気づくと、そこは夢の中だった。

 くぐもった喧騒が聞こえ、視界がゆっくりと開けていく。

 ここはどこかのカフェで、向かいには妻が座っていた。チャコール色のパンツスーツ姿の彼女は、穏やかな表情で僕を見つめていた。

 そのスーツはあの日、身につけていたものだと、すぐに気がついた。

 妻の死を受け入れられなかった当時、スーツ姿の妻が会社から帰ってくるところを何度も想像した。パンプスを脱ぎながら、どうしたの? と僕のことを不思議そうに見つめる。そうか、あれは夢だったのかと、現実と想像を入れ替えて、記憶を煙に巻いた。

 姉がやってきたとき、その想像が真実になったような気がした。

「やっぱり、そうなるんだね」

 妻は僕の心を見透かすように切り出した。

 きっと僕と姉のことを言っているのだろうと思い、途端にうしろめたい気持ちでいっぱいになる。

「……大丈夫。コウキのことを頼んだときから、まあ、そうなるんじゃないかなって思っていたし」

「頼んだ……?」

「そう、頼んだの。お願いってね」

 どうやって? という言葉を飲み込んで、困惑した表情で妻を見返した。

「姉妹って、そんなものなの。無意識で繋がってるんだよね。だから、普通のことだよ」

 姉妹のすべてがそうだとは限らないと思いつつも、ストローでぐるぐるとかき混ぜられる、妻のグラスに視線を送っていた。

「それなのに、お姉ちゃん。出ていったんだね。あらら」

 呆れたように笑う。

「まあ、二人のことは二人にまかせるけれど、一つ心残りがあって」

「心残り?」

「そう」

 もう一度、ジェットコースターに乗りたいと、妻は言った。

「……あなたと一緒にね」

 妻は僕の胸の辺りを指差した。

「そうしたらさ、気持ちに勢いがつきそうで」

 勢いって、何だろうと思った。なぜ、それを求めているのか。妻は逝くべきところへ行けてないのだろうか……。急に心配になる。

 それを妻に問い返そうとすると、その夢はすっと終わってしまった。

「一緒にって……」

 頭上で揺れる妻の服を見つめながら、僕はクローゼットの中で呟いた。

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