒ぎに気づいた隊員たちに搬送されるも輸送中のヘリの中で意識を失い、次に気づいたときには集中治療室のベッドの上だったそうだ。


「意識が朦朧とする中でこの世界のことを聞かされ、生きたいのであればこちらで新たな任務を遂行するように言われた。」


俺自身がこちらに送り込まれた経緯は雑すぎた。


ソフィアと比較することは難しいが、彼女もまたバルドル人の双子と同じように半ば強制的に送り込まれたのだと思える。



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