第61話

「でも、生活の大半は日本だったのでしょう?」


「日本はご飯が美味しいからな。」


アメリカの料理が不味いというわけではない。


あちらにはあちらの良さがある。ただ、日本の料理は繊細で、海外では食せない食材や料理があまりにも多いのである。


また、事業を始める場合、海外での生活経験や身についた言語能力が、これ以上にない武器となる国のひとつというのも大きかった。


多くの国では母国語以外に複数の言語を習得している者が日本人に比べるとはるかに多いのだが、その事実格差を知らない者が少なくない。そういった面で日本は世界から取り残されているともいえるのだが、そこに商機が生まれる。


「なるほど。私も一度だけ日本に行ったことがあるわ。確かにトンカツは神の味だった。」


神の味って···アメリカ人らしい言い回しだ。


確かにトンカツは外国人受けが良い。


すき焼きや天ぷら、刺身などはやはり好き嫌いが別れるようだが、揚げ物については様々な国で似たような料理があることから万人受けしやすいのは事実である。


「こちらでもパン粉が手に入るなら作ってみたいところだが、小麦粉の流通があれだけ制限されていると難しい。」


「それは仕方がないわ。魔物の脅威を考えれば、穀物の大規模な生産は難しいもの。」


そうだ。


小麦粉が高く、白パンが希少なのは魔物の存在が影響している。黒パンの原料であるライ麦も同じ穀物ではあるが、寒冷な地域や痩せた土壌でも育つため魔物が少ない土地でも生産が可能なのだ。


魔物が多い土地はやはり暖かく、肥えた土壌であることが多かった。それは食料が豊富にあり、気候的にも活動しやすい場所というのが理由である。


それからも少し雑談を挟み、ソフィアとの距離を縮めた。


これで多少は情報交換しやすくなっただろう。


互いに完全に警戒を解くまではいかないが、本題の前に潤滑剤となる会話を注入するのは定石である。




「···不穏分子の排除よ。」


ソフィアからこちらに送り込まれた理由を聞いた。


「不穏分子というのは、同じ国から送り込まれた者がそうだと?」


「もともとそういった不安要素がある人員だと聞いているわ。」


「ふたりともか?」


「ええ。」


他の二名はソフィアとは異なる経緯で別の時期にこちらに送り込まれたと聞いている。


「こちらの世界からそういった情報が入ったということなのか?」


「それに関しては知らない。ただ、監視とその結果に応じた対処をしろと言われている。」


「そこに盟主というのは絡むのか?」


「いいえ。こちらの世界では自らが考えて行動するしかないわ。」


やはり情報は一方通行なのか。


こちらの世界にいる盟主とやらの所在がわかれば知りたいところだが、そう簡単にはいかないようだった。



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