エピローグ

 俺は訪れることが二度目になるが、それでも慣れない場所にソワソワしていた。それを周りが温かい目で見てくるので更に嫌になった。俺は見世物じゃないと言いたいのに、その文句さえも周りは笑うのだった。僕は緊張のせいで普段よりも手先が思うように動かず、手間取っていた。ネクタイが上手に結べず、首の前で醜い塊になっていた。

「ゼド、さては正しい結び方を教わっていないな」

 と、口角を上げながら、セインは俺の前に立った。

 俺はセインを見た。手際良くセインはネクタイを解すと、俺の襟を立てた。セインの華奢な白く滑らかな指に見惚れている間に、俺のネクタイは正しく結ばれていた。セインの方は手本のように、ネクタイは綺麗だった。流石だと俺は心の底から納得した。俺の出来を鏡で見るよりも、セインのをそっと眺め続ける方が楽しかった。やはりセインの格好良さは、俺だけが独り占めしたくなるのだった。

「ねぇ。聞いてる、ゼド?」

 気付けばセインの顔が俺の鼻先にあった。何よりも大好きなセインの黄金の瞳と白銀の髪。それらが今日は照明に辺り、更に神々しく見えた。セインへの感情だけに俺は染まり、その深さに溺れそうになった。今この瞬間なら逝っても良いと俺に思わせた。俺のセインへの思いを改めて実感した。セインは困ったように俺の顔の前で手を振った。一気に現実に戻った俺は小さくセインに頷いた。セインを困らせば俺が俺自身を許せなくなるのだった。俺はスーツを手渡されると袖を通した。ネクタイピンをネクタイに、鏡に近付いて部隊章と階級章を襟に付けた。長銃を担ぐ狼が一瞬だけ輝いた。俺の背後に回るとセインは俺の耳元で囁いた。

「どう、ゼド? この衣装結構似合っていると思わない?」

 俺は疼きそうな体を無視しながら、目前の鏡に集中した。俺とセインは同じ黒色のスーツとネクタイを身に纏い、銀色のネクタイピンを付けていた。セインの階級章は忘れることのなかった。俺と同じように長銃を担ぐが、隊長として月を咥えた狼だった。俺とセインの階級章は部隊章の二匹の狼が、世に出てきたように見えた。軍服以外で二人でお揃いの服を着るのは初めてだった。やはりセインは体型が良いから似合っていた。聞かれていたことを思い出した俺は遅れて頷いた。鏡越しに盗み見したセインは、明らかに俺のことを疑っているようだった。

「本当、ゼド?」

 と、追い詰められ、俺は唾を飲み込んだ。

 すっかり最初から尻に敷かれていた。本当に狼の尻尾が生えていれば、その尻尾は足の間に挟まっていたのだった。群れのリーダーの銀狼に他は誰も勝てないからだ。

「少し意地悪しただけだよ、ゼド。何とも格好良い。流石、僕の新郎だね」

 セインは俺の前に立つと俺を頭から爪先まで見てから、嬉しそうに口角を上げていた。新郎とセインに言ってもらえるだけで有難かった。

「俺からすればセインの方がスーツを着飾しているよ。セインとこの日を夢見ていたから、心の底から嬉しいのだ。本当に有難う、セイン」

「僕からも言いたいよ、ゼド。僕の最高の恋人だよ」

 と、セインは俺に笑いかけた。

 辺りが一気に明るくなり、もし草原なら花々が一斉に開花するのだった。最初にあった緊張は少しずつセインにより解されていった。それをセインは始めから狙っていたのかもしれない。式場のスタッフに服をチェックしてもらってから、俺とセインは入場するために移動した。後少しで本当に式が行われることが、当日になっても信じることが出来なかった。それは今でもそうであった。ただ俺の視界にいるセインは本物だった。スタッフに声をかけられ、俺は一度深呼吸をしてからセインと腕を組んだ。扉が開くと大勢の参列者に拍手されながら、奥へとセインと共に進んだ。銀狼隊からの参列者は皆、部隊章と狼の階級章を見に付けていた。ギールもイシャルも灰狼もいた。それだけで俺の心は軽くなった。他に親の関係者である、父やメヴィス、シリゼスがいた。セインの方は姉のリリアルが嬉しそうにしていた。俺の靴が重くなり、歩みにくいとしても隣のセインが必ず俺を導いてくれた。戦場で俺が迷子にならなかったのもセインのお陰だったように。

 セインと一緒に戦場牧師の前に出ると、敬礼した。戦時中の風習から軍人同士の結婚には、同じ軍人の牧師が担っていた。それが今回は銀狼と黒狼の結婚であるのか、わざわざ総司令官が直々に名乗り出ていた。牧師は頷くと「休め」と言った。背後でシャッター音が鳴った。広報に使われるのだろう。なら、良いカメラでセインも撮っているはずだ。後で共有するよう強請ろうと考えた。賛美歌の後に軍歌と銀狼隊の隊歌を歌った。ただ歌える人が徐々に狭められたが、それは歌詞を見ながら皆が参加した。牧師が言葉を述べると、遂に俺とセインの誓いの言葉の時間となった。俺がセインを見るとセインは頷き、俺の手を取りながら参列者を見た。

「僕の黒狼、ゼド・クロスネフのため、僕はいついかなる時も銃を手にゼドの背中を守りながら、ゼドと共に戦います」

 その言葉だけで俺は有難かった。俺も決意すると口を開いた。

「俺の銀狼、セイン・シルヴィスのため、俺はいついかなる時も銃を手にセインの背中を守りながら、セインと共に戦います」

 この誓いの言葉はセインと共に時間をかけて考えたものだった。軍人である俺とセインだからこその言葉と言えた。それを象徴するように参列者から温かい拍手が送られ、牧師も笑みを浮かべながら拍手していた。俺とセインは静かに頭を一度下げた。扉が開くとセイン二世が口に籠を咥えながら、入場した。何とも可愛いリングボーイだった。セイン二世は俺等の前に近寄ると、上手に座った。セインはセイン二世を優しく撫でると、指輪を取り出した。セインが遺書と共に俺にくれた、特別な指輪だった。銀色の葉が指を一周し、その上に一輪の花が咲いていた。それは正しく銀の花だった。セインは俺の手を取ると接吻してから、指輪を嵌めてくれた。俺は恥ずかしくて接吻は出来なかったが、セインの指を指輪を嵌めてからセインの唇を味わった。祝福するように拍手が辺りから届いた。俺とセインは目を合わせると笑みを浮かべた。

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