第4話:去り際が締まらない改札の前の先輩は、不憫可愛い。
飲み始めこそ、お望みのビールが飲めなかったことへの不満が見え隠れしていた先輩だけど、二敗目を飲み切るころにはすっかり期限を直してくれたらしい。ニコニコしながら変わらない勢いで飲み続け、気づけば六敗目が空になっていた。……ちなみに、その間私が飲んだのは二敗である。
そうして程よく(?)呑んだ私たちは、明日もあるからと遅くなりすぎないうちに席を立った。本当に奢られるつもりはなかったんだけど、圧倒的に先輩のほうが呑んだのと、「お礼だから!」と引かない先輩に押し切られて、結局ごちそうになってしまった。
駅まで二人で並んで歩く。お店自体が半分駅ビルの中みたいなリッチだったから、夜風を感じる間もなく改札前までたどり着いてしまった。先輩はこのままJR、私は地下鉄だから、ここで分かれることになる。
「あっちゃん、今日はありがとね!」
分かれる間際、先輩は改まって私に向き直ると、はにかんだ笑顔を見せた。アルコールでほんのりと頬を上気させているものだから、なんだか妙な色気を感じてしまう。並の男だったら数人まとめてノックアウトされていたんじゃなかろうか。
「いえ、私こそごちそうになっちゃってすみません」
「いいのいいの! あっちゃんには今日も助けてもらっちゃったし、私もおいしいビールが飲めたし!」
私に変な気を使わせないための心配りだろう、肩をすくめておどけて見せる先輩は、やっぱりよくできた人だな、と思った。
だから私も、いつも通りの軽口で返す。
「ふふっ。なら私じゃなくたってよかったってことですね」
別に他意はない。要はビールを飲む口実に私を誘ったってことなんだから、何も間違っていないはずだ。だから、ちょっぴり意地悪な言い方をして、いつもみたいに慌てる先輩を見られたら、くらいの気持ちだった。
……だというのに、先輩の表情が明らかに変わった。直前までの朗らかな様子はすっかりと消えて、むっとした様子で唇を尖らせている。
――どうしたんだろう、何か地雷でも踏んでしまっただろうか。だとしたら謝らないと。
私はとっさに口を開くけど、何を言っていいかわからず言葉が出てこない。そうこうしているうちに、先輩のほうが先に動いた。
「――もん」
唇がかすかに動いたけれど、周囲の喧騒に紛れてうまく聞き取れない。
聞き返すべきかどうか逡巡していると、私の体にとん、と軽い衝撃が走った。遅れて感じる温かさと柔らかさ、そしてアルコール交じりの吐息の匂いにに、私はようやく、自分が先輩に抱きしめられているのだと気づいた。
――え? いや、あの、え? 何で?
混乱でうまく考えがまとまらない。確かに先輩はスキンシップ多めな人だけど、こんな風に、しかも公衆の面前で抱きしめられるなんて、初めてだ。訳が分からない。
何もできずにただただ硬直していると、先輩の桜色の唇が、私の耳元に近づいてきて。
「……あっちゃんだから、誘ったんだもんっ」
そう一言だけささやいて、体ごと離れていってしまった。
「じゃ、じゃあね! また明日!」
私は茫然と、わざとらしく大きく手を振ってから改札に向かって小走りで書けていく先輩の背中を、見送るしかなかった。何故だかわからないけれど、頬がすごく熱かった。
……とまぁ、これで終われば、何やら素敵に不敵な先輩にドキドキさせられた、って綺麗に終わるんだろうけれど。
――ピンポーン。
『係員のいる改札へお回りください』
「うぇぇぇぇぇっ!?」
自動改札機に止められて情けない悲鳴を上げる先輩の後ろ姿に、私は思わず吹き出してしまうのだった。
……うんまぁ、考えてみれば私、結構先輩と仲良くさせてもらってるし、先輩を助けることも多いし。だから誘ってくれてるって面は、確かにあるんだろう。そういう意味だと、先の私の発言は、少々迂闊だったか。
ようやく回り始めた頭で今回の反省点を考えつつ、恥ずかしそうに有人改札に駆け込んでいく先輩の姿を横目に、私も地下鉄の入口へと足を進めるのだった。
……肝心なところで締まらない改札の向こうの先輩は、不憫かわいい。
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このような感じで、あっちゃんと不憫な先輩のほのぼのお仕事百合な日常を、一話当たりを短めにお送りしていく予定です。
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