02 鏡送りの儀

「人、すごいねー」


「全く、この田舎のどこにこんなに人がいたんだよ」


 中津なかつ町は、山に囲まれた小さな町だ。

 行政区分的には『町』であるのだが、なぎたちの暮らす天原あまはら地区は過去の町村合併による元『村』の部分にあたり、合併から数年を経ても昔ながらの風景を色濃く残している。


 今日はこの天原あまはらにただ一つの神社である千守ちもり神社で年に一度の例祭が行われる日。

 地域住民はもちろん周辺部からも人が集まり、普段は閑散とした神社周辺も大変な賑わいを見せていた。


「おっ、来た来た」


「おーい! さなちゃーん、なぎちゃーん!」


 神社入口で久志岡くしおかさとる桃瀬ももせ未久みくの二人と合流する。

 中学三年のなぎたちと、ひとつ下の未久みく

 現在、天原あまはら地区に住んでいる中学生はこの四人だけだ。



「すごい! 人がいっぱいいるよ!!」


「あ! 待って、みっこー!!」


 はしゃいで駆け出す未久みくを、紗名さなが追いかけていく。

 その場に残されたのは男ふたり。少しむさ苦しい空気をまといながら、ゆっくりと参道を歩く。



「みっこは昔から落ち着きがねーよな……さとると付き合って少しは変わるかと思ったけど」


「はは。てか、こっちが影響受けてるよ。だんだん細かいことが気にならなくなってきたというか」


「おいおい、頼むよ! 俺らの中で唯一の知的キャラなんだからさ……」


「うん。大丈夫大丈夫。そんな事より――」


「ん?」


「お前はどうなんだよ」


「ど、どうって……何がどうだよ」


 さとる未久みくが正式に付き合い始めたのは、今年に入ってからのこと。

 必然的に、残るはなぎ紗名さなの二人……仲間うちにそんな空気も漂う中、そのあたりはなぎ本人も大いに意識してしまうところではあったのだが――


紗名さな……高校行ったら、誰かに取られちゃうんじゃないの?」


「なっ……!! 取られるとか、そんなんじゃねーから」


 来年からは高校生になる。

 進学先の高校には、地元以外からも多くの生徒が集まってくるだろう。


「そんなんじゃ、ねーから……」


 自分に言い聞かせるように小さく呟くと、なぎは社殿に向けて歩みを早めた。




「ほらやってる、『鏡送かがみおくり』!!」


「ちょっと! 一回止まってってば、みっこー!!」


 祭のクライマックスに行われる、『鏡送かがみおくりの儀』と呼ばれる神事。

 普段はご神体としてまつられた鏡がこの日だけ社殿から外へ出され、儀式に使用される。


「ありがたやー、ありがたやー!」


「ほら未久みく、神聖な儀式なんだからおとなしくね」


「はーい」


「……さとるくんの言うことだけはちゃんと聞くのよねー、この子」



 地元の小学生による稚児ちごまいの奉納が行われ、それから紗名さなの父親である神主が鏡の前で祝詞のりとを読み上げる。


 これは地域の繁栄と平穏を祈念する、由緒ある神事なのであるが――なぎたちの本当の目的はここではないところにあった。


 鏡送かがみおくりの儀が終了すると一斉に営業を開始する様々な屋台。

 なぎたちはこの屋台と、日没後に行われる奉納花火を目当てにここへ来ていると言っても過言ではない。



「よーし! じゃあどっから――」


「それなんだけどさ」


 儀式が終了し、目を輝かせながら振り返るなぎの言葉を、さとるが遮った。


「俺は未久みくと一緒に回るから、あとで待ち合わせにしようぜ」


「え……ええっ?」


 突然の提案に、なぎは動揺を隠せなかった。

 さとるたちが離脱するということはつまり――残された自分は紗名さなと二人きりで屋台を回ることになる。


 ――おい、おいおい……!


「花火、七時半からだから二十分ぐらいにまた入口のところで。じゃ」


紗名さなちゃん、なぎちゃん、あとでねー」


 ――おいおいおいおい……!!


 てきぱきと段取りを進め、未久みくを連れて颯爽とその場を離れるさとる

 去り際に見せた意味深な笑顔から察するに――これはまんまとしてやられた形だ。


 ――くっそさとるのやつ……


 心の中で毒づいても、もはや手遅れ。

 すでにさとるたちの姿は人混みに消え、その場に残されたのはなぎ紗名さなの二人だけだ。

 この状態でなぎにできることといえば――せいぜい青い顔をして天を仰ぐことぐらい、なのであった。



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