第49話 (閲覧注意)人助けすると気分が悪い

 坂本さんの紹介で、瀬名さんの店のある都市の隣の地方都市の駅前にある、ご子息がお勤めというビジネスホテルへと電車で向かう。なんならサクヤとナガヒメにドラゴンの姿になって乗せてってほしかったが、魔王のアーネスト氏にそれだけはやめてくれと懇願されてしまった。


 なおサクヤとナガヒメ、カスミは切符代の節約のためにバッグの中だ。バックの中にしまわれた者には時間が流れないため、休息にはならないが、こういうときには役に立つ。


 いっそのこと、このマジックバッグ機能を鉄道車両に標準装備して、乗ったら切符の目的地で取り出してくれるサービスにすれば良いのに。いやそれなら鉄道車両もこの大きさである必然がないな。


 そんなこんなで、ホームで電車を待っていると、隅のベンチで気分悪そうにしてるおっさんがいた。どうせ質の悪い酒にでも当てられたんだろ。


 発泡酒やその他雑酒でない本物のビールならこうはならない。最高級の酒とされるドン・ペリニヨンやロマネコンティでも、それらは出荷時には質の悪いものでないかもしれないが、それらを客人に出す側の心の闇、すなわち邪念を受けて身体に入る頃には毒物になる。あるいは意図的に薬物を混入させられる可能性すらある。やはりお酒は自腹で静かに自宅あるいは宿の自室で飲むものだ。


 もう成人なんだから自業自得と特に気にもしてなかったが、ホームから線路に向けて頭を突き出して吐こうとしてる。これは危ない。通過列車に首持っていかれるやつ。さすがにゲロ混じりのスプラッタなんか見たくなかったので、声を掛ける。


 「おい、おっさん。クビ飛ぶぞ。下がれ。」


 おっさんは、答えず、オェーーと吐き始めた。とどまるところを知らず。近くにある回転LED表示板が静かに回りだし「電車が通過します」という文字が流れピンコーン・ピンコーンと鳴り響いている。そのすべてが夜の闇に輝く処刑台のように不吉で不気味に見えた。


 おっさんは、一旦落ち着いた様子で息を整えはじめた。


「ハァハァ…ハァハァ……ひっ!」


 いや、ただの中休みだったようだ、またホームの端から首を突き出しオェーと吐き出し始めた。


「えーいままよ!」


 オエオエ吐いてる最中のおっさんを力づくでホーム中央方向に引き戻す。おっさんの顔面のすぐ前を鉄の塊がものすごい速度と質量をもって通過していく。そして顔面に盛大にゲロをぶちまけられた。


 恩着せがましく言う気はないが、ここであなたは命の恩人ですと感謝されるモンだろ。なんで顔面にゲロされとんねん。


 そもそも可愛い女の子ではなくて、むさ苦しいくたびれたおっさんだし。もちろん貴人という事もありえない。貴人なら移動に単身で電車を使ったりはしない。見返りの要求や下心無しのこれ以上なく純粋な善意に基づく行動だが、それで自分が得るものはゲロを浴びることだけ。


 いや、考え方を変えよう。もともとはゲロも血も渾然一体となった首が飛んできて打撃を受ける運命だったところ、その運命に抗ってゲロだけに軽減した。これはどこまでも自分のための防衛戦だったのだ。


 人助けをするとホント気分が悪い。すべては自分のための行動なのだと割り切らないとやってらんねえよ。


ーーー

今では常識となった感のあるホームドア、あれ普段は意味あるんかい?と懐疑的でしたが、酔っ払って吐き気を催したとき、思考能力が低下して駅から線路に向けて吐きたくなるもんなんですよね。それを防ぐという意味では大変効果的だと思います。ケンカとかでガチでやる気満々の人には無力ですが、酔っ払いの出来心を防ぐには、その、ちょっとやりにくくなっているのが効果絶大です。汚らしい話なので鉄道会社もおおっぴらには言わないですが、この異常なまでの普及速度の裏にはこの目的があったのだと思います。

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